「ファースト・カウ」(2019)
作品概要
- 監督:ケリー・ライカート
- 脚本:ケリー・ライカート、ジョナサン・レイモンド
- 原作:ジョナサン・レイモンド『The Half Life』
- 製作:ニール・コップ、アニシュ・サヴィアーニ、ヴィンセント・サヴィーノ
- 製作総指揮:スコット・ルーディン、イーライ・ブッシュ、ルイーズ・ラヴグローヴ
- 音楽:ウィリアム・タイラー
- 撮影:クリストファー・ブローヴェルト
- 編集:ケリー・ライカート
- 出演:ジョン・マガロ、オリオン・リー、ルネ・オーベルジョノワ、トビー・ジョーンズ、ユエン・ブレムナー、リリー・グラッドストーン 他
「オールド・ジョイ」「ウェンディ&ルーシー」などの作品で知られ、アメリカのインディペンデント映画界で高い評価を受けているケリー・ライカート。
彼女の最新作は、西部開拓時代のアメリカを舞台にしたヒューマンドラマで、成功を夢見る2人の男性の友情を美しい映像と心地よい音楽で描きだします。
クッキー役を務めるのは、「マネー・ショート 華麗なる大逆転」や「キャロル」で知られるジョン・マガロ。
今作は、ジョナサン・レイモンドの2004年の小説「The Half-Life」を原作にしています。
2020年に第70回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品されました。
コロナ前に北米圏の映画情報を調べていた時に、よくこの作品を耳にしていたので輸入盤ソフトを取り寄せるか迷ったのを覚えています。
結局公開を待つことにしていたら、実に4年もかかってしまいました。
今回は年明けの初映画として鑑賞。平日の夜でしたがそこそこ人が入っていました。
~あらすじ~
西部開拓時代、1820年代のオレゴン。
アメリカン・ドリームを求め、未開の地にやってきた料理人のクッキーと、中国からの移民であるキング・ルーが偶然出会う。
穏やかなクッキーと頭の切れるルーはお互いに良くない境遇で生きており、二人は共感しあって助け合いながら暮らすことに。
やがて二人は新しいビジネスチャンスを思いつきます。
それはこの土地に初めて持ち込まれた「富の象徴」である一頭の牛からミルクを盗むことで、ドーナツを作り一攫千金を狙うというものでした。
感想/レビュー
ケリー・ライカート監督といえば、静かで日常的なアメリカを描いていると思います。
それはいつも上流でもミドルでもなくて、どちらかというともっと”持たざる者たち”を主題に添えています。
今回も開拓時代とは言え、アメリカを舞台にしています。そして描かれていくのは料理人と中国人。
今作は1800年代の人種のるつぼ、多人種が集うアメリカにおいてこの2人の友情に重きを置いた西部劇になっていました。
OPでは名前もわからない女性(アリア・ショウカット)が犬の散歩をしていて、そこで二人分の白骨遺体を見つけます。
河には大きな貨物船が漂い、上流へと昇っていく。
河をさかのぼるままに時間もさかのぼり、200年以上前のアメリカ、オレゴンで、乱暴なハンターたちに雑に扱われている料理人クッキーが登場。
ジョン・マガロは終始この繊細でとても開拓者時代の荒さには適さない優しい男を、静かにそしてライカブルに演じています。
誰に対しても失礼なく、特に牛に語り掛けながら乳を搾るシーンはなんとも不思議な安らぎがあります。
そんなクッキーが出会うのは中国からの移民であるキング・ルー。
ロシア人に追われていた文字通り何も持たない彼とクッキーが、一緒にドーナツづくりをしていくのはどことない可愛らしさとおかしさが混ざっています。
正方形に切り取られている画面には美しい自然が映りこみます。日差しは優しく、夜の闇は安らぎ。美しい撮影です。
しかし最も美しいのは、心に染み入ってくるような二人の友情。
2人は権力もお金もない。ただ一つの小屋を家に構えて支えあう。
社会システムの底辺な二人がお家でいろいろとしている様子も、ドア枠と窓枠なんて画面構図を使って綺麗に収められていました。
あそこで薪を割り始めるルーに対して、自分から家の掃除を始めてるクッキーが可愛らしい。そして二人の共同生活のスムーズさや相性が見て取れます。
2人が狙うのは上流階級の富である牛の乳。
この点でいえば、下剋上でアンダードックな物語なわけで、まさにアメリカって感じなプロットですね。
トビー・ジョーンズのファクターがなかなかいい味出していますが、今作はあらゆるところにほんとにちょっとづつ俳優が登場しています。
そしてみんながすごくいい演技をしています。
正直しっかりと出演時間があるわけでもなかったり、セリフも少ないことが多いですが、なんでかみんな印象に残りますね。
ファクターの昼食会にての撮影では、カメラがワンカットでぐるっと部屋の中を映しながら、これまた窓という枠でクッキーとルーの到着を見せていく。
夜のシーンでも家の中を明かりを消すために行き来する使用人を、ロングカットでとらえていました。
ゆったりとしたトーンを持つ作品で、長回し自体にも時の流れを感じるようで素敵でした。
2人の商売自体は終わりが見えていて、それはビジネス自治がリスクがあることもそうですし、立ち返ってOPの二つの骸骨が示しています。
ただその過程における、掘り起こされたドラマはやはり素晴らしく美しくて、ゆっくりと私の身体に入ってくるものでした。
美しい水の表現もあり、川という存在も重要。
自分自身のペースを持った映画の冒頭で示されるのは、こんな一節です。
鳥には鳥の巣、クモにはクモの巣、人には友情。(ウィリアム・ブレイク/イギリスの詩人)
なんとも奥深いものが感じられますが、開拓時代とかけ合わせるとさらに面白い。
鳥もクモも、いわゆる家というモノを重要だと説いています。しかし人は家でもなく家庭でもなく、友情だといっている。
クッキーとルーは家を作り暮らします。しかし彼らのビジネスの崩壊とともに家は荒らされ破壊されてしまう。
そこに二人が戻ってきて再開するのもとてもいいところですが、二人とも家に戻ろうとしたわけではないのですよね。友に会おうと思って来たのです。
開拓時代に他の資源を奪っていく、そして新しく家を作っていく。
しかし人間の根源にもっとも必要なのは、資源を分けて共に人生を歩いて行ける、寄り添うことのできる存在なのかもしれません。
ケリー・ライカート監督の作品は独自のトーンを持っているので、人によっては合わないかも知れないですが、私にとっては稀有な才能だと思っています。
興味のある方はぜひ劇場へ。
感想はここまでです。ではまた。
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