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「サントメール ある被告」”Saint Omer”(2022)

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saint-omer-movie-2022 映画レビュー
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「サントメール ある被告」(2022)

saint-omer-movie-2022

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作品概要

  • 監督:アリス・ディオップ
  • 脚本:アリス・ディオップ、アムリタ・ダヴィド、マリー・ンディアイ
  • 製作:トゥフィク・アヤディ、クリストフ・バラル
  • 撮影:クレア・マトン
  • 出演:カイジ・カガメ、ガスラジー・マランダ 他

ドキュメンタリー映画「私たち」など、フランス社会の現実を切り取る作家性を持つアリス・ディオップ監督が、2016年に実際に行われたある裁判をもとにそれを劇映画にした作品。

彼女にとって今作が長編劇映画は初めての監督作品となります。

今作は第79回ヴェネツィア国際映画祭で銀獅子賞と新人監督賞を受賞しました。さらにアカデミー賞ではフランスの長編映画作品に選出されています。

出演はカイジ・カガメ、ガスラジー・マランダら。

あまり宣伝もされていないような小さな作品ではありましたが、映画館での作品概要だったり賞レースでの存在感から気になっていた作品です。

公開週末に観に行ってきましたが、回数も少なく箱も小さめ。人の入りはそこそこといった感じでした。

「サントメール ある被告」の公式サイトはこちら

~あらすじ~

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大学で教鞭を執るラマ。

彼女は取材のため、ある裁判を傍聴するためにフランス北部のサントメールへと出張することになる。

それは自らの幼い子を海に放置し死なせた若い女性の裁判だった。

傍聴席で裁判の被告の証言や参考人の証言を聞くうちに、この事件の様々な側面が露わになっていく。

そしてこの被告ロランスの置かれた環境は、ラマにとっても自身の母との関係性に向き合うようなものであった。

感想/レビュー

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事実の周辺から真実へ

ある裁判という実際にあった事件とその記録をもとにした法廷映画。

ですから、そこには報道されていたような事実が転がっており、ドキュメンタリー映画出身のアリス監督にとっては得意な分野ではあるのかと思います。

しかし監督は彼女自身もそのような発言をしているように、そこにある事実をそのまま見つめていく映画ではなくて、周辺の要素を深く見つめていくことで、真実を見出していこうとしています。

断罪を目的としない社会構造の投影としての法廷

この作品のほとんどは法廷での質疑や証言で成り立っていますし、劇的な展開も用意されず淡々とはしています。

音楽も抑えられ、各キャラクターも実際の人物を踏襲しているようで、その演技の抑制もあって静けさをたたえています。

しかしながら、いわゆる法廷劇映画のように被告について裁いていくことを主題とはしていません。

被告のロランスを断罪する映画ではない、少なくともそうしたアプローチは感じられませんでした。

むしろ、この裁判、法廷に置かれているのはフランス社会の縮図なのかもしれません。

それは、各人物たちを社会機能としている法廷らしくもあり、また歪み切ってしまった機能不全すら見えてくる舞台でした。

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白人だらけの法定で、セネガルを背景に持った黒人女性がその母としての資格について裁かれている。

この設定だけでも結構政治的な気もしますが、裁判を続けていくとより観客は惑わされていきます。

みえない枷が重さとなっている

まずはロランスを囲む人間たちやシステムの歪み。

彼女よりも30は年上の交際相手は、裁判長からの指摘にもあるように、保身と釈明に追われたような話しかしません。

男女という関係性においてその力関係、男性の無責任さなどがにじみ出てきています。

根底にあるような母(母性)に対しての押し付けるような重圧も言及されていますし、ひきかえロランスの聡明さ、彼女自身のキャリアについての扱いの悪さも感じ取れます。

また結構後に出てきた調書に関しての質疑のところ。

セネガルを背景に持つからと、黒人文化がどうだとか普通に差別じゃないかと思いますね。偏見をもとにプロの仕事をしている恐ろしさを感じます。

様々な要素を覗いていくと、ロランスへの共感や同情のようなものは確実に引き出されるでしょう。

これらをあの撮影監督クレア・マトンが洞察をあたえるようなじっくりとした撮影で丁寧に映し出していく。

その目線のようなカメラにも圧倒されます。

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惑わし

しかしロランスは観客を突き放す。

不安定さなのか、「この裁判で理由を知りたい」と我が子を死に追いやったことに対しての距離感なのか、観客も冷たい目線で下がらせるようなテイストです。

演じたガスラジー・マランダの抑えた演技に関しても、哀しさや怒りやらが混じり、ただ冷淡というわけでもないのがまた芸達者です。

ラマと目線の合う瞬間含めて、観客としてもラマ同様におおきく心を揺さぶられます。

母性との対峙

今作はほぼ裁判記録の通りなのですが、やはりフィクションです。

最終的な主人公はラマになっていますし、主軸には彼女自身がロランスの裁判を見つつ女性であること、黒人であることそして娘であること(またここから母になること)を見つめていきます。

ラマもまた白人男性と交際していますし、母とのフラッシュバックでは壊れてしまった母との関係性に恐れも抱いている。

ラマは今回のロランスの件を通して、自身の母の背景にも触れたのだと思います。

虐げられた人を主役、つまり恩寵を受ける者に

冒頭でラマは大学の講義をしています。

そこで「ヒロシマ・モナムール」の映像が流され、原作者のマルグリット・デュラスについても言及していますが、恥辱を受ける女性とその昇華は今作のまとめかもしれません。

生きるためにドイツ人将校たちと関係を持った女性たち。

終戦後の解放とその際に誇りを取り戻すため、もしくは罰を与える対象として弱い立場の女性を選んで行われる丸坊主にする行為。

ロランスも含めて、その社会構造や力の関係に虐げられる人間は多いでしょう。

今作はそんな人を罪人ではなくて主人公として据えることで、何か救いすらも与えようとしているのでしょう。

気の重い作品ではあるものの、むしろ短い時間で現代社会の問題構造を詰め込んでドラマも観れる作品という点で突出しているため、是非鑑賞を進めたい作品でした。

今回の感想はこのくらいです。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

ではまた。

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