「シック・オブ・マイセルフ」(2022)
作品概要
- 監督:クリストファー・ボルグリ
- 製作:アンドレア・ベレントセン・オットマール、ディベケ・ビョルクリー・グラーベル
- 製作総指揮:トム・エリク・シェセト、ミケール・フライシャー
- 脚本:クリストファー・ボルグリ
- 撮影:ベンジャミン・ローブ
- 美術:ヘンリック・スベンソン
- 編集:クリストファー・ボルグリ
- 出演:クリスティン・クヤトゥ・ソープエイ、リック・セザー、ファニー・ベイガー 他
自己中心的で病的な承認欲求が描かれた異色の“セルフラブ”ストーリー。
誰もが持つ承認欲求をテーマに、主人公が注目を浴びるために嘘と誇張を積み重ねる過程をシニカルに描きだす。
脚本と監督を務めたクリストファー・ボルグリは、次回作『DREAM SCENARIO』でA24と「ミッドサマー」のアリ・アスターによるプロデュースで注目を浴びる新鋭監督として期待されている人。
今作はカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で称賛され、その後欧米を中心に世界中の映画祭で高評価を受けました。
試写を観た人たちの感想やレビューをSNSでみて、結構気になっていた作品です。
後悔した朱松はいろいろあって鑑賞できなかったのですが、平日のレイトショーで観てきました。時間もあれ何で、本当に数人しかいませんでしたが。
~あらすじ~
シグネは長年競争関係にあった恋人のトーマスがアーティストとして脚光を浴び始めると、自分がどこにいても添え物で誰にも見向きもされていないと感じ始める。
嫉妬と焦燥感から、彼女はことあるごとに嘘までついて自分に注意を向けようとし始める。
ある時ネットで、痛々しい皮膚病になる副作用が、ロシアで開発された薬にあることを知った彼女は、旧友の伝手を使いその薬を購入。
一目盗んでは薬を服用し、ついに腕や顔に酷い皮膚症状が出るようになった。
思惑通り、周囲は彼女を心配したが、シグネは自分のウソがバレないように精密検査は避け、謎の皮膚病で苦しみながらも前向きに生きるヒロインを演じ始める。
しかしシグネは自分に注目が集まり続けることを望み、行動はさらにエスカレートしていった。
感想/レビュー
現代病である承認欲求
原題は自己を周囲に、特に見ず知らずの第三者に見せるチャネルが多くあります。
伝聞やマスメディアでなくとも、SNSなどで発信ができる。そこでとにかく話題になるのが承認欲求。
それ自体は人間としてはある程度持つべきものですが、現代は過剰にそれが育成され助長されていってしまう環境になっています。
今こうしてブログにて観た映画の感想を記しているのも、まさに承認欲求の一つです。
何かのアウトプットの際には認めてもらうことなどを期待しますし、それこそが私がここにいるという存在の証明。
誰にも気づかれずにただ死んでいくことを恐れて、本能的にも自身の存在を知らしめようとする。
しかしそれが有名になる、名誉を栄光を手に入れるとなり、そして行く先には今作のシグネのような自己崩壊すらも招いてしまう。
今作はそんな誰しも陥るかもしれない最悪の渦を、真正面から露悪的に、シニカルにそしてとにかく笑えるテイストで描き出しています。
正直ずっと笑ってはいました。シグネのイカれっぷりもですが、全体がコメディなのです。
まあ仮にこれをもっとエグめにリアルに描いていたら、結構疲れてしまうからこのくらいの遊び感覚で良かったかもしれません。
シグネが囚われる承認欲求。
過剰かつ自傷行為的なものも含まれているので、ミュンヒハウゼン症候群とも思えたり境界性パーソナリティー障害といってもいいのかもしれません。
実際なにかしら精神的な問題がありそうで、ゆえにセラピーに参加させられていますし。
彼女の気持ちは分からなくはない。軽んじられていてパーティでは空気、トーマスとの関係性も間違えられてしまう。
緩急からくる皮肉交じりのユーモア
ただそのリアクションがナッツアレルギー偽装からの救急騒ぎなので笑ってしまう。
「そこまでする?」と。そのあとの急な静けさと気まずく歩くシグネとトーマスがまたシュールです。
このリズムが全編に効いていて、途中からシグネの妄想が織り交ぜられます。
あらゆる方向性に転がっても、シグネの頭の中ではそれがさらに彼女への注目を集めていく。なんでもドラマチックになっていくんです。
ただふと現実を見ると、なんとも哀れでちっぽけなシグネがそこにいるだけ。
このギャップこそが全てなのかもしれません。自分は特別で何かしら可能性や良い点、認められるべきものがあると思っても、そんなことはない。
それをある程度許容して人間は生きていますけれど、シグネや、またトーマスのように何かしら見栄を張っていきすぎることもある。
トーマスもシグネに対する優しさを逆に”難病を患うパートナーへ献身的な男”という理想像に持っていきたいだけ。
もともと泥棒のくせしてそれをセレブリティ化してしまう世界もおかしいのです。
なにについても自分らしさ、その人の個性なんて言葉に丸め込んでいますが、実はそうしたスローガン、イデオロギーすらもシグネのような行動を助長してしまうのかもしれませんね。
もう自分自身にうんざり
タイトルは「シック・オブ・マイセルフ」。
それは”私の病気”という意味では、この皮膚病のことであり、そして嘘をついてまで注目を集めようとするビョーキとも言えます。
さらに、”I’m sick of myself.”、”自分自身にうんざりだ”という意味にも取れます。
どちらの意味としても通じていて、この想いに共感してしまう人はきっと多いはず。
どこかしらに”自分らしさ”があって、何者かになりたいというのは人間としては至極真っ当なわがままですから。
気取ったタイトルが画面にでっかく出てきたり、シグネが強がって生意気言う割に結局相手の言う通りにしている滑稽さなんかもありながら、エンドロール最後もおもしろい。
SICK OF MYSELF
大きく出てきて思うのは「国際的な場面では英語を使うだろ?」のセリフ。こいつ自意識が強い。
シグネ自身(とかトーマスも含め)に対してあまりに嫌悪感を抱きかねないため、みんなに見てもらいやすいものではない。
また割とセンシティブな部分をもシニカルにいじってるので、そこが気になる方や怒る方がいても不思議ではないかもしれません。
毒が強めである点踏まえてではありますが、滑稽さとシニカルさで個人的には結構好きで楽しめた作品でした。
興味ある方は、公開規模こそ小さい目ですがぜひ劇場で。
今回の感想はここまでです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた。
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