「ボヤンシー 眼差しの向こうに」(2019)

  • 監督:ロッド・ラスジェン
  • 脚本:ロッド・ラスジェン
  • 制作:サマンサ・ジェニングス クリスティーナ・セイトン リタ・ウォルシュ
  • 製作総指揮:リティ・パン、ジェフ・ハリソン、ブライス・メンジス、ジョナサン・ペイジ、ケイト・ケネディ、アリシア・ブラウン、ジョナサン・ダフィー
  • 音楽:ローレンス・イングリッシュ
  • 撮影:マイケル・レイサム
  • 編集:グレーム・ペレイラ
  • 美術:ベサニー・ライアン
  • 出演:サーム・ヘン、タナウット・カスロ、モニー・ロス 他

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短編映画を手掛けてきたロッド・ラスジェン監督が長編デビューとなった作品。

貧しい家庭に生まれた少年が、職を得られるとだまされ奴隷船に乗せられ、そこで生き抜いていく様を描き出す映画です。

主役の少年はこれが初めての映画出演となるサーム・ヘン。

今作はベルリン国際映画祭にてプレミア上映され、アカデミー賞ではオーストラリアの代表として出品されましたが、ノミネートには至りませんでした。

実は全然知らない作品だったのですが、映画館で予告を見て興味がわき鑑賞しました。なんとなく映画祭でアジア部門で出品されるような感じがして、あまり観れる機会がなさそうだったので。

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14歳の少年チャクラは、貧しいカンボジアの農家に生まれ、学校に行けず毎日農業を手伝っている。

金持ちの家でないため、学校へ通う子どもや、きれいな身なりの学生を眺めることしかできず、家でも期待され与えられる兄に比べ、チャクラは金も学も与えられないことに苛立っていた。

そんな彼は友人から工場での仕事を聞きつけ、これがチャンスだと思い金も持たず、職業斡旋業者のバスへ乗り込み村を離れる。

しかしチャクラを待っていたのは、船に乗せられ漁に従事させられる、賃金も支払われない奴隷労働だった。

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ロッド・ラスジェン監督は実際に起きている奴隷制を残酷なまでに実直に、フィクションとしてのおもしろさも取り込みながら問題提起として描き出します。

職人的な役割を持った作品であることは間違いないのかと感じられます。

これはもちろんその現代に残る奴隷制を体感をもって観客へ伝える物語ですし、またその原理にも触れ、そして人間の聖なる部分と醜い部分両面を描く作品でもあると思います。

とにかく没入感の高い作品で、船上での撮影の密着度合いの素晴らしさもあり、自分もチャクラとともに漁船へ乗せられていきます。

日差しの強さや闇の深さ、また就寝する場所の狭さなど、スクリーンを通して息苦しく、披露し、また船長や乗組員の存在や恐怖を感じていきます。

そういう意味ではもうとんでもなく疲れる映画です。

ライティングも非常に効果的で、自然光メインで真っ暗なところは本当に真っ暗ですが、懐中電灯の光の当て方とか、うまい具合に焦点を示しています。

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登場人物たちは疲弊しきっている、また無駄口たたくとまずい状況ということもあり、まずセリフというセリフが少ない。

そんな中で出す言葉はそれぞれ重要な人生を見せてくれます。

父親代わりになる、もしくは生き抜くために息子の代わりを求めるあの男性も、黙りこくるのですが、家族への言葉は絶えません。

そしてなにより、主人公チャクラを演じるサーム・ヘン。彼のまさに非言語による感情表現の巧みさが、この作品を力強く引っ張っています。

抜け出すことが次第に生き残ることに変わり、保とうという人間性も捨てていき修羅となっていく。

眼からは生気が失われ、表情もなくなるなかで、生き抜くため豹変するその顔が恐ろしく、またチャクラを失うようで悲しかった。

父親代わりの男性の言葉に、彼に少しでも癒しと救いをあげようと答える言葉は優しい。

そしてふとトラックの上で、飲み物をくれる青年への笑顔もまた輝きます。

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絶望と攻撃性、他者への思いやりと優しさ。人は深いものです。

貧乏だから、愚かだから。そう切り捨ててはいけない気がします。

思えばこれだけで実録的な手法を取りながらも、随所で鋭くフィクショナルでダイナミズムある演出を入れているのも素晴らしいです。

奴隷船での至近距離での撮影に、ふと超遠景での撮影が入ると、もう海しかなくて絶望感が強まります。

そしてOPでは自動車や自転車に追い抜かされていくチャクラの後ろ姿、そして重いものを背負う肩で始まっています。

彼の置かれる環境や、周囲に置いていかれる悔しさを感じることができます。

漁船の上だけでなく、普段から不条理がある。

奴隷船の存在も問題提起ではありますが、普遍的に貧富の差をその根源に描くようにも思います。

しかしタイトル(ボヤンシー=浮力)の通り、負の要素は浮き上がる。

海に沈められ殺された者たちの怨念のような骨がチャクラに与えられ、この地獄の被害者たちは単純に海の底に沈みません。

世界の残酷さを実録的な空気をもって伝えながらも、巧みに映画ならではの語りを取り入れた技巧のある作品でした。

公開規模が小さいのでなかなか観れないかもしれませんが、劇場での体感が大切なのでぜひ映画館での鑑賞をお勧めします。

感想は以上となります。

最後まで読んでいただきどうもありがとうございました。

それではまた次の記事で。

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