「ノーヴィス」(2021)
作品解説
- 監督:ローレン・ハダウェイ
- 製作:ライアン・ホーキンス、スティーブン・シムズ、ザック・ザッカー
- 製作総指揮:アレックス・エンゲマン、マイケル・テナント、クリストファー・ハインズ、ライアン・バルテッキ
- 脚本:ローレン・ハダウェイ
- 撮影:トッド・マーティン
- 美術:エバ・コズローバ
- 編集:ネイサン・ヌーゲント、ローレン・ハダウェイ
- 音楽:アレックス・ウェストン
- 出演:イザベル・ファーマン、ディロン、エイミー・フォーサイス、ジョナサン・チェリー、ケイト・ドラモンド 他
ローイング(ボート競技)の世界に取り憑かれた女性の情熱と狂気を描いたドラマ。監督・脚本を手掛けたのは、「セッション」や「ヘイトフル・エイト」で音響を担当したローレン・ハダウェイ。
彼女が大学時代にローイングに没頭した自身の経験をもとに作り上げた初監督作品となる。主人公アレックスを演じるのは「エスター ファースト・キル」などで知られるイザベル・ファーマン。
また主人公がライバル視する才能ある新人役を、「ビューティフル・ボーイ」などのエイミー・フォーサイスが演じています。
タイトルの「ノーヴィス(Novice)」は、スポーツの分野で一定のランクに達していない初心者を意味しています。劇中でも先輩たちが新入部員たちを「ノーヴィス」と呼んでいます。
東京国際映画祭の関係で観に行けていなかったのですが、平日の夜の回で観れました。ド平日でしたから、あまり混んでいなかったですね。ちょっと若い方も来ていました。
~あらすじ~
大学女子ボート部に入部したアレックスは、「困難だからこそ挑戦する」というジョン・F・ケネディの名言を励みに、厳しいトレーニングに打ち込み自分の限界に挑んでいた。
人一倍の努力をしなければまともな勝負もできないという彼女は、周囲から力が入りすぎていると言われるほどに、自分を厳しく追い込み続ける。
そんなとき、上級生の負傷によりレギュラーの座が空くことに。ボート部には才能あふれる同期のジェイミーがおり、彼女は奨学金を得るためにその席をアレックスと争うことになる。
しかし、奨学金を何としても確保したいジェイミーの策略により、その座を奪われてしまう。悔しさを抱えたアレックスは雪辱を期すあまり、次第に執着が狂気へと変わっていく。
感想レビュー/考察
スポーツ映画ではありまして、確かにその要素はあります。しかしそれにはあまりに清々しさや青春なんてものはなく、もっと重苦しく汗ばみ気を失うような迫力に包まれた作品でした。
観て疲れるんです。憔悴しきってしまう。そんなすさまじい力を持っている作品です。
監督自身の追い込み生活が原作
監督自身の経験が投影されていてるという今作ですが、本人のインタビューで驚異的な活動量が語られています。
監督自身がアレックスのように、プロ選手になるとか家系とか関係なく、ボート部に入ってひたすらに没頭していたそうなのですが、それ以外の大学生活もすごい。
この頭のおかしいほどの、自分へのタスク付け。
しかも、そこでただこなしたり参加したりするだけではなくて、ノルマをもって、ランクがあるならトップを目指すという徹底的な執念のカタマリ。それを追いかけていく映画です。
監督が目指しているのは、一歩引いた視点である観客に、主人公アレックスの視点に入り込ませること。ただの傍観者ではなくて、観客も一緒に吐き気をもよおすほど体を追い込まれ、休みがほしいと気が飛びそうになるほど目まぐるしく大学内を駆け回る。
ものすごいライドです。
クリアで繊細な音の奥底に煮えたぎる不穏
技術的な面では監督がもともと音響技術の出身である面がやはり生かされています。没入感を高める音作り。
今作を観ていてまず心を奪われるのは、その巧妙に設計された音響の美しさ。
やさしく流れる音楽、水、風の音、鳥たちのさえずり、静かな呼吸音、鉛筆が紙を走る音、そしてランニングシューズが地面を打つリズム。こうした音が交じりあっていて耳が心地いいしクリアで素敵です。
でも一方でその背後では、ごくわずかな地鳴りのような音が常に潜んでいて、徐々にその存在感を増していきます。
