作品解説

中編小説を原作とした長編映画
デニス・ジョンソンの名作中編小説を原作とする今作は、20世紀初頭の急速に変わりゆくアメリカを舞台に、木こりであり鉄道建設に携わる男、ロバート・グレイニアの人生を描いた物語です。
大きな歴史のうねりに翻弄されながらも、彼の日々には思いがけないほどの深みと静かな美しさが息づいています。
監督はこれが長編2作品目のクリント・ベントレー
監督はクリント・ベントレー。彼は今作にも出ているクリフトン・コリンズ Jr.を主演にした「ジョッキー」を監督し、また今年日本公開された「シンシン」では脚本を担当している方です。
長編監督作品としては2作品目とまだまだキャリアとしては短いながら、後述の通りにかなり高い評価を得ていたりと注目の監督ですね。
キャスト情報
- ジョエル・エドガートン「ウォーリアー」、「ザ・ギフト」
- フェリシティ・ジョーンズ 「博士と彼女のセオリー」、「ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー」
- クリフトン・コリンズ Jr.
- ケリー・コンドン「イニシェリン島の精霊」、「F1/エフワン」
- ウィリアム・H・メイシー
作品評価が高く映画賞にもノミネート
2025年1月26日にサンダンス映画祭でワールドプレミア上映され、その後11月7日にアメリカ限定で劇場公開。さらに11月21日からNetflixで配信がスタートしました。
公開後の評価は非常に高く、監督を務めたベントリーの演出と、主演ジョエル・エドガートンの演技には特に称賛が集まりました。
映画はナショナル・ボード・オブ・レビューおよびアメリカ映画協会によって「2025年の年間トップ10作品」の一つに選出され、エドガートンは本作でゴールデングローブ賞にノミネートされています。
ネトフリの新着に来ていて、評価の高さとか主演のジョエル・エドガートンに惹かれて鑑賞しました。
~あらすじ~

物語は、アイダホ州ボナーズフェリーを舞台に、ロバート・グレイニアの80年にわたる人生を描いていく。
幼い頃に孤児となり、グレート・ノーザン鉄道に乗ってこの地へ辿り着いたロバートは、学校を途中で辞め、目的のないまま若い日々を過ごしていた。
そんな彼の人生が動き始めたのは、グラディス・オールディングと出会った時だった。
やがて二人は結婚し、モイヤ川沿いに丸太小屋の家を構え、娘ケイトを授かる。ささやかだが穏やかな家庭。ロバートにとって、初めて手に入れた“居場所”だった。
感想レビュー/考察

シンプルなのに圧倒される。言葉にできない豊かさに満ちた一生の物語
何か起きるわけでもない作品。
実際に一人の男の、言ってしまえば本当に無名のままにひっそりと生きてひっそりと死ぬだけの、その人生を映す。
そのシンプルな話。静かな生きた足跡。それをたどっていくだけ。
ただ、言い表せないほどに豊かで、優しくて、奥深くて。心と精神が洗われていく様に、何をどう感じているとも言えないままに泣いてしまう。
言葉にできないけれど、自分の魂が確実に癒されて反応する。そんな奇跡のような作品でした。
これ以上に言うことも書くこともできない気がしますが、とにかく観てほしい。
何かすさまじいことが起きている映画です。
何も起きないようで、すべてが起きている──ロバートの人生が教えてくれること
今作は単純にロバートという男の人生を見守る。孤児であり両親のことを知らない彼が、何にも興味なく流れ着いていく先。
ただ食べるために働き、木こりをしていた彼がグラディスに出会う。家庭を持つ。
そして大きな山火事で家族を失い、再び一人になり。時代に取り残され、この世界にいるのかいないのかも分からないような存在感で生きて、そしてひっそりと死を迎える。
それで終わりです。
彼の人生の話には、両親を突き止めるような目的も、家族の死を乗り越えていき再び誰かと出会うようなドラマチックさもない。
いや、もしかすると生きることそれ自体が劇的なことであり、そこに目的もドラマもいらないということかも。

寒気と陽光まで伝わる、圧倒的な映像と音響の臨場感
正方形にも見えそうな、サイドが削られた画角の中で、そんなロバートを追っていきますが、その物語そのものの薄さを覆っていくほどに、その撮影は美しい。
アドルフォ・ベローゾによる撮影ですが、色彩も何もかも自然を捉えるその目が素晴らしい。あまりに美しくて、その部分だけでもこの作品を観る価値があると言えます。
まるでその場にいて呼吸するかのように、冷える季節の冷たい空気が肺を指すのを感じる。日の光の温かさを肌で感じ、まばゆい光が目に届き眼球すら温める。
音響も設計が秀逸。静けさの中で自然の生きている音が聞こえ、かすかな風の音や薪の火の音、せせらぎが体に響く。
時折、美しい音色のスコアが鳴りますが、ブライス・デスナーが音楽を担当。「レヴェナント」の作曲ですとか、「シンシン」でも音楽を手掛けています。
この体感型の映像が魅せるのが、ジョエル・エドガートンにぐっと寄った彼の視点、彼が見る世界。特に仕事柄森が多く登場しますが、この森林と自然というモノを一人の男の目線で届けていくのです。

