「FLEE フリー」(2021)
作品概要
- 監督:ヨナス・ポヘール・ラスムセン
- 脚本:ヨナス・ポヘール・ラスムセン、アミン・ナワビ
- 製作:モニカ・ヘルストレム、シーネ・ビュレ・ソーレンセン、シャルロット・ドゥ・ラ・グルネリ
- 製作総指揮:リズ・アーメッド、ニコライ・コスター=ワルドー
ナタリー・ファーリー、ダニー・ガバイ、ジャンナット・ガルジ、マット・イッポーリト、フィリッパ・コワルスキー、ヘイレイ・パパス - 音楽:ウノ・ヘルマルソン
- 編集:ヤヌス・ビレスコフ=ヤンセン
これまでにも”What he did”(2015)などの伝記ドキュメンタリー映画を手掛けてきたヨナス・ポヘール・ラスムセン監督が、アフガニスタンから逃げてきた難民の青年をインタビューする形で送るドキュドラマ。
今作は実話をもとにしてはいますが、語り手となっているアミンの保護のために、ドラマ化をして脚色をしている作品です。
またドキュメンタリーでありながらも、映像表現としてはアニメーションを主として使用しているという変わった作風を持っています。
製作には「サウンド・オブ・メタル ~聞こえるということ~」などのリズ・アーメッド、そして「オブリビオン」などのニコライ・コスター=ワルドーが名を連ね、ポン・ジュノ監督やギレルモ・デル・トロ監督からもお気に入りの作品デルとの声を獲得。
作品自体が非常に高い評価を受けていますが、その構築要素ゆえにアカデミー賞では外国語映画賞、アニメーション賞、ドキュメンタリー賞という3つのカテゴリにそれぞれノミネートするという異例の状態に。
そんな高評価を受けて、そして奇しくもですが今はウクライナからの難民の移動という目の前にある問題のこともあって、観るべき作品だと思い待っていました。
公開週末に早速鑑賞。今は他にもいろいろな作品がありますし、小さなスクリーンではあったのですが、結構混雑していました。
~あらすじ~
30代半ば、研究者として成功へ進むアミン。彼はパートナーとの結婚を考えているが、明かしていない過去があった。
それは彼がデンマークにやってくる前、子どものころからの記憶。父が軍に連れ去られてからのこと、このデンマークにたどり着くまでの道。
母と兄の事。
時が流れても誰にも明かすことできずにいた彼の過去を、アミンは親友である監督との対話から見つめていく。
1984年、無邪気で目立ちたがりな子どもだったアミン。走り抜けた通りや遊んでくれた兄弟のこと。父が連行されてから疲れ始めた母の事。
徴兵や家を離れてロシアへ行ったこと。誰にも話せなかったアミンの歩んだ道が語られる。
感想/レビュー
今作が見ていくのはひとりの青年アミンの過酷な半生であり、それは個人的なはなしでありまたとても残酷な世界の在り方になっています。
アニメーションだから見えるもの、描ける手法
難民の問題を当事者としての視点から語っていくような映画になっていますが、まずはこの実話をドキュメンタリーとして取りつつも、表現ではアニメーションを選んだ点が素晴らしい効果をあげていました。
アニメーションを駆使することで一つ生まれるものは、そのアクセスのしやすさなのかもしれません。
作品自体が全年齢対象G区分であり、嘘をついたりごまかしたりしていませんが、しかし直接的に惨たらしいシーンがあるというわけではありません。
現実の映像では目を向けにくいそれらに対して、しかし目をそむけることのないようにアニメというある種の優しさが働くことによって、子どもでも見やすいと言っていい作品になっています。
タッチの変化からくる豊かさ、恐ろしさ
また特徴的に思えたのが、そのアニメの表現を最大限に活かして、それぞれのシーンのトーンや空気全体をコントロールしている点でした。
冒頭のアミンの幼少期。色彩は豊かさであり彩度も高めです。また実線としてしっかりとラインの引かれた絵柄であり、まさにアニメという感じ。
ライティングなども含めて明るくて活発。絵柄のタッチだけで気持ちまでも操作します。
一方で父が連行されていくシーンや密入国業者に乗せられていく船内、警備隊の逮捕では、印象派の絵画ともいえるような筆の殴りと流れで表現されるタッチに変貌します。
