作品解説

ティモシー・シャラメが主演を務め、1950年代のニューヨークを舞台に描かれるヒューマンドラマ作品。
実在の卓球選手マーティ・リーズマンの人生に着想を得ているようです。
監督は、「アンカット・ダイヤモンド」、「グッド・タイム」で知られるジョシュ・サフディが務めています。今回は兄弟での監督ではないんですよね。ベニー・サフディはおらず。
また、本作は第98回アカデミー賞において、作品賞・監督賞・主演男優賞をはじめとする主要部門を含む計9部門にノミネートされ、高い評価を受けました。
ティモシーが主演男優賞とるかも?とのことでしたが、今回は受賞ならず。
出演キャスト
- マーティ役:ティモシー・シャラメ
- ケイ役:グウィネス・パルトロウ(引退した有名女優)
- マーティの友人役:タイラー・ザ・クリエイター(タイラー・オコンマ)
- レイチェル役:オデッサ・アザイオン(マーティの恋人)
- ミルトン役:ケビン・オレアリー(ケイの夫/インク会社社長)
- エンドウ役:川口功人(日本人卓球選手/東京2025デフリンピック卓球日本代表)
ティモシー来日でのプレミアイベントなどもあってか、かなり話題になっていた作品。サフディ兄弟とか、監督の新作という意味では目立たないでしょうけれど、そこはティモシーの人気がうかがえるものでした。
公開週末に早速観に行ってきましたが、かなり混んでいました。ティモシー目当ての若い女性も多かった印象。
〜あらすじ〜

卓球がほとんど注目されないアメリカで、世界一の選手になる夢を抱くマーティ・マウザー。彼は親戚の靴屋で働きながら、世界選手権出場のための資金を必死に工面していた。
ロンドンで開かれた大会に出場するも、日本の強豪エンドウに敗北。雪辱を胸に、次こそは日本開催の世界選手権での勝利を誓う。
しかしその矢先、不倫関係にあったレイチェルの妊娠が発覚し、スキャンダルによって卓球協会から選手資格を剥奪されてしまう。
夢も立場も失い、資金も尽きかける中、それでもなお挑戦を諦めきれないマーティは、あらゆる手段で遠征費用をかき集めようとするが。。。
感想レビュー/考察

サフディ作品らしさと宣伝とのギャップ
これまでもジョシュ・サフディとベニー・サフディ兄弟はNYCを舞台にしてギリギリまで追い詰められながら、街を奔走し何かの期限や追手のために走り回る人物を描いてきました。
そして決まって、主人公はダメ人間。選択肢があれば間違った方を選んでしまう。
今作もその得意分野に軸を置いた作品になっています。
今でこそそうでもない気もしますが、公開前の予告編では自己中男がその裏で願う夢の物語、、、みたいな、実は切ない夢をあきらめない話として宣伝されていました。
でもサフディ監督の映画なので、そんな綺麗なスポーツ映画ではないし、決して身勝手に見えて実は繊細で優しい男の話なわけがない。
ただただクズの映画です笑
冒頭で提示されるマーティの人物像
OPでティモシー・シャラメが演じるマーティ・マウザーが登場。この時点で彼の世渡り術と人物像が見せられます。
お婆さんに在庫がないためにサイズ違いの靴を履かせ、それを靴の作りや流行りと言う。
そしてそんな応対を以前もやっていたからか、マーティから買った靴のことでクレームを言いに来た女性が入店。
しかしそれはマーティと不倫をしているレイチェルという女性で、2人はバックヤードに入っていちゃつき始める。
不当営業、詐称、偽装。会社の個人利用に不倫と、OPからマイナスばかりつくマーティですが、上司には認められているようで、店長のポジションをオファーされます。
しかしここでマーティは卓球の道を歩みたいと言い決裂。
次に何をと思えばレイチェルとそじょままセックスが始まります。

衝撃的かつ象徴的なオープニング
どうしようもない男マーティの人物説明が終わるとタイトル画面に突入。そして「アンカット・ダイヤモンド」を超えてくるOPシークエンスが始まります。
それはまさかのアルファビルの”Forever Young”に乗せて大量の精子が泳ぎ出す光景には唖然。
そして精子は卵子に到達し選ばれし一つが受精し受精卵が完成。
その受精卵がだんだんと白い球体になり、ピンポン玉に変化したと思えば、そこはマーティの卓球試合会場。
突飛すぎて笑ってしまうOPです。「アンカット・ダイヤモンド」の鉱山の穴が胃内視鏡カメラで見る臓器の中に繋がってるのも凄かったですが、上を行きます。
ただこれも単なるギャグではないと思います。
無数のライバルと競い合い蹴落とし合いサバイバルして栄光を勝ち取るという、マーティの生き方と今作のストーリーを表しているのです。もちろん止まらない性欲も加味して。
共感不能な主人公という魅力
そんな始まりを見せる今作ですが、主人公がドクズで見てられないこともあるでしょう。
ハッキリ言って好きになれないプロタゴニストです。悪意はないけれど、自分優先で突き進みすぎなんですよね。
悲しい背景とか、苦悩の理由なんてない。その場しのぎでドライブしていき、ウソをつき見栄を張り人を利用していく。
軽薄で無計画。貪欲で身勝手。ティモシー・シャラメの魅力も支えきれないとんでもないゲス野郎です。
荒れきった肌と繋がる眉毛を携えて、歩くトラブル製造機としてマーティは突き進む。
ただ卓球の王者になることを目指して。
この明確なビジョンだけがある点が、右往左往するストーリーに依り代を与えていると思います。