美しさと過酷さを併せ持つ「自然」という巨大な背景
そこには、もちろん美しさもありますが、同時に過酷さもある。自然はただ大きくそこに広がり、与えたり奪ったりしていくのです。
この大きな背景の存在、つまり世界が広がっていることが重要に見えます。
まずは人間の業です。
ロバートは森林伐採といういわば人間のエゴを代表する行為を仕事にしています。「切り倒し尽くしても、また生えてくるものさ」なんて労働者もいましたが、自然を破壊していくような側面のある仕事です。
人間が自然から奪っていく。だからしっぺ返しのように、自然も猛威を振るう様が描かれていく。
“人間 vs 自然”という映画の根底に流れる対比
そしてさらに人間の罪深さは続く。
差別的な要素で、中国人労働者に対する嫌がらせがエスカレートし、ついにはロバートの目の前で一人の中国人労働者が線路から谷底へ投げ落とされ殺される。
その光景とそこで何もできなかった罪悪感がロバートに付きまとい彼を悩ませ続けていきます。
ロバートの人生の中で、人類の進化こそ見えていく、もちろん彼は時代に取り残される人間ではありますが、月面着陸なんかも描かれますからね。
人間と自然(世界)の対比というのは根底に置かれているでしょう。

特別ではない人生に宿る、かけがえのない瞬間たち
そんな世界の中で喜びも悲しみも、孤独も人と関わる温もりもすべてが詰め込まれている。端的に言えばシンプルで、特筆することのない男の人生のはず。
でも、振り返るたびにあまりに多くのかけがえのない瞬間に満ち溢れていると気づかされます。
愛する人との出会い、彼女の声で自分の名を呼ばれるとき、自分という存在に意味があると思えた。
大事なものが全て目の前にある幸せな夕暮れ。仲間を弔うことになった森の中。過去にあった人物と再会するも、老いが記憶を奪う様を見て人間の行く先を感じる。
ウィリアム・H・メイシー演じるアーン。独特のキャラで愛嬌ある彼が、落ちてきた木で頭を打ってしまい、きっと脳血管障害を患いほどなくして亡くなる。
そのぼやッとした頭で、彼はロバートに「すべてが美しい。見えるだろう。聞こえるだろう。なんと美しい。」と言います。
ロバートはそれを理解できなかった、むしろアーンを心配しましたが、最後に彼もそれを理解します。
このロバートを演じるジョエル・エドガートン。無口で、あまり表情も変えない。シンプルだけど妻一筋で素朴で。
すごく親しみやすい男をめちゃくちゃ好演しています。
入り込んでいけるくらいに程よく個性がない感じですが、素朴な佇まいや静かな姿勢から、ロバートの苦しさも楽しさもしっかりと伝わる名演です。

天地が反転して見える“万物の視点”──喜びも悲しみも含んだ世界
悲しみに苛まれ、孤独に戻ったロバートが複葉機に乗るラスト。
空も大地も、天地の逆さになった世界でそれが見え、感じられた。一定の見方ではなく万物を見た。この世界こそ喜びであり悲しみであり、人とのかかわりであり孤独なのだ。
自分の人生が、数多の人間の人生が、すべてが詰まっているのが、包みこんでいるのがこの世界なのだ。
上下の逆転は、映画の序盤にも出ています。
大きな木の表面にくっついたカメラが空を見上げている。すると大きな音と共に木が倒れていき、空は消え去って地面が上に来るのです。
何もかもがつながっていき、大きなうねりで呼吸している。生きている。
優しい輝きもそれに伴う耐え難い苦痛も。クリント・ベントリー監督はシンプルで入り込みやすい孤独な男の人生から描き出した。
あまりにもハマるし素晴らしいと思う作品。何をもってしても、どんな言葉でも私はこの作品の美しさを、この映像言語を越えて表現はできないと感じます。
だからこそ、この男の人生を描いた映像という言葉で受け取ってほしい。そこで得られる感動がある。詩的で形而上学的なものをとても軽やかに見せている傑作だと思います。
映像が美しいだけに、これも映画館の大きなスクリーンで観たいのですが、、、本当にこれはどこかで上映してほしいなと思い悔しい。
少なくともNETFLIX加入されている方は見逃さないでほしいと思います。
今回の感想はここまで。ではまた。


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