そこでは朧げな輪郭や目のない顔、ただ苦痛と恐怖という感情だけが投影された個人特定のない”人間の顔”が繰り出され、集合体のような顔など不穏かつ本当に恐ろしい映像になっていました。
この切り替えの残酷さというか、それを記憶の蘇りに重ねてしまう巧みさとか、感服します。
アニメーションにおける表現技法の高さが見える中で、この映画が観ているのはアミンです。
彼に対する深い洞察を通して、親密な関係を築くことで封印されていた過去を紐解く。
当事者として難民が直面している現状に目を向けるのではなく、このコペンハーゲンに至るまでの道のりを見つめる。
隠し続ける秘密の裏側を見つめる
家族の犠牲。同性愛者としての苦悩。マイノリティであることに加えてもう一つ深い秘密がアミンにはあります。
家族のことを語れないことですね。
同性愛者であることを公にできなかったこともあるのですが、難民として歩んできた道のりについてですね。
どれほどの過酷な経験をしたのか、実は初めの方で昔書いたダリー語のメモのところで種がまかれています。
その中では姉が誘拐され、母も兄弟も殺された。孤独だと記されていました。
もちろん、そのあとの階層から家族が生きているということが明らかになりますから、その時点ではなぜ嘘を書き記していたのか疑問が残ります。
それが明らかになるときに、難民の人がかかえるあまりにむごい秘密を知ることになります。
自分のために尽くした家族を、死んだことにしなくてはいけないこと。
私たちはアミンに信頼されるに値するか
ロシアの警察、密入国業者。アミンが真実を語れないのは、それが周囲に信頼できる人間がいないからです。
何かを言えば、隙を見せれば、送還されたり迫害される恐れがある。だから自分を守るために、自分を押し込めて隠し続けるしかなかった。
そこにたどり着くとき、この映画が見つめているものがもう一つ見えてきました。
それは私たちです。
私たち難民に接触する側が、果たしてどんな態度をとるのか。
金をとり、少女をレイプし、老いた母親を足手まといだから撃ち殺そうと言うのか・・・
そして目の前の難民であふれかえった船に対して、ただフラッシュをたいて写真を撮り、興味が失せれば去っていくのか。
あのシーンでは船から大型船を見つめるショットが印象的、カメラのフラッシュはまさに、一瞬だけ見えては消えてしまう希望の光。
アミンについて見つめていきながら、彼らを受け入れ故郷を作れるように支援する側にも鋭い視線が向けられているのです。
過去を認めなければ未来はない
外の世界に対する洞察も素晴らしくも、最終的にはアミンを利用するような形にはならないのも真摯な態度です。
終着点として今作は、彼が未来を生きていくことを描きます。
この先を生きていくことは、つまりアミンがパートナーと結婚し家族のことや自分自身のことをさらしていくこと。
苦い経験を過去にしていたアミンにはそれは難しいことでしょう。
逃げ続けてきたこと、過去を隠し続けること。それはアミンにとって保護でもありますが、同時に未来への足かせになってしまう。
自身の過去の闇をも認めなければ先へは進めないのですね。
過酷な内容ではありますし、何度も観たかといえば大変な力を要します。それでも見ておくべき作品であることは間違いないでしょう。
今なお自分がよそへ行かずずっといられて、自分が自分のままでいられる場所を求めている人は多くいます。
祖国を追われた難民に限らず、マイノリティ全てがそこに属するのでしょう。
だからこそ、彼らが未来を歩むため、過去も今のありのままの自分も受け入れてくれる人でありたい。
アニメーションだからこその優しさも厳しさも炸裂し、親密でありながらこちらを見つめ続ける素晴らしい作品でした。
これは劇場公開作品の中でもかなりオススメです。
ぜひ鑑賞してほしいと思います。
というところで今回の感想は以上になります。
最後まで読んでいただき、どうもありがとうございます。
ではまた。
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