「誰もが愛しいチャンピオン」(2018)
- 監督:ハビエル・フェセル
- 脚本:ハビエル・フェセル、ダビド・マルケス
- 製作:ガブリエル・アリアス・サルガド
- 音楽:ラファエル・アルナウ
- 撮影:チュチュー・グラフ
- 編集:ハビエル・フェセル
- 出演:ハビエル・グティエレス、ホアン・マルガリョ、アテネア・マタ、セルヒオ・オルモス 他
「モルタデロとフィレモン」のハビエル・フェセル監督が脚本も執筆し、ハンディキャップを抱える選手たちと、彼らをまとめ上げることになったコーチの物語を描きます。
実際に障害をもつ方がオーディションで選ばれ役に挑んだという今作は、スペイン国内のアカデミー賞とされるゴヤ賞にて作品賞他3部門を受賞。
2019年の年末公開で気になっていた作品でしたが年内鑑賞はできず、2020年の映画初めの作品となりました。
有楽町HTCでサービスデイでしたが、大混雑って程ではありませんでしたね。
プロバスケチームのサブコーチを務めるマルコは、メインコーチとの意見対立から試合中に暴力騒動を起こしてしまう。
チームをクビにされたマルコはヤケを起こして飲酒運転、制止するパトカーに突っ込んだ挙句、簡易法廷では悪態をつく始末。
彼は判事の提案で、刑務につくよりも社会奉仕活動に従事することになる。それは障碍者によって構成されたバスケチームのコーチをすること。
パスもできない彼らにマルコはやる気も起きないが、一人一人を知っていくうちに、彼に変化が起きる。
題材として一番の不安だったのが、コメディと障害の描き方。社会的な考察や配慮。言ってしまえばバランスでした。
しかし今作は非常にバランスよく作られた作品であり、安易な意味ではなく心地よい映画になっていました。
個人的にもっとも大きかったのは、目立った悪役を登場させなかったことです。
また主人公であるマルコを徹底した差別主義者にもせず、そうした社会性を薄くしているのは良いと思います。
もしも障害者と彼らを支える人、彼らに対し差別的または配慮のない人や社会の対立構造にしていれば、ここまで個人としての輝きを引き出すことや、普遍性を与えるには至らなかったのだと感じるのです。
今作は個人を描きます。
障害というのはそのパーソナリティ、その人を構成するレイヤーの一部でありパーツ。それがその個人そのものではありません。
どのキャラクターもまずはマルコがそうだったように”変わってる”点が目立ちます。
しかしそこで立ち止まらず、個人の趣味や仕事、好きなことや苦手なこと、そして心を知っていくのです。
何もできないと思っていたけれど、思っていたよりも(実際のところ仕事でもめたり飲酒運転するマルコよりも)自立し社会的で責任感のあるチームのみんな。
観ているうちに、尊敬できる点とか愛着がわいたりとか、すごくキャラクターとして生き生きしていきました。
「我々には問題がないのか?」
表層だけでみればマルコは普通の人間かもしれません。しかし責任や怖さからの逃避、他者への理解や思いやりの欠如、傲慢さ。序盤の彼は人としてどうしようもない。
真っ直ぐに人に向き合わないのは恐れがあるからでしょう。
人と向き合い知り合うということは、自分の弱い部分もさらけ出していくことになりますからね。
しかし、その弱さとか何か苦手なこと、できないことも個性として受け入れていけます。
それを受け入れれば、自分の欠陥を批判するのではなく、支えてくれる友人に囲まれていく。
何か言い訳するのではなく精一杯頑張ること。アミーゴたちによって応援され、それを成し遂げたマルコ。もう”サブ”でも良いんです。
笑いものにするのではなく、個性としてコメディを使い、対立構造により”世話をする、助ける”なんて恩着せがましさもなく。
バランスよくすっきりといい気分になる作品で、年初めには明るくていい映画でした。
今回はこのくらいになります。
最後まで読んでいただきましてありがとうございます。
ではまた次の記事で。
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