作品解説

ロバート・エガース監督が、吸血鬼映画の原点とも称される1922年のサイレント映画「吸血鬼ノスフェラトゥ」を、自身の美学と解釈を取り入れながら再構築したゴシックホラー。
「ライトハウス」、「ノースマン 導かれし復讐者」などで知られるエガース監督は、本作の原作に多大な影響を受けてきたことを公言しており、古典作品への敬意と自分自身のスタイルを融合させ、新たな「ノスフェラトゥ」を描き出しています。
キャスト
正体不明の存在に怯え、悪夢に囚われていく主人公エレン役を務めるのは、リリー=ローズ・デップ。
吸血鬼オルロック伯爵役には、「IT/イット」シリーズでペニーワイズを演じたことで知られるビル・スカルスガルド。
そのほか、エガース監督作品ではおなじみのウィレム・デフォーが、監督との3度目のタッグとして出演しています。さらにニコラス・ホルト、アーロン・テイラー=ジョンソンといった俳優陣も名を連ね、豪華な俳優陣がそろっています。
評価と注目点
本作は、徹底したビジュアル設計とる映像表現が高く評価され、第97回アカデミー賞において以下の4部門でノミネートされました。
- 撮影賞
- 美術賞
- 衣装デザイン賞
- メイクアップ&ヘアスタイリング賞
古典ホラーの再解釈にとどまらず、ロバート・エガース監督ならではの演出と、ゴシックな官能性が融合した結果が大きく評価されています。
映画館でやっていたのに、都合つかずに見に行けず、、、ロバート・エガースの新作を観のがすのも残念だし、私は原作となっている1922年の「吸血鬼ノスフェラトゥ」を個人的に人生ベスト級のホラー映画の一本と思っているので、残念でした。
遅ればせながら、アマゾンプライムでの配信があったので、年末年始のお休みで鑑賞。やはり劇場で観たかったですね。
~あらすじ~

エレンは家族からの希薄な愛情により、愛を求めるあまり、夜に精霊に自分を求める存在を祈った。しかしその祈りは誤った相手に届いてしまい、おぞましき影が彼女をむさぼるようになる。
精神病とされ苦しんだ彼女だが、夫となるトーマスと出会い、彼と結婚したことでその悪夢や病状には悩まされなくなった。
一方、不動産業者のトーマスは、仕事の依頼を受け、自身の城を売却しようとしているオルロック伯爵のもとを訪れることになった。トーマスが留守にしているあいだ、エレンは夫の友人宅で過ごすことになる。
しかし、夜になると、夢の中に現れる正体不明の男の幻影と、拭いきれない恐怖に苛まれるようになってしまう。
その頃、トーマスの身にも、そしてエレンが滞在する街にも、時を同じくして不可解な出来事や災厄が次々と起こり始めていき、困り果てた周囲の人々はアカデミーを追放されたオカルト学者フランツ教授に助けを求めた。
エレンを診断した教授は彼女を病気ではなく、悪霊に憑かれているという。その悪霊は古来の怪物であり生き血をすする魔物、ノスフェラトゥ。
感想レビュー/考察

ゴシックホラーとしての完成度とエガース監督のアプローチ
非常に完成されたゴシックホラーで、世界観や美術造形、撮影などすべてにおいてビジュアルが最高の作品でした。
エガース監督がこれまでに込めてきたファンタジーの要素、おとぎ話の要素を感じさせる中で、今回は明確にF・W・ムルナウの「吸血鬼ノスフェラトゥ」を原作とした作品。
ドラキュラからノスフェラトゥへ──吸血鬼像の変遷
まずは、そもそもこのノスフェラトゥとは何なのかを簡単に振り返ります。
もともと吸血鬼といえば、ブラム・ストーカーの生み出した小説「吸血鬼ドラキュラ」があります。ベラ・ルゴシ主演のユニバーサルクラシックホラー「魔人ドラキュラ」が有名です。
そのドラキュラは伯爵であり、昼の姿はまさに高貴な紳士といったいで立ち。普通にカッコいいおじさん。ピシッとした髪に服装も豪華でクール。
アイコンとして何度も映画化されたり、様々なホラー映画に登場しています。
その吸血鬼ドラキュラを原作としながらも、権利関係で許諾が下りずに別バージョンとして作ったのが、1922年F・W・ムルナウ監督による「吸血鬼ノスフェラトゥ」なのです。
ノスフェラトゥは禿げ頭に鉤鼻、長い指に尖った爪を生やし、ぎょろッとした目で人を見るなど、ビジュアルからしてもう怪しいしモンスター。
ドラキュラ伯爵は陽光のもとでは弱体化する一方で、ノスフェラトゥは日の光に当たると死ぬという違いも。

