「パッセージ」(2023)
作品概要
- 監督:アイラ・サックス
- 出演:フランツ・ロゴフスキ、ベン・ウィショー、アデル・エグザルホプロス
感想/レビュー
「人生は小説よりも奇なり」で出会い、そして東京国際映画祭で上映された「リトル・メン」も個人的にすっごく刺さってくるアイラ・サックス監督の新作。(ちなみにイザベル・ユペール主演の「ポルトガル、夏の終わり」はそこまでピンとこなかった・・・)
こうして映画祭などで機会があれば絶対に観たいと思っていた、今年の東京国際映画祭の中でも注目の1本でした。
結果、観れて良かったです。本当に。
人によってはとりとめもない人間関係の移ろいをただ垂れ流すようにも見えるでしょうし、帰結というモノを感じられずに物足りなかったりする方もいるかもしれません。
ただ、アイラ・サックス監督はいつも”人生は続いていく。後ろに残したものを一部にしながら。”といった作風がある方なので、その点を理解し期待した私には当然お気に入りになるわけです。
この作品でおそらく主人公的なポジションになるトマス。
彼が夫であるベン・ウィショー演じるマーティンを裏切り、アデル・エグザルホプロスが演じているアガテと浮気を始めるところから始まるドラマ。
トマスが右往左往して、わがまま言って泣きついてサイテーなことして。あっち行ってこっち行ってセックスして。
正直言って不快で最低な好きになれない主人公をめぐっていく話半ですよね。
なのに、アイラ・サックス監督の全人類肯定感がすべてを包み込んでいて、決して観るのをやめようとは思わなかったですし、どこから出てきたのか分からない爽快感をもって劇場を後にしました。
人間のダメなところをぎゅっと絞り出すのは、向き合う必要性としてはあるにしてもどうしても目をそむけたくなるもの。
しかしそんな部分を真正面から描き切ってしまいながらも、決して後味悪くはしないのは、アイラ・サックス監督がいかにマスターフルな手腕を持っているかを証明しています。
あまり冷たくはない、常に少し温かみのある、ザラツキもある画面。
その質感が出来事のエグさも和らげてくれていますし、下手な恥じらいのない演出が赤裸々で逆に心地よいレベルに達している。
そのあらわになった部分を演じる俳優陣もすさまじい。
「未来を乗り換えた男」ではかなり静かな印象だったフランツ・ロゴフスキですが、今作の本当にダメダメな男っぷり、口も身体も落ち着きのないトマスが素晴らしい。
身体を張ったセックスシーンの長回しも体当たりですけれども、トマスに関してはとにかく絶妙な塩梅の可愛さというか。
何かあると調子乗るし、軽薄だし。こっちがダメだと思えばすぐに別の人にしっぽを振る。
ほんとダメ男ですけれど、フランツの演技でどこか可愛げがあるのが腹立たしいくらいです。
捨てたくてもなぜか気になってしまう。そんな腐れ縁みたいな関係性を、たった90分くらいで観客と築き上げてしまうことから、監督自身相当な人たらしですね。
緩急をつけた色彩トーンやシーンのカット。家の中での移動、座る構図なども丁寧に構成されていました。
“Passege”とは”通路”とか”経路”のこと。
今回の話には性愛面はもちろん、仕事とキャリアのことから妊娠と子ども、結婚のことなど本当に様々なことが盛り込まれている。
その中で3人の男女は非常に濃密な迷子状態を経験しますが、どれもがゴールではない。
終わりなんてなくて人生は続いていくということです。
結局は終わってしまったことがあっても、それもすべて歩いていく道半ばなんですね。
アイラ・サックス監督の人間を愛する姿勢と、アンライカブルなキャラクターでもこんなにも清々しい気分で送り出してしまう力に溢れた素晴らしい作品でした。
感想は以上。
ではまた。
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