「クワイエット・プレイス」(2018)

  • 監督:ジョン・クラシンスキー
  • 脚本:ジョン・クラシンスキー、スコット・ベック、ブライアン・ウッズ
  • 原案:スコット・ベック、ブライアン・ウッズ
  • 製作:マイケル・ベイ、アンドリュー・フォーム、ブラッドリー・フラー
  • 音楽:マルコ・ベルトラミ
  • 撮影:シャルロッテ・ブルース・クリステンセン
  • 編集:クリストファー・テレフセン
  • 出演:エミリー・ブラント、ジョン・クラシンスキー、ミリセント・シモンズ、ノア・ジュープ 他

コメディ畑で有名なジョン・クラシンスキーが、初めて監督する作品。

しかし今回はホラーに挑戦という事で、自ら脚本にも参加し、そして出演もしております。さらに、実生活でも妻である、エミリー・ブラントが作品内でも妻役で出演しています。

その他、耳に障害のある娘には、ミリセント・シモンズ。息子には「ワンダー 君は太陽」(2017)のノア・ジュプが出ています。

北米での評判がとてもよく、かなり期待して楽しみにしていました。公開週の土曜にTOHO日比谷、宝塚地下いわゆる以前のスカラ座で観たのですが、結構人多めでしたね。

あと実は昨日も観たのですが、そちらは若い人多め。何にしても人が多いほうがいいとは思います。

崩壊した街に、一組の家族がいた。彼らは裸足で歩き、手話を使って意思疎通し、何よりも音をたてないように静かに移動している。

音を立てれば、何かがやってくるからだ。

何かに見つからないように暮らす中で、母はもう一人の命を宿す。

来るべき日のために準備を進めていく一家だが、何かは着実に一家に近づいていた。

「音を立てたら即死」というキャッチコピーが話題の今作。

映画館向きだというふれ込みがありますけども、その通りではないでしょうかね。

よく比較されるのは、フェデ・アルバレス監督の「ドント・ブリーズ」(2016)。あちらも音を立てることが危険であるという点で確かに似ていますね。

そういう意味では今作も、劇場が一体となって静まり返り、音を立てずに鑑賞するその感覚は映画体験としてとても良いものです。

今作はホラーとしてはアイディアで勝負に来ているのですが、それ以上にとても感動的な家族のドラマという印象が強いです。

まずはホラー面でのお話から。

ジョン・クラシンスキーと言えば、俳優であり、どちらかと言えばコメディに精通した肩と言うイメージが強いですが、この初監督の作品にはホラーを選択しました。

全く異なるジャンルですが、笑いの間やテンポをコントロールする手腕が活きているのか、没入感やここぞという部分での音を開放する感じなど結構痛快な部分もあります。

演者もみんな怖がり顔が良く、特にエミリー・ブラントは恐怖と共に痛みや責任感も合せ巧みです。というか「ボーダーライン」(2015)「ガール・オン・ザ・トレイン」(2016)に、ひどい目にばっかり合ってますねw

演出に関しては、劇伴が割と普通にかかっていたり、ジャンプスケアも多かったりとしていて、やたら静けさに包まれた作品ではないです。

ジャンプスケアに関しては、特に家族だけでの部分で、「ここはそんな脅かすとこじゃないだろ!」と突っ込みたくなりますし。

あと、舞台設定にはけっこう穴というか、疑問点もあったりします。このへんでモヤっとしてしまうと、あまりのめり込めないかもしれないです。

私は大丈夫でしたけども。

しかし、音楽が普通にかかるという点は、個人的にはホラー演出として緊張をそぐどころか、ある点で効果的なので好きです。それは、長女のリーガンの耳が不自由である演出が活きるからです。

表情巧みに感情を伝える素晴らしいミリセント・シモンズ。

彼女の演技も素敵ですが、環境音さえも遮断された彼女の世界での緊張感は、自分が音を立ててしまっているかさえ気づけない怖さがあり、映画館が本当に無音になる異常状態が楽しかった。

緩急つけているタイプなんです。

その緩い部分、恐怖にハラハラしない部分が占めているのが、家族のドラマです。

で、ここが個人的にとても素晴らしかったと思いました。泣きました。とても感動しました。

怪物は抜きにして、厳しい環境下で生きる家族ということ。

過酷な世界のなかで、親は命がけで子供を守りそしてこの世界を生き抜く知恵を授けていく。

親だからこそ厳しくしなくてはいけない時も、奮い立たせるときも。子として、親の役に立ち、一人前になりたい気持ちも。

家族ドラマの組み立ての部分が、今作の極限状態と上手く噛み合うように組み込まれていました。

川での魚とりは、もちろんサバイバルの教えであり、父から息子への継承シーンですが、同時に奴らが反応する音の環境について、一部セーフゾーンがあることも説明されますし、それもしっかり後の地下室のシーンで活かされていきます。

絶対に音が出てしまう出産から赤ちゃんというのも、もちろんこの状況に置いてはアウトな要素ではありますから、ホラーの盛り上げにもいいのですが、理由を考えてみるとまたおもしろく感じます。

ビーを失ってしまったこと、子どもを守れなかったこと。

2人の子供は夫婦にとって生きる目的でしょう。そして、教育のシーンを観ていれば、この絶望の世界で次の世代の幸せを願っていると分かります。

だから、子どもを創るという選択をしたのかなと思います。何も生み出せず生きるなら、どちらにしても死へ進むだけです。

この先がないと、あのおじいさんのように大きな声を出して全て終わりにするでしょうから。

子どもへの愛情、それがしっかりと物語の解決のカギになっていて素晴らしい。

音での撃退は「マーズ・アタック」を連想してニヤけてしまったのですが、単純な仕掛けでもないのが良いですね。

まず、ずっと確執の合った父と娘に対し、息子が「ちゃんと言ってあげなきゃ」と言いましたが、それを実行するシーンが感動的です。

父の務めを果たし、親から子への深い愛情をみせるシーンで泣いてしまった。

しかも、奴を倒すことになるアイテムは、父の娘への愛の結晶なんです。

これは奴らを倒すための研究ではなく、娘のことを想う父親の、努力と愛の塊。それが困難を救うというのは、まさに父が一家を守っているのと同じなんですよね。

最終的に、モンスターに関してはあくまで画面に映る情報だけに搾り、一体どこから来たとか詳細を追いません。そっちはあくまでゲームでいう敵っていうだけで、登場人物ではないです。

しかし、このエクストリームシチュエーションで、その恐怖を高めながらもここまで家族ドラマを織り込む巧みな脚本や細やかな演出が素晴らしい一本です。

所々には突っ込みどころがありますけど、それがないホラーはないんでまあ、そこも楽しいところでしょう。

ジョン・クラシンスキーの監督デビューそして新たなジャンル進出としても見事な作品。

これは確かに、映画館で、あと割と混んでいる時に観るのが良いかも。うるさい人がいると不運ですが、無音と言うよりも、みんなが息を殺しているその状態が楽しい映画ですから。

今回はこのくらいで。それではまた~

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