「オッペンハイマー」(2023)
作品解説
- 監督:クリストファー・ノーラン
- 脚本:クリストファー・ノーラン
- 原作:カイ・バード、マーティン・J・シャーウィン、『オッペンハイマー 「原爆の父」と呼ばれた男の栄光と悲劇』
- 製作:エマ・トーマス、チャールズ・ローヴェン、クリストファー・ノーラン
- 音楽:ルドウィグ・ゴランソン
- 撮影:ホイテ・ヴァン・ホイテマ
- 編集:ジェニファー・レイム
- 出演者:キリアン・マーフィー、エミリー・ブラント、マット・デイモン、ロバート・ダウニー・Jr.、フローレンス・ピュー、ジョシュ・ハートネット、ケイシー・アフレック、ラミ・マレック、ケネス・ブラナー 他
「ダンケルク」や「テネット」で時間操作と驚異的な映像表現を繰り出したクリストファー・ノーラン監督による最新作。
”原爆の父”と呼ばれた天才科学者ロバート・オッペンハイマーの反省を、第二次世界大戦可の原爆開発とその後の冷戦下のアメリカでの彼に対する批判や諮問会議を舞台に描き出します。
作品は2006年ピュリッツァー賞を受賞した、カイ・バードとマーティン・J・シャーウィンによるノンフィクション「『原爆の父』と呼ばれた男の栄光と悲劇」を原作としています。
オッペンハイマーを演じるのは「バットマン ビギンズ」などノーラン監督とは様々な作品で組んでいるキリアン・マーフィー。
また彼の妻の役には「クワイエット・プレイス」などのエミリー・ブラント。
他にもマット・デイモン、ベニー・サフディ、フローレンス・ピュー、ジェイソン・クラークにケネス・ブラナー、ラミ・マレックなど非常に豪華な面々が集結。
さらに、「アベンジャーズ」シリーズのロバート・ダウニー・Jrがオッペンハイマーの諮問にかかわる原子力委員会議長のストローズを演じています。
第96回アカデミー賞では、同年度最多となる13部門にノミネートされ、作品賞、監督賞、主演男優賞(キリアン・マーフィ)、助演男優賞(ロバート・ダウニー・Jr.)、編集賞、撮影賞、作曲賞の7部門で受賞を果たしました。
前評判が高いことは承知の上で、あとは「バービー」との一件で騒がれたことも記憶にある今作。ノーランの新作なので楽しみにしていて、公開週末に早速観に行ってきました。IMAXはかなり混雑していましたが、通常字幕だとそうでもない見たいですね。
〜あらすじ〜
第2次世界大戦中、才能に溢れる物理学者ロバート・オッペンハイマーは、核開発を急ぐ米政府のマンハッタン計画で原爆開発プロジェクトの委員長に任命される。
しかし、実験で原爆の威力を目の当たりにし、それが実戦で投下され、恐るべき大量破壊兵器を生み出したことに衝撃を受けたオッペンハイマーは、戦後、さらなる威力を持つ水素爆弾の開発に反対するようになるが……。
感想レビュー/考察
クリストファー・ノーラン監督の作品としては、今作はバットマンシリーズの1作品目「バットマン ビギンズ」とか、「インターステラー」とか、状況から何かに突き進むしかなくなった男の物語だとも思えました。
さらに、時間軸を行ったり来たりと操作しながら、ホラー、スリラーのテイストを持ちながラ進行するのは、「テネット」。そして歴史の実話を舞台に、その当事者の視点やその場に観客を放り込んでしまうスタイルは「ダンケルク」のようです。
俳優陣もこれまでにかかわってきた俳優たちが多く出てきていることも踏まえて、なんだかノーラン監督の集大成のような作品だと感じました。
今回はモノクロのシーンと、カラーのシーンの切り替えという仕組みも組み込みつつ、またも後世を巧みに組み替えて緊迫した伝記映画を作り上げています。
まるでホラー映画を見ているかのように、どこか恐ろしさが横たえられているのは、今作が伝えるオッペンハイマーという人間の世界への感情そのものだということでしょう。
この映画が描いているのは第二次大戦でもなく諮問でもなく冷戦でもなく、原爆についてでも水爆についてでもないと思います。
それらはロバート・オッペンハイマーという男を描くとして避けては通れない要素ではあるものの、やはりこれは傲慢であり天才であり、後悔と失望、恐怖にのまれた一人の物理学者の物語なのです。
主観的な物語になっているため、きっと人物の描写についてはオッペンハイマーからみてその人物がどういう印象だったのかというところで受け取ったほうが良い気がします。
実際のところ、事実に沿っていてはいるものの、当時の再現VTRでのなくてかなり感情的な映画になっています。感情が、少なくともオッペンハイマーの感情が排除されているのは、モノクロのシーン。
切り替わる形で展開されるモノクロのシーンは外部からみたオッペンハイマーもしくはストローズ側の話として構成されていました。
