「ヌズーフ/魂、水、人々の移動」(2022)
作品概要
- 監督:スダデ・カーダン
- 脚本:スダデ・カーダン
- 製作:マルク・ボルデュール、スダデ・カーダン、ユ・ファイ・スウェン
- 音楽:ロブ・レーン、ロブ・マニング
- 撮影:エレーヌ・ルヴァール
- 編集:スダデ・カーダン、ネリー・ケティエ
- 出演:ハラ・ゼイン、キンダ・アルーシュ、サマール・アル・マスリ、ニザール・アラニ 他
シリアの街に残り生活する一家と、そこに空爆が直撃したことで起きる家族のドラマを描く作品。
2022年・第35回東京国際映画祭「ユース」部門上映作品。
監督は「The Day I Lost My Shadow」(2018)に続いて今作が長編2作品目となるスダデ・カーダン。
今作はヴェネチア国際映画祭で観客賞を受賞しました。
東京国際映画祭でも上映され、ユース部門は毎年2、3は観ようと思っている中で気になったので鑑賞。
〜あらすじ〜
包囲網が迫り空爆の続くシリア。
14歳のゼイナは両親とともに家に残っていた。
電気や水道も止まり、食料と水の確保も難しい中で父は生まれ育ったシリアを離れることを拒み続けている。
周辺住民も避難している中、空爆が家を直撃し、屋根には大きな穴を開け部屋を破壊してしまった。
即席で部屋を直した父だったが、母は遂にここから避難することを決心していた。
残るか逃げるかの両親の対立の板挟みになってしまったゼイナ。
そんな中、避難を始めた隣人一家の少年アメールと仲良くなっていく。
感想/レビュー
シリアの惨状を子どもの視点で爽やかに描く
シリアの惨状とそこで暮らす人々の話は多くのメディアが、映画が題材にしてきたものです。
若者の青春との掛け合わせについても、少ないかもしれませんが一定数あるかと思います(例えばドキュメンタリーでは「ラジオ・コバニ」など)。
しかしそんな中でもこの作品はさらに新鮮な風を吹かせてくれたと思います。
決して生やさしい話でも環境でもなく、シリアの状況を甘く描写などしませんが、しかし少女を通して語られる物語は爽やかな空気に溢れていました。
もちろん窓際に立っただけで銃弾がガラスを貫いてくるような残酷さと緊張があり、やはり爆撃の怖さはあります。
ただ、それらをやたらにスリリングな要素にはしません。
人の遺体や殺戮、酷い描写が出てくることはありませんでした。
あるのはゼイナが見ている世界であり、だからこそ他の作品よりも実は子どもたちに見せやすい。
ちょうど生理が始まるという描写がありますが、まさにそのような幼少期からすこし出始めた世代へ向けられています。
なかなか触れることが難しい層に、シリアの子どもたちの物語を共有してくれると思います。
明るい映像マジック、空想の力
画面は明るいシーンが多く、よくありがちなどんよりした天気もなく快晴。
色彩も明るく鮮やかなカラーが多めに使われていて、状況としての緊迫を消してはいなくとも爽快さがあります。
ゼイナが着ているライトブルーの服などもあってか、重苦しくないですね。
撮影はエレーヌ・ルヴァール。この方「幸福なラザロ」、「17歳の瞳に映る世界」、それに昨年の東京国際映画祭の「ムリナ」など担当した撮影監督。それは素晴らしいわけです。
今作では特に、水色の空がそのまま湖のように使われる魔法のようなシーンが輝かしいです。
空の青を水に置き換える。
置換はこの作品のテーマでしょうか。
タイトルの意味合いも”Displacement”とのことで、それは家にいられず場所から出ていくことになった”難民”も意味しますが、この作品では他にも多くの意味を持っていると感じます。
移ろうという意味では父の意見が最終的には変わっていくという点にも通じますね。
同時に目の前の現実に対して、こうだったら?と空想を膨らませていくようなものかもしれません。
この大空が水たまりだったら?
厳しい現実を目の前にして、少女が描く空想の水たまりや想像としての釣り。空想を膨らませるということが、現実に立ち向かう力なのかもしれません。
空爆が明けた穴、吹き込む自由の風
空爆で家には大きな穴が開きます。それは家庭内を吹き飛ばし、窓を開け天井から空を見せる。
この空爆による穴というのは、父親の統治や家父長制にも穴をあけていると感じます。
それまで、父の頑なな決心をもとに、一家はカーテンを閉めて真っ暗な家の中で暮らしています。
もちろん外部から見えないようにですが、同時に妻子を閉じ込めている意味もあります。
隣人に見つかった際にはすぐに髪を隠すように言うなど、やはり強い家父長制を感じます。
しかし穴が開くと、それは同時に自由の空気を入れ込むように、いくら父が杭を打ってシーツで覆い隠そうと、そられを吹き飛ばしてしまいます。
そこから空、夜空を眺めていくゼイナ。
母もこれまでのようには抑えられず、ついに家を離れていくのですね。
ストーリーとしては弱い気も
といった具合で家、空爆、そして少女の成長を含めてうまい舞台セッティングだと思う作品。
その一方でドラマストーリーの部分はちょっと弱くも感じます。
個人的に一番気になってしまったのは、アメールがあまりに都合の良いヒーローすぎるところでしょうか。どこから持ってきたと言わんばかりにテクノロジー潤沢で、ここぞというところで助けに登場するので、人物というよりも機能としての印象が強く感じました。
いずれにしても、シリアの状況をぬるめず、しかし爽やかな少女視点の物語にしたこと。
また、父の持つ強権的な基盤を家に置き換え、そこに文字通り穴をあけることで自由への改革を起こしているなどの仕掛けが素晴らしく感じた映画です。
一般公開も望みたいなと思う一本でした。
今回の感想はこのくらいになります。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた。
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