「またヴィンセントは襲われる」(2023)
作品解説
- 監督:ステファン・カスタン
- 原作:マチュー・ナールト
- 脚本:マチュー・ナールト、ドミニク・ボーマール、ステファン・カスタン
- 撮影:マニュエル・ダコッセ
- 出演:カリム・ルクルー、ビマーラ・ポンス 他
目が合っただけで周囲の人々に襲われるようになった男が生き残りをかけて戦う姿を描いた、フランス発の不条理サバイバルスリラー。
「バック・ノール」のカリム・ルクルーが主演を務め、第56回シッチェス・カタロニア国際映画祭で最優秀主演俳優賞を受賞。監督はステファン・カスタン。
2023年・第76回カンヌ国際映画祭の批評家週間に選出された作品です。
あまり作品や監督のことなど知らなかったのですが、上映時間的に都合よかったので割引もあったし平日の仕事終わりに都内で鑑賞してきました。久しぶりって程に人が全然入ってない劇場で観ました。
~あらすじ~
ある日突然、職場のインターン生から暴行を受けたヴィンセント。怪我から回復する間もなく別の同僚にも襲われるが、加害者たちは襲撃時の記憶を失っていた。
その後もヴィンセントに殺意を向けて襲いかかる者は後を絶たず、見ず知らずの他人からも命を狙われるようになる。
やがて「自分と目が合った瞬間に人々が襲いかかる」という法則に気づいたヴィンセントは、生き残るための自衛を始める。
感想レビュー/考察
これはなんだろうか?と思う不可思議なもようとその変容から始まっていくOP。
ブルーとイエローがあるラインの並列のような図式が角度を変えていくと、そこはグラフィックデザインのプロジェクト画面だった。
私たちの世界を少し極端に見せる
世界が変わっていき、違う見え方になるという点では、今作の全体の示唆にも思えるOP。この作品は理不尽なスリラーでありながらも、実は今の私たちの世界を皮肉交じりに誇張して見せた物語なのでしょう。寓話的とも言えますかね。
だからこそ怒っていく事象や人物の反応が重要あって帰結するところはあまり問題ではないのかもしれません。人によってはラストの片づけ方は強引で放置したような、尻すぼみ感を受けてしまうのは否めない。
好みは分かれるでしょうし、個人的には確かに終わらせ方にはもう少し機転を利かせてほしい気もしました。
設定上とにかくスリリング
突如として他人から襲われるようになった主人公。目を合わせると相手が急に豹変し、襲い掛かってくる。終わりは周囲の人間の静止や自分と目を合わせなくなること。
同じように被害にあって、周囲を避けて孤立して生き延びる人間もいて、彼らの情報交換用のコミュニティもある。謎解きのような要素もありながら、実際にはそこにある機序は問題ではない。
目を合わせても平気な時もあるし、一瞬で変容してしまうときもある。あと襲い方がほんとに容赦ないので、その辺のスリリングさは楽しめます。
かわいい犬を使っての刺客聴覚的な示唆なんかもあって、演出はうまいなと思います。
人種差別のメタファー
サバイバル要素が楽しくはあるのですが、むしろメタファーとしては迫害や差別などがあると思います。そこに現代社会が持っている他人からの容易な攻撃も。
ただ存在するだけで、目を合わせるだけで攻撃されるのは、対象を恐れているからこその先手必勝かもしれない。ヴィンセントが相談した精神科医は言います。
現実においても、移民や他の人種、自分の所属する団体とは異なる背景を持つ相手に対し、何もされていなくてもただその相手だという理由で暴行を加えることがあります。
そしてその理不尽さに触れると、警戒し時にはかなり奇妙な行動をとり失礼な態度にもなる。さらに疑われる。そして限界に来れば反撃し、自らが暴力的になってしまうのです。
こうした社会的な攻撃の本質も含まれた設定なのだと思います。
SNS上で行われる赤の他人への一方的な暴力
もう一つは作中でヴィンセントがSNSを活発に行っていること。まあすごく活発というわけではないですが、町から逃げて田舎へ行く前のパートでは、彼はSNS更新とマッチングアプリを使っているシーンがあります。
そこで自分自身の顔写真を見せている。アプリで会った人ともデートをしますね。
はっきりそうだとは言えないのですが、見ず知らずの人間に一方的に、理由も良く分からないままに攻撃されるという状況は、SNS含めてネット社会ですごくよく見かけますよね。
炎上に晒し、ネットリンチなんて言うのもあります。投稿者が悪いことももちろんあるにしても、何気なく投稿した内容で、ここまでやるのかというくらいに一方的に攻撃をされる事件は存在します。
またエスカレートすると、ネットでの嫌悪から実際に本人を探し出して迷惑行為をしたり暴行を加えるなども。
当事者からすればまさにヴィンセントと同じ状態。ネットで炎上していると相手は自分を知っていても、自分は相手を知らないために急に襲われたように思えるでしょう。
そんな寓話とか社会に対するシニカルなコメディと観ていくとそれを投影するだけで満足なのでオチは許せそうです。
ただ、アイディアをドライブすることができても巧い着地がないっていうのは確実です。
最終的な旅の先には投げうった感じはしますが、現代社会の皮肉を寓話的に昇華した1つのスリラーとしてみれば楽しかった作品でした。
今回の感想はこのくらいです。ではまた。
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