「足跡はかき消して」(2018)
作品概要
- 監督:デブラ・グラニック
- 脚本:デブラ・グラニック、アン・ロッセリーニ
- 原作:ピーター・ロック 『My Abandonment』
- 製作:アン・ロッセリーニ、リンダ・レイズマン、アン・ハリソン
- 製作総指揮:ジェイソン・クロース、アーロン・ギルバート、マイケル・ブルーム、アダム・ピンカス
- 音楽:ディコン・ハイクリンフェ
- 撮影:マイケル・マクドノー
- 編集:ジェーン・リッツォ
- 出演:トーマサイン・マッケンジー、ベン・フォスター、ジェフ・コーバー、デイル・ディッキー 他
「ウィンターズ・ボーン」(2010)のデボラ・グラニック監督がピーター・ロックの小説を映画化した作品。
主演を務めるのは、「ホビット」シリーズなどの若手女優トーマサイン・マッケンジー。
また彼女の父親役として、「最後の追跡」のベン・フォスターも出演しています。
デボラ・グラニック監督はこれで長編はまだ4作目なんですね。
2018年の夏ごろに海外で一般公開され、批評面で高い評価を受けた今作ですが、日本では4/3(水)よりデジタル配信が決定したとのこと。
海外紙において年間ベストにチラホラ見かけたので、海外版を輸入して鑑賞しました。
~あらすじ~
オレゴン州の森の中、森林の中で暮らす親子がいた。
父のウィルは、彼の知識のすべてを娘のトムに教え、二人は静かに人々から離れ暮らす。
時折山を下りて町へと出かけ、食料とウィルに必要な薬を調達するときが、唯一外界の人間と接する機会だった。
だがある日、トムが散歩している際に、森の中をジョギングしている男に見られたことで、親子は通報を受けたレンジャーによって拘束。
町の施設にて診断テストを受けた親子は支援施設にて生活を始めることになる。
感想/レビュー
人里離れた森の中でサバイバルする親子、そして野蛮どころか精錬され子供はアタマが良い。
というと、マット・ロス監督の「はじまりへの旅」を思い出しました。
確かに舞台設定としては似ているものはありますが、デボラ・グラニック監督は全く違うテイストと静かな空気でこの作品を包みこんでいます。
森のグリーンとか、細やかな草葉のディテール、町や鉄道など含めたひんやりとしたような空気など完成度が高く美しい作品です。
まず今作は、父と娘にフォーカスを当てて、彼らからみた世界だけを見せているように思います。世界からみた彼らではなく。
そこにはベン・フォスターとトーマサイン・マッケンジーが生み出す、親子の絆がとても素晴らしく存在していると感じます。
二人が見せる関係性が信じられるからこそ、今作のドラマは成り立つと思うのです。
ベン・フォスターはとにかく寡黙です。
必要なことだけを必要な時に口に出す。それだけです。
「良いぞ。」「それをよこしてくれ。」「ありがとう。」
少ないセリフながらそれをやり取りする親子の自然さが効果的です。
もちろん、今回注目を集めているトーマサイン・マッケンジーの演技も力強く素敵なのです。
監督はジェニファー・ローレンスを見出したといっていいと思うので、今回はトーマサインを見出したことになりますかね。
彼女もセリフはそんなに多くないんですが、クリっとした目で見つめる眼差しが印象に残っています。
戸惑いと怖さがあるシーンや、興味というものまで、表情豊かな顔をせずとも、態度といううか眼でいろいろ伝えられてしまう才能があると思うんです。
感情的な衝突もなく抑えたトーンでありながら、本当にさまざまな感情渦巻く表情でドラマを展開していて感心です。素晴らしい。
親子二人の逃避に思える旅が、実は当てもなく続く。
逃げ場はないからですね。ただ、特定される、ある場所や社会に属することができない父。
その一方で確実に成長し興味を広げて世界と向き合っていく娘。
トムは”I’m growing!”と冒頭で言っていましたが、まさにその通りなんです。止められない少女の成長。
ちょうどこの親子は、それぞれの岐路に立っていたようです。
特定されることが嫌で、どうしても流れていくしか生き方のない父は、悪夢から逃れられずにいます。
でもトムは世界を知り、父によって与えられるだけではない別の生き方を見出していく。
現代の救済の仕組みがとても奇妙な機械的システムとして描かれ、どちらかと言えば尋問に近い録音声による質問攻めというのは、ウィルにとって非常につらく、またより一層世界との距離を感じてしまうものだったでしょう。
システムが本当に人に寄り添っているのか。
あの施設に比べれば、道中トレーラーに載せてくれた男(誘拐ではないか気にかけている点も繊細な演出で良い)、そして親子を受け入れてくれたあの山奥のコミュニティの方が、よっぽど人間の心を持ちに共感してくれていました。
そういったまさに特定されていないところ、探し当てるところではない場所に、善良な人間がいるものなのだと思います。
この作品で何より好きなのは、抑えたトーンが最後まで続くこと、最後までよくあるパターンに落ち着かなかったことです。
少なくとも私には、最後の最後まで落ち所が分からず、それこそ「はじまりへの旅」や「gifted/ギフテッド」では妥協ともいえる終わり方に思えていたところに、しっかりと素晴らしいラストを与えたと思いました。
親子間のものすごい衝突とか、涙する感動のお別れとかもなく。
子供にとって良い生き方とかも示さず、あくまでトムの選択だけを見せる終わり方。
最後までこの親子がとても少ない言葉でやり取りしているのも感動的です。
大声でぶつかり合わずとも、お互いの人生を理解し選択を尊重しているのですからね。
親子を演じるトーマサイン・マッケンジーとベン・フォスター、彼らを包み込む緑と静かなトーンが染み入ってくる作品でした。
ぜひ劇場でもみたいので、日本の一般公開を望むのですが、デジタル配信が決まった今、限定公開以外は期待できなさそうですね。
感想はこのくらいで。それではまた次の記事で。
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