「青いカフタンの仕立て屋」(2022)
作品概要
- 監督:マリヤム・トゥザニ
- 製作:ナビール・アユーシュ
- 脚本:マリヤム・トゥザニ、ナビール・アユーシュ
- 撮影:ビルジニー・スルデー
- 美術:エマニュエル・ドムルメーステル、ラシッド・ユーセフ
- 衣装:ラフィカ・ベンマイモン
- 編集:ニコラ・ランプル
- 出演:ルブナ・アザバル、サーレフ・バクリ、アイユーブ・ミシウィ 他
モロッコの伝統衣装であるカフタンドレス。
カフタンの仕立て屋を営む夫婦の愛と決断を描くドラマ。
監督は「モロッコ、彼女たちの朝」のマリヤム・トゥザニ。
また主演は「灼熱の魂」などのルブナ・アザバル。夫役にはサーレフ・バクリ、またカフタンのお店で働く青年をアイユーブ・ミシウィが演じています。
2022年のカンヌ国際映画祭「ある視点部門」にて国際映画批評家連盟賞を受賞しました。
「モロッコ、彼女たちの朝」も社会の中の小さなお店を舞台にシングルマザー、夫のいない妊婦という題材を扱っていて、それも美しかった。
また監督の新作が見れるとのことで、楽しみにしていましたが、実際に観に行けたのが結構遅くなりました。
〜あらすじ〜
海沿いの街サレの路地裏で、母から娘へと受け継がれるカフタンドレスの仕立て屋を営む夫婦ハリムとミナ。
ハリムは伝統を守る仕事を愛しながらも、自分自身は伝統からはじかれた存在であることに苦悩していた。
ミナはそんな夫を理解し支え続けてきたが、病に侵され余命わずかとなってしまう。
そんな彼らの前にユーセフという若い職人が現れ、3人は青いカフタン作りを通じて絆を深めていく。
ミナの死期が迫る中、夫婦はある決断をする。
感想/レビュー
静かで優しく奥深い
きっと見た目は、ゲイである男性のドラマかも。もしくは非常にそれによって変容する夫婦のドラマ。
どちらも間違ってないですが、どちらも非常に奥深いのがこの作品。
本当に奥が深い、豊かなのです。
静かであまり語らない人物たちの織りなすレイヤーは複雑であってシンプル。美しい。
社会のルールや決まり、システムというモノに対比されて、多面的な要素を見せている人物が難しそうには見えるのですが、突き詰めた先には愛がありました。
出会いではなく続いてきた道のりの中に観客を招き入れる。
カフタンの仕立て屋を営む夫婦と、そこで手伝いとして働く青年。彼らの仕事、日々というものはすでに始まっているわけです。
映像の中での語りが多い
物静かなハリム。しかし彼の目線や所作は確実にユーセフに向いている。
映像つまりビジュアル、突き詰めればアクション(今作では小さいですが)から観客も彼のプロフェッショナルとして以外のユーセフへの態度に気づき、それは妻のミナも同様です。
パッと見ているだけでは分かりにくい、その場にいてよく見ると見える関係性や感情。
この映画はそれが非常に豊かです。
ミナも感じ取り、不満気にユーセフにあたってしまう。
しかし今作が描くのはどちらか一方の勝利とか愛の成就ではありません。
奥深くで人を理解し愛することなのです。
ミナは夫をユーセフに取られるとか、ハリムが浮気をしているとは考えないのですから。
ミナはハリムを機械ではなく職人だといいます。
システマティックに動く存在ではなく血の通った存在だと。
システムと個人の対比は多く感じられます。
夫はシステムに依存する者ではなく個人としての趣向を持つ。
同性愛に対する社会と、個人を対比しているようにも思います。
また、依頼主たちは業務の効率やお金ですべてを買えると思っているような人ばかりですが、プロとして自分のやり方を貫いていくハリム、ミナ夫婦はカッコいいですね。
互いを理解し愛する美しい夫婦
こんな姿勢を崩さずに持てるのは、ハリムとミナが心の底から相手を大切に思い愛しているからでしょう。
そこには個人としての尊重と理解が感じられます。
お客の横柄な態度を真似して笑ったり、サッカーの試合をパブで見ながら笑ったり。
描写の切り取りが自然で美しい。
そしてハリムが謝りながら「努力してきた」と告げると、ミナは「あなたほど純粋で思慮深い男を知らない。」と返す。
なんと優しく暖かな会話か。
ミナの死が近いこともありますが「愛することをやめないで」の中に、心からハリムを理解し気にかけていることが伝わります。
彼らだけの関係、彼らだけのカフタン
社会は枠を作る。
そこにハリムの居場所はあるのか。
モロッコでは2014年、同性婚や同性愛行為に対しての有罪判決が出ていました。
最近は同性愛描写のある「バズ・ライトイヤー」が上映禁止をされるなどもあり、ムスリム圏における、特に男性同士の性愛に関する規制や禁忌の念は強く残っているようです。
そんな中で、同じく社会システムに守られず一人生きてきたユーセフも含めて、優しさと愛情で3人だけの特別な関係性を築き上げた。
子どもに生地を散らかされても、無理難題をお客に言われても、黙って静かに口を閉ざしていたハリムが、語気を強めてミナのもとから人を追い払う。
誰がなんと言おうとも、3人で織りなしたカフタンは、彼らの関係と同じく彼らだけのものだから。
人が人を想い、そこに理解と愛がある非常に美しいドラマでした。
小さな作品ですが、是非鑑賞をおすすめしたい一本。
今回の感想は以上。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた。
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