散漫さと面白さが同居する展開
すごくサブプロットが多くなる映画です。場当たり的な対処を繰り返すためにそうなるのですが。
正直私は少しその部分が煩わしさとか、多すぎないかなとも思いました。
マーティのオレンジのピンポン玉とか、レイチェルの妊娠とか、ギャングのおじさんと犬の話。
いろいろと物語が転がっていくために、本筋の卓球以外に展開が多い。
ある事件で困ったら、それを解決するために別の場所や人物のもとへ行き、そこでまた別のトラブルを抱えて逃げ出していく。。。そんな展開の仕方です。
このへんが若干くどいような感じもしていますが、その都度最低最悪の軽薄さで切り抜けて(切り抜けられてもいない)いくマーティは、その予測不能さが非常に楽しい。
体現しているティモシー・シャラメも、これまでにない役柄をみごと演じきっていました。彼の持っている妖精か天使のようなどこか神々しい美しさを封印して、ルックス的にもズタボロ。
僕は本気ですよと言いながらも平気で人に嘘をつき続ける、自尊心のカタマリ的なマーティを本物に感じられました。
“うまくいかない”リアルな人間像
マーティの人物像としては、決して口が巧くてうまく立ち回っているわけでもないんです。
詐欺師的な、悪いけどやりたいことはうまくいっているキャラではなく、選択も間違えるし考え方も浅はかっていうところを突いてる。
それが良い。マーティは誰しもがなりえる存在に思えたのです。卓球の才能はあります。しかし世渡りが超うまいとかでもない。
彼にあるのはやはり、自分は最高の自分になれる。世界に対抗し、自らの力で勝ち取って見せるというその信念です。
その自信過剰っぷりは並外れてはいるものの、接しやすくもある。

第二次世界大戦の傷跡を深く持っている世界と、それを越えようとするマーティ
マーティが背負っているもしくは脱却しようとしているものを考えてみます。彼はユダヤ人。舞台となっている1950年代というのは、作中でも描かれるように第二次世界大戦の傷跡を抱えた時代です。
マーティが尊敬し、そして大切にする卓球選手、ベラ・クレツキ。「サウルの息子」のゲーザ・ルーリグが演じているこの選手は、絶滅収容所に送られて過去を持ちます。
そこで、ハチミツを全身に塗りたくって、ほかの囚人たちに身体をなめさせたこと、ナチスの将校に卓球ファンがいてその才能のために死なずに済んだことを語る。
戦争で言えば、マーティがたびたびぶつかるロックウェルも。彼の息子は日本へ出兵し戦死している。
さらに日本人卓球選手エンドウは、東京大空襲でその聴覚を失っています。
個人として生きるというテーマ
戦争の傷跡が深い中、マーティにはそれはない。彼は若い。出兵する年齢ではなかったでしょうし、直接的には戦争に巻き込まれてはいないのです。
しかし、アメリカ人でありユダヤ人である。そのルーツには誇りを持っていると思います。挑発的な発言はあるにしても。
マーティは無軌道で扇動的ですが、こういった戦争の影や国、人種、政治からとびぬけて個人が個人としての能力を突き詰めていくことを体現していると感じます。
だからこそロックウェルの手下として、そしてショーのヒール役として日本に赴いたものの、結局は独りの卓球選手マーティ・マウザーとして闘うことを選んだ。
全てのキャリアも何も捨てていますが、それは身勝手とか選択を誤っているとかのそれまでのマーティとは違う印象を受けます。
世界には渦巻く様々なしがらみと痛みがあるが、それを越えて皆が最高の自分を目指せと、叫んでいるように見えるのです。
そんな意味では、非常に奇妙でついて行きづらいながらも、新時代を切り開こうという象徴的なキャラクターの物語であると思いました。
予測不可能でありクズの珍道中であり。ジョシュア・サフディ監督による新時代アメリカンドリームを目指す物語はティモシー・シャラメの新しい顔を楽しむこともできて、NYCを一緒に引き回し、世界を混乱させるエネルギッシュな快作だと思います。
合う合わないが分かれそうですが、私は非常に楽しめた作品でした。
今回の感想はここまで。ではまた。


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