「地下室のヘンな穴」(2022)
作品概要
- 監督:カンタン・デュピュー
- 脚本:カンタン・デュピュー
- 製作:トマ・ヴェルアエジュ、マチュー・ヴェルアエジュ
- 音楽:ジョン・サント
- 撮影:カンタン・デュピュー
- 編集:カンタン・デュピュー
- 出演:ラン・シャバ、レア・ドリュッケール、ブノワ・マジメル、アナイス・ドゥムースティエ、ロクサヌ・アルナル 他
「ディアスキン 鹿革の殺人鬼」などのカンタン・デュピュー監督が、不思議な穴のある家を舞台に、そこに移り住んだ夫婦のドラマを不思議なユーモアで描く作品。
「リアリティ」でカンタン監督と組んだこともあるアラン・シャバが夫を、「ジュリアン」でセザール賞受賞のレア・ドリュッケールが穴の力に執着しだす妻を演じています。
その他アランの友人で勤務先の社長を「ピアニスト」のブノワ・マジメル、その妻をアナイス・ドゥムースティエが演じています。
カンタン監督の過去作など見たことはなく、この作品自体も映画館で予告を見て初めて知りました。
あまりにヘンテコな設定に興味がわいたのとフランスでの興業の良さ、あと74分というかなりタイトにしまった作品というのもおもしろくて公開週末に観てきました。
結構小さい箱で朝一の回だったのでそんなに混んではいませんでした。都内だったらまた違ったかもです。
~あらすじ~
アランとマリー夫妻は新たな家探しの真っ最中。
内見を案内された家は広さもよくなかなか気に入ったが、不動産屋は物件の特徴はその地下室にあるという。
もったいぶってなかなか何がそんなに特別なのか話さないのだが、夫妻は案内されるままに地下室におり、そこにあるダクト穴に入るように言われた。
不安に思いながらそのダクトを降りていくと、なぜか家の2階に下りた。しかも、夜の内見だったはずが朝日が昇っている。
混乱する二人に不動産屋は説明する。
「この穴を抜けると、時間が12時間進みます。そして、通った人は3日若返るのです。」
意味不明な現象に困惑する二人だったが、結局この物件に決めることに。
アランは穴に興味を失ったが、マリーは穴を使って若返ることに執着し、二人の生活はすれ違い始めてしまった。
感想/レビュー
カンタン・デュピュー監督が奇抜な設定から描き出したのは、人間の滑稽さと時間というあまりに残酷で、しかしかけがえのないもの、そして人生だと思います。
この設定とこのキャラクター、脚本からこんなにも味わい深いラストを迎えるなんて想像もしなかったというのが正直なところ。
優しく包んだ人の苦み
もちろん映画全体は軽快でバカらしいともいえるユーモアに包まれていて、決して重苦しくのしかかることはないです。
プロットもすっきりとしていますし、撮影も全体のライティングの柔らかな作り、エッジがなく優しい。
カラーリングにおいて、美術や衣装なども淡い色いを保っています。
そんな中出てくる人々もどこかおかしいながら、決して彼らを批評的にではなく誰しもにあり得る一面のように描き出しています。
出てくる要素にはクスッと笑ってしまうし、楽しく観れる映画です。
でも、ふとした瞬間のすれ違いや認識、意見の違い、人の反応という点においてはあまりに鋭いと言っていいほどの切れ味で切り込んでいると思います。
12時間を差し出して得る3日のとらえ方
微妙すぎるダクト穴の設定自体はそれだけで面白い。
穴の初めての描写は、12時間進むので夜入るとすぐ仕事に行かなきゃいけなくて、睡眠なし!になっちゃうところからはじまります。
しかも若返りと言いうのが3日だから正直実感もなくメリットが分からない。
バカらしい地味設定ではありますが、若返り効果を本当に得ようとするとその分だけ12時間が何倍も必要になり経過していくのです。
12時間と3日。この絶妙なバランスがのちにアランとマリーの人生を大きく左右する。
反対方向へすれ違う夫婦
実は穴の件でのリアクション自体が、すごく生々しく夫婦や男女の考え方の差というものを示していました。
アランははじめこそ興味津々で、不動産屋に言われたときにすぐに穴に入ろうとします。一方でマリーは不安げで怪しんでいて、アランを引き留めようとする。
一辺倒に言うものでもないのですが、リスクの考え方が二人で異なっている。そして監督はここで止めません。
その後の変化がありますね。アランは不思議さは認めるものの、興味を失っていく。
一方でマリーの方が今度は穴に惹かれていく。
その若返るという効果を体感したいと何度も入っていくようになり、逆転がうまれていました。
逆転というのは方向がちょうど逆を向いてしまうすれ違い。
そのすれ違いこそがアランとメリーの夫婦生活に起こることなので、演出のベースとしていいなと思いました。
滑稽だけど生々しい人間模様
夫婦間の感情すれ違い、相違は社長であるジェラールと妻のジャンヌを招いての夕食が特徴的に思います。
アランとマリーの穴に対するとらえ方が違うのもあるのですが、ジェラールの電子ペニスの話を切り出すところがすごい。
ただ話せばいいのですが、タイミングがどうとか雰囲気が足りないとか言って若干もめます。
そのもめ具合が絶妙で、ジェラールのめんどくささにケンカになるのか?と思うような妙な緊張感。
帰宅後にもアランたちのリアクションについて話していたりしますね。人前とそうでないときの考え、その吐露。
電子ペニスとか言う滑稽さで笑わせながらも、良くも悪くも人間臭い部分を繊細に描写していました。
男性性と老い
ヘンテコ日本での手術シーンとかあほらしいんですが、ジェラールには男性性が込められて常に展開されています。
自分でも言いますが浮気性で、女に目がない。男根のメタファーである銃をぶっ放すのがストレス発散方法で、力を得た気分も欲しい。
何よりも彼の執着する点は男性機能。電子化してまでペニスを使えるように海賊しています。
設定は頭おかしいですが、泌尿器的な意味でもEDなど男性の悩み、ひいては老いていくことへの反抗。
彼はその男性としての強さのようなものに囚われ、ジャンヌともそしてまた別の女性ともうまくいっていない。
彼はあくまで自分がまだ価値があると証明したいだけであって、誰かを本気で愛しているわけでは何のかもしれません。
女性と老い
マリーとアランは完全に夫婦生活が崩壊します。マリーもまた老いというものに対して執着して必死に反抗する。
モンタージュであっさりと流れていく人生。それだけ人生とはあっという間なのです。すごく短いその貴重な時間を、マリーは穴を通って若返ることにつぎ込んでいく。
目的の見た目を手に入れたとき、しかし12時間が何倍にもなって過ぎ去っていた。
ただ冷蔵庫のメモで会話したその過ぎた時間に、何が手に入ったのか。中身は変わらないままに最後に得たものは。
切っ掛けとなった瞬間をドラマ化し、その後を綺麗ながら残酷なモンタージュで進めていく演出が痛烈です。
個人的にはアランが、妻を奪った穴を提供した不動産屋に詰め寄るところが好きでした。あそこにアランのマリーへの強い愛を感じます。
キックオフや流れは面白くて笑っていますが、いつもどこかに棘があり、最後には私たち人間が皆抱える時間というものを描いて見せる。
70分くらいのタイトさとこの軽快さ、タッチ、ユーモア。羽織るような軽さで人生の苦みを飲み込ませる手腕にとても感心する作品でした。
小粒な映画ですがサクッと観れますので見に行ける方は是非と言いたいおすすめの作品です。
というところで今回の感想はここまでです。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ではまた。
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