「ラッキー」(2017)

  • 監督:ジョン・キャロル・リンチ
  • 脚本:ローガン・スパークス、ドラゴ・スモンジャ
  • 製作:ダニエル・レンフルー・ベアレンズ、アイラ・スティーブン・ベール。リチャード・カーハン、ローガン・スパークス、ドラゴ・スモンジャ
  • 製作総指揮:ジェイソン・デレイン・リー
  • 撮影:ティム・サーステッド
  • 編集:スロボダン・ガイッチ
  • 美術:アルミトラ・コーリー
  • 衣装:リサ・ノルチャ
  • 出演:ハリー・ディーン・スタントン、デヴィッド・リンチ、エド・べグリー・Jr、ロン・リビングストン、トム・スケリット、バリー・シャバカ・ヘンリー 他

「グラントリノ」(2008)や「ゾディアック」(2007)など、名脇役として実力をみせるジョン・キャロル・リンチが初めて監督として挑んだ作品。

主演には監督が脚本を彼のためにつくったという、ハリー・ディーン・スタントン。2017年の9月に亡くなったことから、今作が彼の最後の出演作となりました。

また助演に監督のデヴィッド・リンチが出演しております。

私は昨年にニューヨークフィルムフェスティバルの予告を現地で観たときに、この作品の予告も流れたので知っていたのですが、日本公開まではちょっとかかりましたね。

楽しみに待っていた作品なのですが、公開日には行けずそのよく週末に鑑賞。金曜の一番遅い回を有楽町のHTCで観てきたのですが、なかなか混んでいました。

ひとり暮らしの老人ラッキー。

彼は朝起きてコーヒーを淹れ、運動をして着替えるといつものダイナーに行き、いつものルートで買い物をして回り、夜はいつものバーで酒を飲む。

そんなある日、ラッキーは自宅でめまいを起こし倒れてしまう。病院に検査に行くも、特に異常はないという事で済むのだが、それが逆にラッキーにとっては老い、そしてその先に待つものをより実感させるのだった。

いつもいつかは来ると分かっていて、先送りにしてきたもの。ラッキーは終わりとはなんなのかについて考え始める。

何も起きない作品です。何にもない。

何もないですけど、全てが詰まった映画です。

話としては全く違うのですが、削ぎ落としながらも豊かすぎるくらいに詰まった点では、ジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」(2016)を思い出しました。

まずなによりも素晴らしいと思ったのは、名優そして喪失があまりに寂しい、ハリー・ディーン・スタントン。

リアルに年取ったなぁと思うその風貌に、乾いた大地を歩く姿に彼自身のキャリアも透けて見え、言葉通りにハリーのための作品でした。完全に彼のショーケースであり、ハリーはそこで見事に振る舞っています。

一人で自立して生きている人間。生まれるのも死ぬのも一人である人間。

大きくぶれることのないラッキーがふとみせる繊細な表情には、人が抱えるすべての感情がそれぞれ見えるようでした。

脇を固める役者もそれぞれ素晴らしい。

ちょっとエイリアン同窓会なトム・スケリットとのシーン、リクガメに愛を注ぐデヴィッド・リンチ監督も今作でかなり重要かつ良い演技をみせてくれています。

それぞれが生きているというのは、私が映画を観ていてかなり好きな要素です。

小さな田舎町。これまでもずっと生きていてこれからも息づいていく、画面の中の登場人物。それぞれの掛け合いとか思い出話とか、全てに血が通っていて素晴らしかった。どの人物もその人生を背景に感じられるのです。

危険を知らせるレッドライト、そして出口(EXIT)の文字。

みんなそこへ歩いている。早くついたり、時間がかかったりするけど、そこに向かっているのです。

ラッキーはもう90歳で、彼は死を意識しています。

途中で彼は女性に、ずっと怖いんだともらしますが、そこでの女性の「分かってる」が印象的ですね。私には、ラッキーが死を恐れていることを知っているというよりも、死ぬことが怖いという気持ちが分かるというように聞こえたのです。

誰しも死を意識したことがあるのではないかと思います。

私は子供の時、死んだらどうなるかを考えました。死ぬってなんなのか。無ってどういうことなのか。

何より答えが出ないのが怖いです。

あのジョニー・キャッシュによる”I See A Darkness”が流れるシーン。

凄まじく心が締め付けられます。ラッキーと一緒に怖くて仕方ないその気持ちを、画面を通して感じる瞬間です。それはとてつもなく切ないのですが同時に、みんな怖いんだと思うと少し元気をもらえる気もして泣けてきました。

何でもないはずの全ての会話が、人の記憶や人間が生み出す美しい友情と愛、みんなが抱えている潜在的な恐怖をみせています。

本当に、表層的にはなんでもないのに、すごく心揺さぶられてしまいまして、上映中ほぼずっと涙目でした。

リクガメを通して見る、自分の時間の先。

確実に流れていく時間に押されて、自分の残り時間は減っていく。その先にも時間はあるのに、やはり出口へ着いて終わりが来る。

無。何もないところ。ただ闇があるだけ。

人はみんな自分の時間を生きています。自分だけの、出口までの時間。それは自分だけの現実。他の人は他の人でその現実を持っていて、やはり自分と全く同じ時間と現実を生きてはおらず、自分はただ一人生まれて死ぬ。

一人なのです。初めから終わりまで。

でも、孤独ではありません。

誰しもその出口が怖いから。そしてそこまでの道のりにある友や愛する人、幸せは確実に共有できるからです。

そしてそれを知れば、死は怖くとも、その最後の瞬間に必ず微笑むことができるはずです。

ジョン・キャロル・リンチ監督はその初の監督作品にて、ハリー・ディーン・スタントンの総括的な題材を用意し、ハリーはそこで最高の演技をしています。

真っ直ぐに死に向き合うことで、そこに生をみる。生きる今の楽しさ、人生の豊かさが引き出されるからこそ、ダイナーでの会話や、行きつけのバーでの昔話がこんなにも愛おしく思えるのですね。

監督は死から生の喜びを見事に描いて見せたと思います。個人的傑作。とてもおススメです。

公開規模としてはおそらく大きくはないのでしょうが、都内なら少なくとも数か所で観れますし、是非見てほしい作品でした。

このくらいで感想は終わりです。それでは、また~

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