「ロボット・ドリームズ」(2023)
作品解説
- 監督:パブロ・ベルヘル
- 製作:パブロ・ベルヘル
- 原作:サラ・バロン
- 脚本:パブロ・ベルヘル
- アニメーション監督:ブノワ・フルーモン
- 編集:フェルナンド・フランコ
- 音楽:アルフォンソ・デ・ビラジョンガ
「ブランカニエベス」で知られるスペインのパブロ・ベルヘル監督が初めて挑んだ長編アニメーション作品。原作はアメリカの作家サラ・バロンによる同名のグラフィックノベル。
舞台は1980年代のニューヨーク、擬人化された動物たちが暮らす世界で、犬とロボットの友情を描きます。
セリフやナレーションを一切使わず、視覚的な表現だけで語られているアニメーションと鳴っっていて、2024年の第96回アカデミー賞で長編アニメーション賞にノミネートされ、高く評価されました。
日本では第36回の東京国際映画祭でも公開。そちらでは見に行くことはできませんでしたが、評判の良さは何となく覚えています。
1年ほどたっての一般公開ですが、試写でもやはり評価が高い。早速公開週末に観に行ってきました。ある程度混んでいて、にぎわっていて良かったです。
「ロボット・ドリームズ」の公式サイトはこちら
~あらすじ~
1980年代のニューヨーク。マンハッタンのアパートにひとり暮らしているドッグは、暗い部屋の中寂しく過ごしていた。
隣人のカップルの姿をみて孤独感を募らせるドッグが偶然TVで目にしたのは、友達ロボットの通販。
すぐにロボットを注文し、配送されてきた部品を組み上げるドッグ。
ロボットはドッグといっしょに外へ出かけ様々なものに触れて共に楽しむようになる。ドッグの生活は素晴らしい活力に溢れた。
しかし、海水浴に行った際ロボットが動けなくなってしまったことから、二人の友情は危機を迎えることになる。
感想レビュー/考察
2024年の11月の出会いを記憶に
毎年映画を見ていて、いい作品は多いです。その中でも、出会いを感じる瞬間があります。
座席に座ってその映画を観ている短い時間の中で、この作品を今ここで観ていることを、きっと人生の終わりまで忘れないんだろうと、そう思える映画との出会い。
お客さんの混み具合とか空調の効き具合とか、肘掛けや席の感覚すら体が覚えるほど。
映画がその魔法に包まれている瞬間に、形容できない感情に飲まれて。ただ幸せだとか、切なさでいっぱいになっている。
パブロ・ベルヘル監督の送り出したニューヨークを舞台にしたミュージカルアニメーションは、作中重要なある楽曲のように、「2024年の11月を覚えているかい?」と、心に残る記憶になりました。
アニメだからこその無限の表現
豊かで優しいアニメーションには、実写というメディアとは異なるアニメだからこその無限の表現があります。この不思議なメディアでは何もかもが可能になる。
そもそも様々な動物たちがそれぞれ共存しているという表現もアニメーションであれば自然界のあれこれは考えずに割と素直に受け入れられます。
また、ロボットと動物たち住人の質感が本来ならかなり異なるであろうところ、アニメでは絵柄のテイストで統一されてその違いが変に浮き上がらないのも良いと思います。
この温かみのあるタッチ、シンプルな線と影の表現をあまり描きこみすぎないスタイル。パステルなカラーとそこからくる優しい印象。
とても美しい思い出をめぐっていくようなこの物語にピッタリです。
ビジュアルとサウンドで紡がれる物語
また今作はセリフ一切ないアニメーション。
登場人物たちには性別もなくかなりユニバーサル。そこでじゃあ何をどうやって語るか?
