作品解説

ドイツの作家 レオニー・スバンによる世界的ベストセラー小説『Three Bags Full』を原作とした異色のミステリー映画。
監督は「ミニオンズ」シリーズのカイル・バルダ。羊たちのご主人である羊飼いジョージ役は「デッドプール&ウルヴァリン」などのヒュー・ジャックマン。
その他「シヴァ・ベイビー」や「ブックスマート」のモリー・ゴードンや、「ザ・ホエール」などのホン・チャウらが出演しています。
スタッフ
- 監督:カイル・バルダ
- 原作:Three Bags Full
- 脚本・原案:クレイグ・メイジン
- 製作:リンゼイ・ドーラン、ティム・ビーバン、エリック・フェルナー
- 製作総指揮:サラ=ジェーン・ライト、アメリア・グレンジャー、アディッティア・スード、タイソン・ヘッセ、フィル・ロード、クリストファー・ミラー、ティム・ウェルスプリング
キャスト
- ヒュー・ジャックマン :ジョージ役
- エマ・トンプソン :リディア役
- ニコラス・ガリツィン :エリオット役
- ニコラス・ブラウン :デリー巡査役
- モリー・ゴードン :レベッカ役
- ホン・チャウ :ベス役
- ジュリア・ルイス=ドレイファス :リリー役(声)
- ブライアン・クランストン :セバスチャン役(声)
- パトリック・スチュワート :リッチフィールド卿役(声)
- クリス・オダウド :モップル役(声)
- レジーナ・ホール :クラウド役(声)
もともと年間のリストにあったのかな?緊急公開決定ということで3月くらいに話題になっていたこの作品。
GWにはやや重なりませんが、連休の終わりころに日本公開されました。
実写系の動物がコミカルに動き回る作品は結構ありますが、ベイブやパディントンの系譜に新しい仲間が増えたということでしょうか。
あまり前情報は持っておらず、休日に鑑賞してきました。ただ、公開初週の都内のTOHO系列がどこも売り切れ状態だったので、品川のTジョイに足を延ばしました。まさかここまで混んでいて人気だとは想像しておらず。
品川の方も空いているわけではなく、そこそこ埋まっていました。年齢層広い観客が来ていましたね。
〜あらすじ〜

イギリスののどかな田園地帯で、羊飼いのジョージは羊たちと穏やかな日々を送っていた。毎晩、彼が羊たちへ読み聞かせる探偵小説の時間は、群れにとって何より大切なひととき。実は羊たちは人間の言葉を理解しており、物語の続きを心待ちにしていたのだ。
しかしある日、そのジョージが突然遺体となって発見される。人間たちは事故として処理しようとするが、羊たちは納得できない。賢く勇敢なリーダー・リリーを中心に、羊たちは独自に犯人探しを始める。
やがて調査の中で、ジョージが巨額の遺産を相続していたことが判明。村人たちそれぞれの思惑が絡み合うなか、羊たちは愛する主人の死の真相へと近づいていく――。
感想レビュー/考察

実写とCGが溶け合った、牧歌的ミステリーコメディ
実写とCGの融合で送り出すミステリーコメディ。
原作は未読なのですが、今回の映画化にあたってかなり改変されているらしく、ほぼ別物になっているようです。
原作との比較をした批評では、今作のトーン変更について触れられていて、子どもも楽しめる間口の広さが評価されていました。
実際、その人気ぶりからも分かるように、とてもアクセスしやすい作品です。幅広い年齢層が楽しめる、まさに牧歌的な映画。
ただ、それは簡単なことではなくて、少しバランスを崩せば“子どもだまし”にもなりかねない題材です。今作はそのあたりの感覚がかなり慎重で、だからこそ成立しているのだと思います。
羊たちによる犯人探し。でも本当に描いているのは“喪失”
物語としては、羊たちが協力し、自分たちの主人である牧場主を殺した犯人を探すというもの。
けれど、その中には愛する人を失う悲しみや、孤独、差別といったテーマも盛り込まれていて、単なるコメディに終わらない温かな物語になっていました。
羊たちの毛のように柔らかく、そして身にまとうと暖かい。そんな優しさのある作品で、不覚にも涙がこぼれました。

序盤はやや散漫。それでも後半に向けて感情が集約していく
作品全体について言えば、正直に言うと序盤はやや停滞感があります。テンポを掴みきれていない印象で、少し散漫。
人間側の捜査と羊たちの捜査を行き来する構成上、登場人物たちもばらばらに配置されていて、繋がりが見えづらいのですが、もう少し整理されていると入り込みやすかった気がします。
序盤にエリオットが自動車事故を起こす場面も、最初は少し唐突に感じました。ただ後半で、それが意図的な違和感だったと分かる構成になっている。意味のある演出だと理解できる一方、もう少し自然に見せられたらさらに良かったかもしれません。
ただ、後半に向かうにつれて要素が集約され、大きなうねりになっていく。そこからはどんどんエモーショナルになっていきました。
“CGだから凄い”を超えた、自然な映像表現
映像表現は全体的にかなり自然。
もはや「CGが良い・悪い」という議論すら起こらないレベルで、違和感のない映像が当たり前のように提供されていることに驚かされます。
羊たちは、『パディントン』シリーズ以上に実際の動物へ近づけられていて、過度なキャラクタライズや造形アレンジなしに、生き生きと存在しています。