受け継がれていくノスフェラトゥの系譜
映画ノスフェラトゥは言ってしまえば、ドラキュラのパチモンみたいな側面もあるのですが、しかし映像化されたゴシックホラー、そして主演のマックス・シュレックの怪演含めてカルト的な人気を博した作品。
後にはヴェルナー・ヘルツォークがリメイクし「ノスフェラトゥ」としてイザベル・アジャーニの美しさや作品の美術や撮影などこれもまた名作として刻まれています。
また、映画の中でも吸血鬼ノスフェラトゥ/ドラキュラが船に忍び込んで海を渡りますが、そこでの船員たちの虐殺は、切り出して映画化され「ドラキュラ デメテル号最期の航海」として公開もされていますね。
美しさと不快感が同居する、ノスフェラトゥの不気味な魅力
そんなわけで、いわゆる吸血鬼でありながらドラキュラとは異なる人気を獲得しているノスフェラトゥ。
ロバート・エガース監督もこの原作ドイツ映画を愛しているようで、結構忠実かつ、ノスフェラトゥの不気味さを素晴らしい解像度でリメイクして見せています。
全体の美術設計。美しくて引き込まれる絵画のような画づくりもありますが、どこか忌まわしさも持っているのが刺激的でたまらない。
汚される、侵される、忌み嫌うべきものを見ているときの罪悪感のようなものすらあります。

作品全体の色彩は主に2つの種類。青ざめたものかオレンジがかったもの。
それは荒涼とした外や夜闇などのほとんどモノクロともいえるような色彩か、室内の揺れ動く炎で照らされながらも、こちらもまたモノトーンと言っていい色彩。
ビジュアルだけでも勝っていると思いますね。
生ける屍としてのオルロックと、ビル・スカルスガルドの怪演
オルロックの造形については、生ける屍、死んでいるものが不死の魂を埋め込まれ動いている、呪われた存在。
それらを体現するようにどこかゾンビ的な部分もあります。髭はやしてますね。
この点はオルロックの衣装含めて彼の出自の地域の文化を投影しているらしいです。
そんなオルロックに扮しているビル・スカルスガルド。
本人の面影の消えるような特殊メイクも目立ちますが、独特の訛りと地の底から響くような声が特徴的です。
ボイス加工かと思えば、彼がボイストレーニングを6週間ほどして実際に出せるようになった低音だそうでびっくり。
ノスフェラトゥの凄みや怪物としての存在感に貢献しています。
ただ個人的にはマックス・シュレックの卑しい感じが好きなので、その小ずるさやみすぼらしさはないのは好みですが残念でもありました。
エレンという存在が体現する、女性の主体性と時代との軋轢
何より特筆すべきは相対するエレンを演じたリリー=ローズ・デップです。
今作の主人公であり、非常に重要な女性像を体現します。
彼女自身の憑依された演技も迫真ですが、生まれる時代が早かった女性としての苦悩と憤りを素晴らしく表現していたと思います。
エレンは現代的な女性です。作品の舞台となる時代、エマ・コリンが演じるアンナのような女性が求められていました。
良妻賢母というか。彼女は子供をもうけて、主人であるフリードリヒに従順。エレンを支えてくれる良い女性ですが、比較してエレンはつよい個性を持ちます。
エレンは自我があり、つまり女性の主体性を持っている象徴となっていると感じました。
エレンは愛を渇望した。自分で考える賢い女性であり、だからこそそれは当時としては異物とされる。
治療されるべきものだともされる。

「ウィッチ」から連なる、魔をもって描かれる抑圧と解放
私にはエガース監督が「ウィッチ」の頃から描いてきたことがここにも繋がって感じられました。
あちらは、召使いのようにあしらわれ抑圧された少女が、魔の力に取り込まれつつも、精神の解放を得た話ともとれるものでした。
今作のエレンも同じように思います。ノスフェラトゥという魔物に侵されているようにも思いつつ、同時にエレンは破壊衝動も性的な欲求も解放する。
トーマスを誘惑し迫るのは、ノスフェラトゥに操られているわけではない。
夫の弱さや女性への都合のよい押しつけを糾弾するのも、伯爵によるものではなく、解放されたエレンの本心です。
女性の主体性を描き出していくという意味でも非常に興味深く、リリー=ローズ・デップが体当たり演技をしているのもあって素晴らしかった。
乙女の犠牲では終わらない、死と美が支配されたラスト
最終的には原作をなぞっては行くので、エレンは死にます。しかし、最終幕でノスフェラトゥを自らのベッドに招き入れ貪られることも、陽光の下にさらして殺すところまでも、すべてエレンが主導権を握っていると思います。
乙女の犠牲といえばそうなのですが、エレンは最後まで、魔を招き入れることも殺すことも、掌握していたと見えるラストでした。
焼けただれ骸となったノスフェラトゥの死骸と、血まみれになったエレン、そして手向けらえれた花。
一生忘れらないようなすさまじい美しさ。死と美の共存がなんと人を魅了することか、圧倒的なショットでした。
素晴らしい映像美を持つゴシックホラー。各俳優陣の演技もあって100年を超えたリメイクは非常に満足のいく出来栄えになっていたと思います。
今回の感想はここまで。ではまた。


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