「人間の境界」(2023)
作品解説
- 監督:アグニエシュカ・ホランド
- 製作:マルチン・ビェシュホスワフスキ、フレッド・バーンスタイン、アグニエシュカ・ホランド
- 脚本:マチェイ・ピスク、ガブリエラ・ワザルキェビチ=シェチコ、アグニエシュカ・ホランド
- 撮影:トマシュ・ナウミュク
- 美術:カタジナ・イェンジェイチク
- 衣装:カタジナ・レビンスカ
- 編集:パベル・ハリチカ
- 音楽:フレデリック・ベルシュバル
- 出演:ジャラル・アルタウィル、マヤ・オスタシェフスカ、トマシュ・ブウォソク、ベヒ・ジャナティ・アタイ、モハマド・アル・ラシ、ダリア・ナウス 他
名匠アグニエシュカ・ホランド監督による感動的な人間ドラマ。ポーランドとベラルーシの国境で“人間の兵器”として扱われる難民家族の運命が、スリリングな展開と美しいモノクロ映像で描かれています。
ベラルーシ政府がEUに混乱を引き起こす目的でポーランド国境に難民を移送する“人間兵器”の策略に翻弄される人々の姿が、難民家族、支援活動家、国境警備隊など複数の視点から描かれている映画ですが、キャストには実際に難民だった過去や支援活動家の経験を持つ俳優たちが起用され、多くのインタビューを行っていたりと再現ドラマ的な要素もあるようです。
2023年には第80回ベネチア国際映画祭コンペティション部門で審査員特別賞を受賞しました。
監督の作品は実は数年前の「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」しか観たことがないのですが、基本的に国の政策や国家間の軋轢の中で犠牲になる一般の人々を描いているのでしょうか。
連休中に鑑賞してきたのではありますが、題材的にはあまり混雑してはいませんでした。
~あらすじ~
信じた情報が裏切られ、希望に満ちた逃避行が悲劇へと変わったシリアの家族。彼らは幼い子供を連れ、ヨーロッパの安全を求めて祖国を離れた。
ベラルーシを経由してポーランドの国境を越えていけば、安全にヨーロッパへ行ける。
家族は国境の森へと辿り着いたが、そこで彼らを待っていたのは非情な国境警備隊だった。武装した彼らは家族に非人道的な扱いをし、ベラルーシへと送り返す。
しかし、その後も追い打ちをかけるように、再びポーランドへと強制送還される。暴力や迫害に晒され、彼らの日々は地獄のようなものとなっていった。
感想レビュー/考察
非合法的な越境
映画のOPでは森の上にタイトルの「Green Border」の文字が浮かびますが、背景は色を失っていき、文字には色が着く。このタイトルの意味は何なのかまず確認してみましょう。
公式サイトからの情報を読むとタイトルの意味は以下のようになっていました。
このタイトルは、森林に人為的に引かれた国境を指しています。ポーランドでは、「Zielona Granica」という直訳タイトルが使用されますが、ポーランド語の辞書では、「緑の国境を越える」という表現が半世紀以上前から熟語として登録されており、それは「政府の許可なく非合法に越境する」ことを指しています。不法な国境越えってことですね。
1995年にシェンゲン協定が発効して以降は、同協定圏内での国境検査の必要がない国境を指すこともあります。シェンゲン協定によって決められた圏内では、ビザ発行なしでもある程度移動できると外務省のサイトでも案内がされています。
今作においてはちょっと複雑に受け取れますね。違法な越境でもあるのですが、しかし人間を兵器として無理やりに国境越えさせていくのはある意味で政策の一つでもありますし。
こうした背景を知っていくきっかけにもなってくれたのは、今作を観てよかったと思える点です。
そして、この国境越えをさせているベラルーシは何がしたいのかといえば、欧州への混乱を招くことです。
政策として行われる人権の侵害と迫害
もちろんただただこのような不当な越境を許していては、安全上の問題があるためにポーランド側も対応を余儀なくされますから、<人間兵器>と呼ばれるこの手法は厄介です。
さらに問題なのは、作中でも立ち入り禁止区域と何度も言われているように、このベラルーシからの難民の強制入国が起こっている地域に対し、ポーランド側が制限を敷いたことです。
その制限とは、難民を支援するような医師や人権団体、ジャーナリストの立ち入りの禁止なのです。忘れないでほしいですが、脅され押され国境を往復させられているのは人間なのです。なんとも惨たらしい策略です。
この渦中にある3つの視点を紡いでいくのが今作ですが、3つの視点だからか少し上映時間は長めですね。ただ構成という点では私、この作品素晴らしいと思います。
描かれるのは”難民”ではなく”家族”
まず初めにある章のタイトルなんですが、「家族」なんです。ここは「難民」ではない。こういうところに人の心というか、ただの記号ではなくて誰しもにも共感できる家族ってアイコンを入れ込むことで、「ああ、難民の話でしょ・・・」といった観客と映画の乖離を防いでいるんだと思います。
家族の話だというならば、誰しもが入り込んで観ていけますから。
当たり前のように引き裂かれ、子どもが死に、入院していた女性は引き出されてお爺さんは残される。この度の中で重要な人物だと思ったとき、簡単に死んでしまったりその後の行方が描かれない。
なんとも突き放していますが、これが現実なのです。起きていることを美化もしないし変な希望も与えない。だからこそ心がえぐられる。
国境の警備隊の視点になると、その重圧の降りかかり方が見えてきます。確かに徹底的に腐ったような軍人もいますが、カメラがとらえるのは加虐への加担に疑問と葛藤を抱える若い兵士。
政策は上層部で決めたものでしょうけれど、実際に動くのはこうした下層にいる兵士たちです。精神は不安定になり、また彼だけでなくて彼をさせている妻にも影響が出ています。
最後の、そして最も長いチャプターは「活動家たち」になっていますが、2部の兵士が後からも出てきて、人としての優しさを優先させるシーンが良いですね。彼は「活動家」になっているのです。
途中で離れ、死別すらあった家族が欧州旗の前で佇む。食べ物をめぐんでくれる親子もいますが、これが彼らの想像した越境とヨーロッパへの避難ではないでしょう。
モノクロの画面からは、色彩のない、つまり心無いシステムが見えてきますがこの世界が一概には白黒とは言い切れません。誰が善で誰が悪なのか、作品の中に登場する一部の外道はいますが、個人それぞれも努力をしている。
重苦しいのですが、観ておくべき現状を知る意味でとても価値ある映画であったと思います。
今回はここまで。ではまた。
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