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「天国にちがいない」”It Must Be Heaven”(2019)

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it-must-be-heaven-2019-movie-elia-suleiman 映画レビュー
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「天国にちがいない」(2019)

  • 監督:エリア・スレイマン
  • 脚本:エリア・スレイマン
  • 製作:マーティン・ハンペル、タナシス・カラサノス、ミヒェル・メルクト、セルジュ・ノエル、エドワール・ヴァイル、エリア・スレイマン
  • 撮影:ソフィアン・エル・ファニ
  • 編集:ヴェロニク・ランゲ
  • 出演:エリア・スレイマン、ガエル・ガルシア・ベルナル、タリク・コプティ、ナターシャ・ウィーゼ、グレゴワール・コラン 他

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イスラエル出身のエリア・スレイマン監督の前作「時の彼方にへ」以来実に11年ぶりとなる長編作品。

監督自身が主演を務め、エリア・スレイマンその人が、長編映画を売り込むためにパレスチナからパリ、ニューヨークへと旅に出る物語。

監督自身のほかに「エマ、愛の罠」などのガエル・ガルシア・ベルナルがまた彼自身の役でちょっと顔を見せたりもしています。

作品はカンヌ国際映画祭にてパルムドールを争い、特別賞と国際映画批評家連盟賞を受賞しました。

またアカデミー賞にもパレスチナ代表で選出されています。

実はエリア・スレイマン監督の作品というのはこれまで見たことがありませんでした。そのコメディ(といってもユーモアとエレガンスが融合したスタイル)はチャップリンやキートンとも比較されるもので、すごい巨匠なのですね。

今回は映画館での予告を見て、そのシュールな笑いに魅せられたので鑑賞してみました。

公開週末の朝の回でしたが結構人が入っていました。

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映画監督のエリア・スレイマンはパレスチナはナザレ、キリストの故郷とされる町に住んでいる。

隣人は庭にやってきては木からレモンをもぎ取っているが「泥棒とは思うな。ノックはしたが誰も出なかったのだ。」という。

その後狩りの話をする老人に出会ったり、森の中で水を運ぶ女性などをスレイマンは見つめる。

彼はナザレを離れ、自身の映画を売り込むためにパリ、ニューヨークへの旅に出ことになる。

パリでスレイマンは美しいファッションで闊歩する人々に見とれ、また誰もいない広場を散歩していると、戦車の隊列が通り過ぎていく。

様々な情景を見つめていくスレイマン。彼は次にニューヨークへと向かう。

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この作品は純粋な映画体験でした。

なんという素晴らしく精錬された味わいなのかと、ユーモアに笑いながらも奥深い世界への眼差しと、映像と編集という基本原則から語るその雄弁さに圧倒されてしまいます。

スレイマン監督に感服です。素晴らしいです。

おそらくただただ眺めているだけでも楽しい作品なのは間違いないでしょう。

くすっと笑ってしまうようなユーモアに包まれていて、しかしギャグ過ぎず騒がしくもないそのエレガンスは不思議な魅力があります。

スレイマン監督自身が主人公を務めているのですが、おおよそ映画を売り込みに行こうという旅それ自体には主眼はないと思います。

むしろ、この故郷を離れた異国の地への訪問から、世界の傍観者のような立場でそれぞれの風景と人々を眺めていくことに大いに意味があるのです。

先述の通りに今作はいわゆるセリフが極端に少ない。そもそもスレイマン監督はたった二言ほどしかしゃべりません。

いつもその目をしかめてみたり不思議にいぶかしんだりおどけたり驚いたり。リアクションをしていく。

でも決して切り離された観測者ではなくて、この世界に生きている。だから巻き込まれちゃう。受動態として。

そういう意味ではこの世界こそが主人公なのかもしれません。

圧倒的な(特にシンメトリックな構図)美しさをたたえる風景、撮影が見事なこの世界。そこを訪ね、それぞれの点を繋げてみていくのです。

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ナザレでは立ちションしてビール瓶を投げ捨てる男を警官がバイクで追っていきます。

パリでもカフェのテラス席の検査をしてきたり、道を走っている男のあと、セグウェイやらローラースケートで警官が追う。

そしてニューヨークでは不思議な天使の女性をセントラルパーク内で警官隊が追いかけっこ。

それぞれとてもシュールで笑ってしまうのですが、実は底描写自体が興味深い。

そもそもこれだけの異国を舞台にしながらも、どこでもこうして市民、警官、統治や法秩序を見て取れるわけです。

良いか悪いかは別にして、世界というのには必ず警察があるのですね。それは守っている正義か抑圧する存在かは果たして・・・?

しかし、スレイマン監督はユーモアの中にとんでもなく不穏な影を残します。

途中の道路で一時横に並んだパトカー。運転席にいる警官はそれぞれのサングラスを取り換えながら自分たちの似合い具合を確かめているというシュールなシーン。

しかし、後部座席には目隠しをされた女性が乗せられているのです。

また、男が何かの袋を道に停めてあった車の下に隠しますが、それは警官には見つからず、のちに車がレッカーされた際に現れます。

どちらも放置されるあまりに不穏な闇です。

何かとても嫌なものを想像させてしまう、苦いものを含ませているんです。

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スレイマン監督が発するセリフは「ナザレ」「パレスチナ人だ」というもの。

そう、彼の故郷についてタクシー運転手のおっちゃんに話しかけられた際のものです。

彼は故郷から、欧州と北米に出かけ、また故郷に帰る。

世界を回りながら、自分の故郷について考えているのです。パレスチナというのはなんとも。

この地球上でもっとも定義のしづらい地になっています。

スレイマン監督にとって、自分の故郷だといえるのはどこなのでしょうか。キリストが生まれたという地は混迷を極めている。

だから外の人間には”パレスチナ色”なんて言葉を使われます。しかし、混乱しているのはパレスチナだけには思えません。

たしかに馬のクソを自動回収したり、フランス国旗を模した戦闘機のスモークアートで一本色間違えていたりと笑えます。

しかし、警官の監視、検問、軍備が蔓延していて、それぞれが大なり小なり武装して自営しているこの世界はどこも同じなのですね。

どこかで見たことが、全く同じではなくても同様な事象として存在する。ナザレでもポリでもNYCでも。おそらく日本でもそうでしょうね。

私たちの故郷は世界のほかの場所とは違うでしょうか。日本は平和?アメリカは豊か?

いろいろと疑問が浮かびますが、同時にこのあったかい滑稽さは安心と希望も感じさせてくれます。

大局や大事ではなくて、ただ電車でからまれたり、店でちょっと客がもめてたり、広場の座席の取り合いだったり。

そうした私たちの普通の日常からこの世界を投影して見せるウィット、視点が本当に素敵だと思います。

とても興味深くでもぼやっと眺めていても心地のいい作品でした。これは非常におすすめの一本です。

今回の感想はこのくらいになります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

それではまた次の記事で。

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