「希望のカタマリ」”All Together Now”(2020)

「希望のカタマリ」(2020)

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作品概要

  • 監督:ブレット・ヘイリー
  • 脚本:ブレット・ヘイリー、マルク・バシェ、マシュー・クイック
  • 原作:マシュー・クイック『Sorta Like a Rockstar』
  • 製作:マーティ・ボーウェン、エレン・ゴールドスミス=ヴァイン、アイザック・クラウスナー、リー・ストールマン
  • 製作総指揮:ジョナサン・モンテペア
  • 音楽:キーガン・デウィット
  • 撮影:ロブ・ギヴンズ
  • 編集:モリー・ゴールドスタイン
  • 出演:アウリイ・カラヴァーリョ、ジャスティナ・マシャド、フレッド・アーミセン、キャロル・バーネット、ジュディ・レイエス 他

「ハーツ・ビート・ラウド たびたちのうた」のブレット・ヘイリー監督が、「モアナと伝説の海」のアウリイ・カラヴァーリョを主演に迎えて送るドラマ映画。

マシュー・クイックによる2010年の小説『Sorta Like a Rockstar』を原作としています。

その他の出演はジャスティナ・マシャド、フレッド・アーミセン、キャロル・バーネット、ジュディ・レイエスなど。

もともと13年ころからFOX主導で制作を進めていた作品らしいのですが、配給権やら監督の交代やらで実際の撮影開始までは結構かかり、最終的にはNETFLIXに権利が移ったようです。

なので今作は劇場公開ではなくて配信での公開になっています。私もネトフリで視聴しました。

実は存在を知らなかった作品なんですが、お勧めに表示されて、モアナ役のアウリイが出ていること、そして何より年間ベストにも選んだ「ハーツ・ビート・ラウド」、良作「最高に素晴らしいこと」のブレット・ヘイリー監督の新作ということで早速観てみたのです。

「希望のカタマリ」NETFLIX配信ページはこちら

~あらすじ~

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高校生のアンバーは音楽の才能に溢れており歌が非常にうまい。彼女は学校で演劇部の手伝いをしながら、カーネギーメロン大学に進学することを目指している。

アンバーは友人のリッキーの家に彼を迎えに行き、そこから思いを寄せているタイの運転する車で他の友達と登校、学校が終わってからは看護施設でのバイトをしている。

いつも陽気でポジティブ、歌を口ずさみ周りを気に掛けるアンバーはみんなに好かれていた。

しかし彼女は仕事を終えると、バイト代をリュックにしまってバスの停留所へ向かう。ここが彼女の寝泊まりする場所。

父を亡くし、その後母の交際相手の暴力が始まったことで、母とアンバーはホームレスになっていたのだ。

その事実を誰にも言えないまま、彼女は進学のための資金を貯めているが、ついにバスで寝泊まりしていることが母の勤務先に知られてしまい、母は仕事を失ってしまった。

そして更なる悲劇がアンバーを待っていた。

感想/レビュー

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ティーンを主軸にしたドラマ展開として、親から離れることとか進学と家族の駆け引きとか、基本的にはブレット・ヘイリー監督の作品「ハーツ・ビート・ラウド」と同じようなプロットにはなっています。

最終的に発表会という舞台が用意されているという点も共通していますしね。

というところで乗り越えていくドラマとしては今作は結構シビアなものになっています。

社会的弱者の心理面と不平等

しかしだからと言って社会的なシリアスドラマになっているわけではなく、見やすくはあるのですが同時に、社会的弱者の心理面と根底に置かれる不平等さを見つめていく作品でした。

未成年のホームレス。アンバーの抱えている問題はそれだけではありません。

彼女には信頼に足る母親が確立されておらず、またDV被害者として逃げた避難者であることも含まれています。

そんな中で彼女は助けを断り続ける。

母もシェルターを拒んでいたように、社会システムとしての助けを拒んでいて、だからこそもちろん、今作ではそうしたシステム側はほぼ出てこないんですよね。

他者からの善意の迎え方を通し、弱者側を描く

根底のテーマには他者からの善意の迎え方、そして助けてもらうことが相手への贈り物であることが置かれています。

だからこそ、安易にアンバーがシステムに救われてははいけなかったのでしょうけれど、条件が結構厳しい気もする。

でもここまで描いてこそ、社会における弱者側としての尊厳や不平等さに目を向けることができるのかもしれません。

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ジレンマですが、とことん弱者であろうアンバーが誰の助けも求めないのは根本にある不平等をあぶりだすのには効果的です。

痛みを隠す他者への善意

アンバーはすごく優等生に見え、常に他人のために尽くし協力し助けている。

これらはすべて、アンバーがホームレスであることをひた隠しにするためのカモフラージュであるのかもしれません。

救いが必要な人ほどそれを外に出さない。一見元気で陽気で、大丈夫そうな人ほど実は大丈夫じゃないというのは、辛いですが社会の常ですね。

そしてその一方でアンバーは助けられることは全然ないんです。

彼女は保護を求めない。

彼女は援助を求めない。

化粧品だって断るし、大きな悲劇が襲ってからも友人タイの助けも断ってしまいます。

これは心理的なハードルだと思います。

持たざる者ゆえにそれが確定していくことも怖い。施しを受けるということは弱者であることを認めてしまうことであるわけです。

尊厳もあればプライドもある。だからこそ助けを受け入れるって結構難しい。

母はまた別に、助けを受けることで自分自身の役目を失敗したこと、母親失格であることが確定してしまうのを拒んでいました。

助けてもらわない根底の意識

そこでさらにブレット・ヘイリー監督が見せるのが、助けることと助けを断ることの関係性の根底にあるもの。

それは弱者の抱える不平等さ、その意識です。

例えば一般の、普通に自律して社会生活を遅れる人同士で、お金の援助があったとしたら、返済をすればいい、つまり返済余力があることが前提にあるため、あまり援助を受けることにハードルは感じません。

この何気ない助け合いが、実はある程度社会的豊かさを前提にしているということなんですね。

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アンバーのように社会的弱者側に陥ってしまった人たちはそうできない。

本当にギリギリであり、与え返すことが難しいから、無意識的にも格差を感じ取り助けを断る。

弱さを認める以上に、不平等なステータスが枷となっていることをブレット監督は炙り出しています。

善意を受け取るという贈り物

そこでパーフェクトではないにしても、善意を受け止めること自体に意味を見出す。

受け入れることが、提供した側を助けることになること。ここに相互的な助け合いを見たのです。

さすがにアウリイの歌唱力が素晴らしいため、披露されるシーンが多くて楽しめますし、また彼女のナチュラルな明るさも良い方向に作用しています。

展開としては最後の救済がちょっと安直かもしれませんが、善意が最終的に帰ってきたこと、かつここで孤独になったと思ったアンバーに「私はあなたの家族」と言ってくれる存在を登場させるのもあるので着地は十分かと。

「最高に素晴らしいこと」で自殺を真摯に描いた後、再び弱さを持つ人にその尊厳を守りながら正直に描写を与え、そして一歩踏み込んだ洞察をもたらしたブレット・ヘイリー監督。

大傑作まではいかなくても、手堅い秀作を今後も期待できる監督です。

こちらネトフリで見れますので興味があれば是非。

というところで感想は以上です。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

ではまた。

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