「レヴェナント:蘇りし者」(2015)

  • 監督:アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
  • 脚本:マーク・L・スミス、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
  • 原作:マイケル・パンク 「蘇った亡霊:ある復讐の物語」
  • 製作:アーノン、ミルチャン、スティーヴ・ゴリン、アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ、メアリー・ペアレント、デイヴィッド・カンター、ジェームズ・W・スコッチドーポル、キース・レドモン
  • 製作総指揮:ブレット・ラトナー、ジェームズ・パッカー、ジェニファー・デヴィソン・キローラン、ポール・グリーン、マーカス・バーメットラー、フィリップ・リー、ジェイク・マイヤーズ
  • 音楽:坂本龍一、アルヴァ・ノト
  • 撮影:エマニュエル・ルべツキ
  • 編集:スティーヴ・ミリオン
  • プロダクションデザイン:ジャック・フィスク
  • 衣装:ジャクリーン・ウェスト
  • 出演:レオナルド・ディカプリオ、トム・ハーディ、ウィル・ポールター、ドーナル・グリーソン 他

アカデミー賞にて監督賞、そして撮影賞を獲得。って、イニャリトゥもルべツキもスゴイですよね。

でも、まあ今回はもちろん、レオナルド・ディカプリオの主演男優賞受賞!これが今作最大の売り文句。

ディカプリオもほんとに長かったですね。これでやっと、アカデミー賞受賞俳優の称号を得たわけです。これからはちょっと気を抜いて、ブロックバスターとかにも出てくれるかな?

今作は西部開拓時代の実話がベース。かなりサバイバル要素が強いですね。

公開が金曜で、土曜に観に行ったんですが、休みということなのか、それともディカプリオ効果なのか、けっこう満席に近く。若い人もイニャリトゥの作品観るんだ!・・・いややっぱりディカプリオ目当てかな?

1823年。アメリカ開拓時代。極寒の山に入り、獣の毛皮を収集していたハンターチームは、ネイティブアメリカンの軍団に襲撃を受け、多くの犠牲者を出しながら船でその場から逃げた。

チームの案内役には、あたりを良く知るヒュー・グラスが、息子と共にいた。ヒューは襲撃を予測し、船を捨て山に入ることを隊長であるヘンリーに進言。ヘンリーはヒューを信じ、険しい山を抜けていくことを決断した。

翌朝早く、あたりを警戒していたヒューは子連れのクマに襲われ、瀕死の重傷を負う。足手まといになってしまった彼に、ヘンリーは看取り役として息子と若いブリジャーそしてフィッツジェラルドを残し、隊を先に進めた。

ところがフィッツジェラルドはブリジャーをだまし、息子を殺した上でヒューを生き埋めにしてしまう。

かすかに息のあるヒューは、決死の想いで穴から這い出て、息子の復讐を誓いフィッツジェラルドを追い始める。

今作を観ていて本当に打ちのめされるように感動したのは、エマニュエル・ルべツキによる撮影の素晴らしさです。

ほとんどのシーンがものすごい長回し(そう編集してるかも?)です。

序盤のネイティブ・アメリカン襲撃の激しさ。役者をぐるっと囲んで、どこから襲われるかわからない恐怖を増し、さらに人から馬そしてまた人、水の中に入って出て。このトラッキングショットのなんとすさまじいこと。

あの場にいた。矢が風邪を切る音が四方から聞こえ、銃声が響きわたる。

画面内の出来事とはわかっていても、大きなスクリーンの中に放り込まれたというか。その感覚がぐっと心をつかみ、感情移入以上に体感させてくる作りでした。

そして全体の画づくり。朝とか、まあ夜はわかるんですが、マジックアワー的な時間帯の撮影に搾ったんでしょうかね。不思議な雰囲気が多かったです。

また、リアルというか、もう本物。

しっかりと実際にそれを使って映画を作るということに徹底しています。ルべツキ本人が言うに、光は自然光でのみの撮影にこだわったんだとか。

自然の雄大な景色とか、空の画面。全て本物の草木や水を映し出しています。

イニャリトゥ監督も現物撮影にこだわっていたようですね。実際の出来事を基にする上で、実際に体感して映画を作ってるのはすごいことだと思います。登場するもののどれが作り物、CGで、どれが本物なのか。

区別ができないほどに現実の質感を持っていました。(さすがにクマちゃんはCGでしょうが)

また接写が多いのも特徴的に思えましたね。役者の顔を画面いっぱいに移しているんです。その目、息遣い。細やかな部分までこれでもかと押し出しています。

今回のディカプリオ、とにかくフィジカルでの演技が多いですね。

宣伝から有名な生魚や生肉かぶりつき(ベジタリアンの彼には辛いね)、凍るような川を泳いだり、本物の馬の死体の中で寝たり。

もはや演技と呼んでいいのかわからない、本当にその厳しさと過酷さに苦しむディカプリオが観れます。うめき声にいろいろな感情を乗せ、目には怒りや悲しみはては復讐に駆られた虚空まで内包していました。

人物面での描写はかなり好きで、トム・ハーディのフィッツジェラルドの冷酷さというか、神を侮辱するある意味何か超越した存在感も好きですが、若い狩人のブリジャーを演じたウィル・ポールターが良かったと思います。

生き残るという場面において、人間らしい情を捨てきれずにいる。まだ依り代がなく不安定な、それでも自分なりに正しいことをしようとする姿を感じました。

インディアンに開拓民、フランス人。狩りと復讐の旅は、ヒューだけのものではありません。

フラッシュバックやインディアンの口から出る、殺しと略奪の歴史。もともとヒューは奥さんをインディアンの村襲撃で失っているようですよね。

その上で今回また白人に息子を奪われた。復讐の旅の中、ヒューは同族を殺すために這いずり回っているんですね。

「息をし続けろ。」という言葉は繰り返されていますが、この映画はまさにディカプリオの息を追いかけています。始まってまだ画面が暗い中でも彼の吐息が聞こえ、そして終わりの暗転でもその音は残り続けています。

彼の息が止める瞬間は、ヒューが息子の無残な死体を見つけた瞬間でした。このとき、生き埋めにされた以上に彼はまさに死んでしまったのでしょう。吹き返す息は復讐にすがって得たものに思えます。

しかしその旅で、まあもう一回埋められるんですが、そこでは蘇生してもらうんですよね。同じく復讐心はあれど、神に任せるという男。

ヒューはそれにならって、連鎖を断ち切ろうとしたのでしょうか。最後に奥さんの幻影が、現実の背景にやってきます。そして超カメラ目線。一緒にいるというか、この旅を観ていたと思っていたら、彼もまた私たちを観ていたんですね。

これは観客に何を訴えているのでしょう?復讐(生きる意味)を終えての空虚さか、この先生きる意味を見つけるのか。

私個人としては、これは彼も何か超越した存在になり、この物語を観客に直接届ける役を追ったのだと思いました。まだ息があるうちは闘う。ここからは真実の語り手になるというか。

若干霊的な終わり方にも思えるもので、撮影と演技による引つけにくまちゃん要素も。ディカプリオがガチで苦しみうめく姿は必見な映画でした。そんなところで、それでは~

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