「ブレンダンとケルズの秘密」(2009)
- 監督:トム・ムーア、ノラ・トゥーミー
- 脚本:ファブリス・ジオルコウスキー
- 原案:トム・ムーア
- 製作:ポール・ヤング
- 音楽:ブルーノ・クーレイ
- 編集:ファビエンヌ・アルヴァレズ=ギロ
- 美術:ロス・スチュアート
- 出演:エヴァン・マクガイア、ブレンダン・グリーソン、クリステン・ムーニー、ミック・ラリー 他
「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」、「ウルフウォーカー」などのカートゥーン・サルーンによる長編アニメーション記念すべき第1作目。
監督はその後の作品も撮っていくトム・ムーア、ノラ・トゥーミー。
ケルトの文化、美学が詰められた書物「ケルズの書」の誕生を、ある少年の冒険をベースにファンタジックに描いた作品。
声の出演にはエヴァン・マクガイア、ブレンダン・グリーソンなどが出演しています。
今作はスタジオ初めての長編にして、そのままアカデミー賞アニメーション賞にノミネート。
作品は当時の日本公開は無かったのですが、かなり時間がたってからの2017年に「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」の公開に合わせる形で劇場にやってきました。
私はせっかくの劇場公開をスルーしてしまい、今更ながらAmazonプライムビデオにて鑑賞しました。
9世紀のアイルランドは、ヨーロッパ各地の沿岸地域を荒らしまわるヴァイキングに脅かされていた。
少年ブレンダンは寺院にもなっている巨大な砦の中で暮らし、敵に備えて砦の強化を指示している叔父の言いつけで色々な仕事をしている。
しかしブレンダンの興味は砦の外の世界にあり、今は無用とも言われてしまう司書館に通っては、外の世界が記される書物を読もうとしている。
あるとき遠い島から美しい本を持ったエイダンがやってきて、書物の執筆のためのインクの元となる実をとってきてほしいとブレンダンに頼む。
ブレンダンは叔父の言いつけを破って砦の外の森へと出かけるのだった。
この作品の根幹には、アイルランドの歴史とケルズの書があります。
アイルランドは確かにこの作品で描かれているように、8世紀末~9世紀にはヴァイキングの侵略を受け、多くの文化や人命が失われています。
その後大英帝国にもだいぶパワーバランスを壊わされて今でもイギリスの影響が強いですね。
アイルランド、ダブリンの若者がみんなして地元離れてイギリスへ渡ろうなんて言うのも映画で見かけます(「シング・ストリート 未来へのうた」など)。
で、まあこの作品はその侵略を受けて破壊される寸前の非常に危うい、生存をかけた時期を舞台に、神話的なファンタジックな要素も入れ込まれて展開されていくのです。
ヴァイキングは顔もなく動きもズンズン。止まらない暴力感がすごい描写。
ブレンダン達がベースとなれば、また違った森の存在として出てくるアシュリンやオオカミたちはシャープさを持っています。
そして闇の住人クロム・クルアッハ神はこれまた異質。
それぞれの画のタッチを異ならせることで、様々な感触や属性の違いが視覚的に示されていますね。
アニメならではの見事な落とし込みです。
手書きでの細やかなアニメーションはそのキャラクターたちの動きも素敵ですが、細やかな色彩やエフェクトのような、その繊細なケルト文化にもみられる文様の印が本当に美しい。
途中で移動シーンや時間の経過を示す描写として、書物の中での描かれ方そのままのような画が出てきますが、この映画がまたブレンダンとケルトの書を世界へ伝えるメディアだという意味で巧いところです。
私はこの作品の根幹は伝承にあると思います。
叔父はヴァイキングの侵攻、つまりケルト文化の存続がかかるという事態に対して壁の建設を優先します。
もちろんそれが完全に無駄であったとも言えません。
しかし同時に命題となるのは、そのような武力衝突や国防などの中で、文化・芸術の価値、そしてそれらに何ができるのかということが語られます。
確かに書物を書き記すことが、誰かの腹を満たすことはありません。
いくらインクをしみ込ませペンを走らせようと、ヴァイキングの剣を止めることはできないのです。
だがしかし、だから文化・芸術が無駄なことではないのです。
どうしても避けられない没落や崩壊、文明文化の衰退を目の前に、最後にできること。
それは伝え語ることです。
「あなたの書物も守ります。」と言うように叔父はすべてを守ろうとしましたが、真にケルトの文化を守ったのはブレンダンとエイダン、そして彼らを助けてくれたケルトの妖精アシュリンです。
人々が虐殺され、村は焼かれ全てが朽ちた後で、書が残ります。
ブレンダンが書き続け残された書には、間違いなくケルトの文化も彼らの信仰も日常も残っているはず。
エイダンの足跡が波に流され消えても、書には彼の想いだって残るはずです。
逃げたブレンダンとエイダンがオオカミたちに救われるシーン。
最後に倒れるヴァイキングの剣が十字に交差します。
神の勝利とも取れますが、これは外敵が一度は倒れたものの、この後にプロテスタント国としてカトリックのアイルランドを抑圧し植民地化するイギリスの襲来を予期するようで不穏ですね。
それでも、現実を知ると、そうした植民地化(ウルフウォーカーの話に繋がります)を越えて、今でもケルトの書は残っていますから、けっして絶望ではないと思います。
文化と芸術を育むこと。自分達の生を物語ること。
映画という物語を通してその重要性を描き、またこの作品が1つの重要な文化として残り多くの、世界中の人々に観られていくことでしょう。
やっとスタジオ最初の作品を観ることができましたが、すべての根幹がここに見えます。
歴史的事実や現実として変えられない侵略や圧政、その中で描かれる物語の重要性。
書き記したものに命が宿るアニメーションというメディアまでが欠かせない傑作でした。
今回の感想はこのくらいです。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
それではまた次の記事で。
コメント