それは映画の根源に立ち返ることになります。
映画とは映像言語。ビジュアルとサウンド、その編集で物語が展開され観客とコミュニケーションをとるのです。
シンプルな構成でも複雑な表情を見せるドッグとロボットの瞳。描かれ方で多面的な感情を表現しています。
驚きや美しさに溢れたニューヨーク
描かれていくキャラクターの前に、ドッグとロボット以外のもう一人の主人公、ニューヨークの街が輝いています。
監督が実際にニューヨークで10年ほど過ごしたその時代と街の雰囲気を込めているそうです。
実際には90年代を過ごしていたそうですが、より文化的にも芸術的にも世界の中心であったニューヨークの80年代を中心に、かつての故郷へのラブレター的な要素もあるそうです。
実際、セントラルパークでアース・ウィンド&ファイアーの「セプテンバー」に合わせてローラーブレードで踊っていたり、コニーアイラインド・ビーチで海水浴した上でロボットが故障して動かなくなってしまったり。
タコがバケツドラムを打ち鳴らす地下鉄構内。今はなきあの2つのワールドトレードセンター。ニューヨークの3角ピザ。やはり欠かせないタイムズスクエア。
ニューヨークの観光映画のようで、様々な様相をのぞかせます。ブルックリン橋を望むあの夕暮れの暗がりな景色とか、すべてが美しいです。
なんとなく、様々な種類の動物たちが登場するのも、人種のるつぼと言われたニューヨークそのものを現すように思えます。
80年代の文化的ノスタルジー
冒頭でドッグが見ている番組がおそらくMTV。開局は1981年です。
また物語の後半、ロボットを直してくれた親父さんラスカルはニューヨーク・メッツの大ファンのようで、ロボットと一緒にスタジアムへ観戦に行っています。
盛り上がりを見ていると、メッツがナショナルリーグ優勝やワールドシリーズ優勝などかなり勢いのあった1986年ではないかと考えられますね。
なのでドッグとロボットのこのニューヨークでの物語は少なくとも81年以降ですし、1985~6年あたりなのかなと思いました。
夏場の最後にロボットがビーチで動けなくなり、そのあと封鎖されたビーチで秋と冬を越していく。
ラスカルおじさんがロボットを直してから、ビル屋上で花火を見ますが、あれが独立記念日7月4日だとすれば、やはり1年ほどは経過しているという感じです。
80年代のニューヨークではTVやスポーツが盛り上がり、また街中で何度も出てきますが70年代後半に栄えたパンクロックもあり。
1980年公開のキューブリックの「シャイニング」のコスプレをしたこどもたちが、ハロウィンにドッグの家を訪ねていますが、映画も盛り上がっている。
というか、ここまでの細やかさでニューヨークとこの80年代の文化を描きこんでいるなんて、監督の愛情の深さがすごく感じられます。
二人の記憶を呼び覚ますアース・ウィンド・アンド・ファイアーの「セプテンバー」
その時代背景を持つ今作ではさらに音楽も重要。
TVや街ゆく中で聞こえる音楽もたくさんありますが、セリフのない今作では特にアース・ウィンド&ファイアーの「セプテンバー」がひときわの存在感。
ドッグとロボットの絆を代表する曲であり、そして感情の代わりに使われている曲。
歌詞は大切な人との思い出を振り返る内容です。
「9月21日のことを覚えてる?出会って全てが変わり、魂のキーが合って一緒に踊ったね。」
愛の歌でありつつ、今はなくなってしまった関係を思い出として振り返るような内容です。
とにかく重要なこの曲ですが、監督がロボットが動けなくなってしまう9月にかけてどんな音楽が使えるかという中で思いついたそうです。
しかも、歌詞に出てくる9月21日は監督の娘さんの誕生日だそうで、ここに運命を感じて採用したということ。
これがピアノカバーやロボットの口笛など、いたるところでメロディーとして使用されていく。
ドッグとロボットにとって大切な曲。それが炸裂するラストがたまらなく愛おしい。
映画だからできる表現で、その場に一緒にいないけれど、画面を共有して一緒に踊る。魔法がかかった瞬間でした。
繋いだ手は忘れることはない
何度もお互いに夢を見て、再会を待ち望んだ。それでも前に進んで、ドッグには新しい友達ロボットであるティン、ロボットには彼を直してくれたラスカルが。
それぞれが新しい思い出を作っている。新しい関係を。
でもだからといって、2人が過ごした夏がなくなってしまうわけではない。
繋いだ手は忘れることはないんです。
ドッグとの思い出を胸にしっかりと留めているように、ロボットの新しいラジカセボディにはちゃんと二人のお気に入りソングがしまってあるんです。
でも今はラスカルのお気に入りも持っている。こうやって人生は進んでいく。
ロボットが来たおかげで、ドッグは、世界を再発見した。暗がりのアパートの夜は寂しさを抜け、ロボットがいなくてもドッグは世界と再び繋がり始めた。スキーや釣りなどを楽しんで。
決して無駄じゃない。
歩いてきた道の、これまでの足跡が消え去ることはないのです。
豊かなアニメーションでそのメディアだからできる表現を最大に見せながら、ニューヨークへの愛と、これまでの全ての出会いや別れを優しく包み込む。
こちら劇場でぜひ鑑賞してください。とてもおすすめです。
今回の感想はここまで。ではまた。
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