モノクロというのは白黒、明暗分かれるような印象を持ったので、より極論ばかりの世界ということでしょうか。だとすればオッペンハイマーが危険人物か否かという単純な色分けをしようとするという意味で、彼の複雑さを排除したストローズの世界ならモノクロは最適なのかもしれません。
一方で色合いを持つオッペンハイマーの世界では、ルドウィグ・ゴランソンのスコアが絶えず運命の近づくような音を持っている点などかなり怖い部分がありながら進行します。
世界から浮いた存在であり人とは違った点を見ているオッペンハイマー。彼を風変わりで理解されない天才とだけ描くのではなく、危うさみたいなものをはじめから入れ込むノーラン監督。
オッペンハイマーは留学したイギリスの大学で教授の食べるリンゴに青酸カリを注入します。まだ映画は始まってすぐ。オッペンハイマーへのつながりを観客があまり持っていないうちにこの危険で攻撃的な行為が行われる。
オッペンハイマーに対して、何をするか分からない危険性を示唆します。聖人ではない。
その後も彼の交友関係や特に女性問題が描きこまれていくために、レイヤーがかなり増えていきます。
フローレンス・ピュー演じる女性との出会ってからすぐな感じとか、彼女がいながらもすぐ結婚したりそのことで傷つけつつほったらかしたり。
しかも時系列的には後の諮問でも不倫してたことを明かす始末(バレてないよと言うのも。。。)
そして彼には傲慢さとかエゴ、自己顕示欲も結構描きこまれています。
すべてが彼を軸に設計された作品として、様々な人物が登場し、時に友としていながらも裏切られ。
そこには失意や熱情、失望と恐怖などが渦巻きます。そしてそれを体現したのがキリアン・マーフィー。彼の顔の接写がとにかく繰り返されるこの作品において、表情で多くを語る圧巻の演技でした。
正しいこととして、最大の抑止力でありその威力からすべての戦争がなくなると信じた純粋さ。そして人間の愚かさを知る瞬間。友として活動した後すぐ、軍からは不要とされて切り捨てられてしまう。
エゴもあり嫌な面も描かれていますが、善き方向へまい進しようとした結果、愚かな人間の業に飲まれていく様が見事でした。
オッペンハイマーが原爆の被害状況の資料映像を見る映写室みたいなところにいるシーンがありますが、あえてスクリーンではなくてオッペンハイマーを映し続けるのが印象的でした。見せたいのは原爆の被害じゃない、その状況を生み出すことになった男の恐怖なのです。
彼は地鳴りのような、運命の裁きのような音を聞き続ける。スコアが素晴らしいのですが、これは後にオッペンハイマーの演説に集まった者たちが足で音を鳴らす音だとわかります。
興奮した観衆の中でのシーン。無音になりながら一つだけ明確に悲鳴が入れ込まれています。
サントラが素晴らしいだけでなくて音響とか編集周りも良かったと思います。音圧というか、身体ごと掴まれる感じ。
追い詰められるオッペンハイマーですが、周囲の人間たちも良くも悪くも人間らしくて。オッペンハイマーと同じく人間の愚かさを持っていると思います。そもそもストローズなんてオッペンハイマーのせいでアインシュタインに無視されたというその点で目の敵にしてますし。
印象深いのは妻のキティを演じたエミリー・ブラント。やたらと皺を寄せて老けて見せたかの侍女ですが、今作最強のキャラですね。
興味や名声、そして善意の果てに戦争を終わらせられると生み出された原子爆弾。しかしオッペンハイマーの予想に反して、禁忌をコントロールして使いたがるのが人間の本質だったのです。
自分だけが生み出せた産物を、まさに父親なのにもかかわらずコントロールの権利を奪われる。人類を滅ぼせるその存在の先に現れた、水爆の誕生を止めようとしても無駄。
今作がホラーに感じられたのは、このオッペンハイマーによって未来永劫変えられた世界というのが、今まさに私たちが生きている世界だから。
こんなにも危険なものを、それでも人に対して使う人間。戦争を終えるために作ったが、戦争は終わりそうだった。ならやめればいいのにやはり使う。しかも、2回できるから2回やる。
あまりに愚かしいですが、絶望的に恐ろしい。こんなバカげた倫理観の権力が、今も爆弾を抱えてそのスイッチに指を乗せているのです。そこに私たちは生きている。
その事実を突きつけられる。
ノーラン監督のキマリきった画づくりは相変わらずで、クリスタルクリアな映像が本当にスクリーンを観客の目の前から取り払ってくれる。各セクションのレベルの高さに、何処を見回しても主演級の俳優陣がいたりとその点も豪華すぎて圧倒される。
テーマとしてもノーラン監督の集大成のように感じる圧巻の映画体験でした。
これは是非とも劇場で鑑賞してほしい作品です。おすすめ。今回はちょっと長くなりましたが以上。
ではまた。
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