豪華俳優陣による“リッチな悪ふざけ”
あまり前情報を入れずに観に行ったので、声優陣の豪華さにはかなり驚きました。
長老的で頭の硬い羊には パトリック・スチュワート が配役されていますし、今作で私が一番好きだった羊・セバスチャンには ブライアン・クランストン が声を当てています。
さらに レジーナ・ホール や クリス・オダウド など、俳優陣の良さも作品全体のクオリティを押し上げていました。
もちろん ヒュー・ジャックマン や エマ・トンプソン、モリー・ゴードン ら人間側のキャストも豪華で、事前情報をほとんど入れていなかった分、その贅沢さが嬉しかったです。
劇場でも笑いが起きる。細かな小ネタも楽しい
そんな豪華俳優陣で“リッチな悪ふざけ”をしているのも今作の魅力。
劇場でもたびたび笑いが起きていましたが、特に羊たちが初めて牧場の外へ出て、コンクリート舗装の道へ恐る恐る足を踏み出す場面はかなり笑いました。
細かなギャグも多く、例えば荒っぽい兄弟羊の名前がロニーとレジー。これは映画『レジェンド 狂気の美学』でも描かれた、イギリスの有名な双子ギャング、クレイ兄弟から取られているんですよね。誰が気づくねん、という笑
こうした小ネタの細かさも含め、かなり遊び心のある作品でした。

“冬生まれ”の羊たち。物語に流れる差別のテーマ
そうしたユーモアに満ちながら、最後にはしっかり涙を誘うドラマへ着地していきます。
ミステリーとしては王道で入りやすい構成ですが、その根底には「大切な人を失うこと」や「差別への批判」が流れていました。
羊の群れの中には、仲間外れにされている2頭がいます。
黒く大きな羊・セバスチャンは群れと距離を置き、常に一匹で過ごしている。そして“冬生まれ”の子羊は、不吉な存在として嫌われている。
どうやら羊たちの間では、「春ではなく冬に生まれた羊は不吉」という言い伝えがあるようです。
“生まれ”だけを理由に同じ種族を差別し、排他的になる。それが明らかにおかしなことだと分かる一方で、現実の人間社会でも平然と行われている行為だとも感じます。
セバスチャンが守ろうとした、“忘れない”ということ
セバスチャンもまた冬生まれで、さらに悲しい過去を抱えていました。そうした扱いを受け続けてきたからこそ、彼は他者と関わらなくなっていたのです。
彼はかつてサーカスへ引き取られ、犬と戦わされていた。そんな中で優しいジョージに救われ、分け隔てなく羊たちを愛する羊飼いのもとへ辿り着いたのでした。
だからこそ、羊たちが「ジョージのことを忘れてしまおう」と決めかけた時、セバスチャンだけは声を上げます。
それだけは許せない、と。
今作で印象的なのは、羊たちが“忘れる”ことで辛い現実を乗り越えようとするところです。
序盤でも、都合の悪いことを皆で一斉に忘れる場面がありました。
でも、ジョージを忘れるということは、彼と過ごした日々まで失うということでもある。
悲しみが深すぎて、忘れたいと思うことはあるでしょう。けれど、人を忘れるということは、その人の存在まで消してしまうことでもある。
だからこそ、この作品は「覚えておくこと」の大切さを語っているのだと思います。
良いことも、悪いことも、忘れずに語り継いでいく。その積み重ねが、より良い未来に繋がっていく。
かつてはぐれ者だったセバスチャンが、その痛みを知っているからこそ、“忘れないこと”の意味を伝え、最後には命まで投げ出した。
個人的には、このセバスチャンのドラマが一番刺さりました。

雲になったセバスチャン。そのラストに泣かされた
終盤、羊たちは「死んだら雲になる」と信じていることが描かれます。
後に彼らは、自分たちが食肉になる存在だと知るのですが、ラストではセバスチャンが本当に雲のように空へ浮かぶ。
肉体と魂は別なのかもしれません。高潔な魂は、誰かの記憶の中で生き続ける。
夕陽の美しさと、セバスチャンが今も群れを見守っているようなラストには、本当に泣かされました。
そして、リリーという名前は、ジョージが愛した妻の母の名前でもあった。
ジョージ自身もまた、妻を失いながら、それでも“忘れずに生きる”ことを選んだ人だったのです。
その想いを受け継ぐように、レベッカは冬生まれの子羊へその名前を与える。
“500マイル”歩いてでも、大切な人のために
ミステリーとしては王道で、終幕のたたみかけも見事。ただ、その“王道さ”は、根底にある愛と喪失のテーマを邪魔しないための、かなり繊細なバランスの上に成り立っていたのだと思います。
エンドロールで流れるのは、The Proclaimers の楽曲 I’m Gonna Be (500 Miles) 。
“大切な人のためなら500マイルだって歩ける”という歌詞は、ジョージのために牧場を飛び出し、町まで向かったリリーたちの姿と重なって見えました。
可愛くて、楽しくて、ミステリーとしても分かりやすい。とても観やすい作品です。
その一方で、「違いを乗り越えること」や、「辛い記憶も含めて受け継いでいくこと」の大切さを描いている。
羊たちを通した寓話として、私たち人間にも確かに響くものがありました。
とにかく観やすく、それでいて最後にはほろりと泣ける。とても良い映画体験だったのでおすすめです。
今回の感想はここまで。ではまた。


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