この音が根底に鳴り響いているから、緊張感と不穏さを生み出し、作品全体に張り詰めた空気をもたらしていると思います。
小さな日常の音にまで集中しているような、そんな環境だから、奥底に置かれているビートにも気づけますし、ホラーと言っていい領域まで何処か不穏で不安な感情を持たせてくれるんですね。
閉所恐怖症的な息苦しい撮影
さらに撮影は青ざめた画面が多く、暖色が配されていてとにかく荒涼としている画面が多いです。
アレックスの練習シーンにおいても、スローモーションやかなりの接写があるほか、周囲が真っ暗になりアレックスにだけ強烈にスポットライトが当たる演出も。
閉所恐怖症には厳しいくらいに、空間的に窮屈で息のできない感じが強烈に演出されていますし、またアレックスが本当に孤独に戦っている感覚も強まっています。
チームでのローイングなのにシングルでのショットが多いですし、またローイングの部室や練習の場所もコンクリ打ちっぱなしの地下であることも、アレックス自身の心の牢獄感がありますね。
凄まじい力で支配するイザベル・ファーマン
そして何よりも、この映画を完成させてるのは、主演のイザベル・ファーマンです。
「エスター」での怪しげな少女役が唯一無二の存在感を持っていた彼女ですが、今作ではなんとも形容しがたい危険さを持っている。とにかく健康状態が悪いし精神的にもヤバそうな雰囲気がすごい。
メイクアップでも彼女は顔面蒼白、気色がとにかく悪い。活力のあるゾンビみたいな見た目で、とにかく自分を追い込んでいく。
その場にいてもどこか浮いた存在感を出せる彼女ですが、決してアレックスは影の存在ってわけでもない。むしろ積極的ですらあります。
彼女はいつもアクションを起こしていて、教室とボート部の移動はダッシュ、トレーニングを欠かさず落ち着いたシーンですら目が野心に溢れている。
それは彼女が持たざるものだから(少なくとも彼女自身はそう考えている)。
力を抜けなんて、最高の侮辱
何をするにしても努力しなければ、まともなラインにも立てないんだと思っている彼女は、何をするにしても軽くこなせてしまう、持っている側のジェイミーに激しい競争心を燃やします。
この気持ちって分かる人には分かるはず。自分が結構頑張らないとできないことを、遊び半分でこなしてしまう人に出会うこと。そこで相手に「頑張りすぎだって、無理せず力抜こう。」なんて言われたら、これほどの侮辱はないのです。
アレックスは汚いことはしない、正々堂々と戦う。しかし自分自身にはそのペースなんて考えない。
自分のペースをつかむよりも前に、コーチの言う言葉を繰り返し、そしてこぎ方はジェミーを見てそこに合わせる。タイムもそう。常に自分ではなくて理想の形に、息が整っていなくても合わせに行ってしまうのです。
誰に誇示もしない、自分のやり方を貫くだけの映画
「セッション」や「ブラック・スワン」のような作品と比べられる今作ですが、主人公が最後に成し遂げることは?
単純にレギュラー入りすることでもなければ、仲間との和解でもない。
極限まで自分を追い込んで、嵐の中一人だけボートを漕ぎコースをクリアしたアレックスは、自らに課したタスクは終わったとばかりに自分の名前を消し去る。
その直後、ラストカットで観客の方をぐっと見つめる瞳からは、私は何に挑戦するのか問われているような気すらしました。
イザベル・ファーマンの気迫や緊迫した撮影と音響に圧倒されていてスルーしていましたが、こちら女性主体のスポーツ映画なんですよね。あとはクィアの要素もある。
このあたりはしかしフォーカスになりません。監督は自分の経験をそのまま書いただけなので、アレックスのセクシャリティなど議題ではないということ。
徹底したスタイルはこの映画をなんのジャンル映画なのか決めかねるような、壁をぶっ壊す破壊力持たせています。誰かに認めてほしいとか、好かれたいなんてことを考えない、アレックスと監督の分身のような作品。
好き嫌いが分かれ、ついていけない人もいると思いますが、私はすごく飲み込まれましたし楽しめた作品でした。
今作の感想はここまで。ではまた。
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