「ブラックベリー」(2023)
作品解説
- 監督:マット・ジョンソン
- 製作: マシュー・ミラー
- 脚本:マット・ジョンソン マシュー・ミラー
- 撮影 ジャレッド・ラーブ
- 編集:カート・ロブ
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音楽:ジェイ・マッカロール
- 出演:ジェイ・バルチェル、マット・ジョンソン、グレン・ハワートン 他
スマートフォンの元祖ともいえる携帯電話であり、iPhoneが現れる前の最盛期は携帯電話市場の45%を占めていたブラックベリーの誕生と衰退を描いた作品。
監督はマット・ジョンソン。彼自身もブラックベリー開発にかかわる会社の中の重要人物を演じています。
ブラックベリーの生みの親であるRIMの創始者を「ヒックとドラゴン」などのジェイ・バルチェル、またRIM社に半ば乗り込んできてその営業力でブラックベリーを売りまくった男ジム・バルシリーをグレン・ハワートンが演じています。
2023年の第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品された作品ですが、カナダでもかなり広い範囲での公開がされたりしたのですが、興行的にはあまり良くなかったようです。
日本では劇場公開されることはなくて配信公開。なんとも皮肉ですが、この作品、AppleTVで配信されていて、iPhoneで観るというシニカルムーブをかませます。
~あらすじ~
1996年のカナダ、オンタリオ州。
Research in Motion社のマイクとダグのオタクコンビは、彼らが開発している新しいタイプの携帯電話を売り込もうと各社でプレゼンをしていた。
しかし、技術的なスキルはあれどセールスにもプレゼンにも全くの素人の彼らは、ほとんど相手にされない。そんな時、働いていた会社をクビになった実業家のジム・バルシリーは二人の商品に目をつけ、開発中の携帯電話を盛大に売り出そうとする。
肉食営業マンのジムのやり方が気に喰わないダグに対し、自分の技術の結晶を自分で売る力がないことを知っていたマイクは、ジムにセールスを任せることに。
スクリーンとキーボードに電話が合わさった新たな携帯電話”ブラックベリー”は革新的な通信環境の変革と暗号化による安全性で瞬く間に売れていき、RIMにより市場シェアは広がる。
しかし、2007年。携帯電話界に大きな転換期が訪れる。
感想レビュー/考察
オタクの絡んだ劇薬仕事映画
ビジネス映画、というか仕事映画?ってジャンルありますよね。
やたらとエネルギッシュで非道徳的で、まるでコカインキメながら時代を爆走して金を稼ぎまくるジェットコースターみたいな映画。
スコセッシの「ウルフ・オブ・ウールストリート」とか、まさにそのたぐいだと思います。
劇薬的なテンションで突き進むこの仕事映画は、実際には好き勝手はできない私たちにとってのある種のポルノであり、仕事という分野でできないことをファンタジー的に投影してくれるジャンルです。
そして、今作は間違いなくfuckが口癖のジムのおかげでそのエネルギーは持っているのですが、そこにこの手の映画では珍しいオタクのフレーバーが混ざっています。
技術オタクのマイク、そしてダグが、自分たちのどちらかと言えば趣味の延長みたいなビジネスが想像以上に成長していき飲まれていく様が楽しめます。
ジムはアレですが、マイクとダグは生粋のオタクなんですよね。
「スター・ウォーズ」のネタをガチのプレゼン商談で相手もよく見ないでぶち込むとか。ジムと3人でレストランに行った時に、マジックテープ付きの財布をダグが出したところとか、あまりにオタクすぎて笑えました。
反対にジムはまさに詐欺師まがいの体育会系ごり押し営業マン。この正反対の世界に生きる二人が互いに互いを必要としつつ、なんだか奇跡というくらいの道筋で成功する。
2つのテイストが混ざった珍しい仕事映画なのです。
遊び心あるモキュメンタリー
作品はモキュメンタリーになっています。完全にフィクションではあるのですが、どこかドキュメンタリック。特にカメラの部分は目立ちますね。
ふいに映し出している先の人物にぐっとズームインしたり。そのリズム感とか、抜く対象が結構笑える。
COO就任後、ふざけ倒している社内を一喝するときに、”男”に対して言及しているときには、女性社員をぐっとズームで映している。「私は女だからOK?」みたいな顔してるのも笑えます。
モキュメンタリーとしてはエネルギッシュなことと、シンプルに3幕構成であるので、かなり勢いに乗って観ていけます。
- 1996年、ジムのRIM教導CEO就任
- 2003年、敵対的買収阻止のためのドラマ
- 2007年、iPhoneの登場での完全なる失墜
の3つの構成になっているのも、この手の企業とプロダクトの歴史に迫る作品としては整理されていてわかりやすいですね。
彗星のごとく現れ、たちまち消えていった
こうしてみると、ものの10年ほどでこのマイクが開発したパソコンを内蔵した携帯電話はその鮮烈な生涯を終えたのですね。
実は私もBlackBerry Curveを以前使っていたことがありました。たしかに、ユーザーとしてはクールなデザイン性やガジェット感、マイクの言うようなクリックの気持ちよさが好きではあったのです。
どうしても、オタクゆえに譲れなかったブラックベリーのコア
そのクリックできるキーボード。それこそがマイクが譲れなかったものでした。
iPhoneはタッチパネルとアプリケーションのサードパーティによる開発によって時代を塗り替えましたが、マイクはブラックベリーが「iPhone以前にみんなが使っていた携帯電話」になるかならないかで、オタクゆえのこだわりを見せてしまう。
クリック音が良いんだ。このキーボードが必要なんだ。
確かに、そこにプロダクトのコアを置いているブランドであったブラックベリーにとって、iPhoneのようなプロダクトデザインは不可能だったのでしょう。どうしても譲れない点があったから、終焉は当然だったのかも。
マイク自身は売れるものを作る人ではないですよね。彼は革新的なアイディアとコミュニケーションデバイスを自分の技術で具現化したい男。
自分自身が作り出した世界が、自分を必要としないとしたとき、世界に自分を合わせることはできませんでした。
譲らなかったところで弱い立場に、譲ったとところでトドメ
そして悔しいことに、QCの観点でずっと中国の生産工場を拒んでいた彼が、最後に中国の工場を選び生産。
すると、送られてきたブラックベリーの新作からは、組み立ての不具合による雑音が発生しているという苦いラストです。この生産不具合によってAT&Tから損害賠償されて、経営は立ち行かなくなってしまいました。
グレン・ハワートンのキレ芸を堪能しつつ、ムービーナイトを楽しみにしながら仲間内でオタク活動していただけの男たちが身に余る世界を手に入れて失墜する様を、非常にエキサイティングにエネルギッシュに描いた作品で、かなり楽しめました。
ちなみにブラックベリーについては、マイクも言及している通り通信ネットワークや暗号化、セキュリティ面ではやはり秀でているものです。今でもサイバーセキュリティの分野で営業中です。⇒ブラックベリー公式サイト
今回の感想はここまで。
ではまた。
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