「Summer of 85」”Summer of 85″ aka “Été 85″(2020)

「Summer of 85」(2020)

  • 監督:フランソワ・オゾン
  • 脚本:フランソワ・オゾン
  • 原作:エイダン・チェンバーズ「おれの墓で踊れ」
  • 製作:エリック・アルトメイヤー、ニコラス・アルトメイヤー
  • 音楽:ジャン=ブノワ・ダンケル
  • 撮影:ヒシェム・アラウィー
  • 編集:ロール・ガルデット
  • 出演:フェリックス・ルフェーヴル、バンジャマン・ヴォワザン、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、メルヴィル・プポー、フィリッピーヌ・ヴェルジュ 他

作品概要

summer-of-85-movie-2020

「グレース・オブ・ゴッド 告発の時」のフランソワ・オゾン監督が、運命的な出会いをした二人の少年が恋と永遠の別れを経験するひと夏を描いた作品です。

エイダン・チェンバーズの小説「おれの墓で踊れ」の一部を原作としているとのことです。

主演はフェリックス・ルフェーヴル。彼は今作にてセザールの新人男優賞にノミネートするなど国際的に認められてきた若手俳優ですね。

また主人公が恋をする相手ダヴィドはバンジャマン・ヴォワザンが演じています。

もともとオゾン監督が個人的に好きな小説でありずっと映画化を熱望していたとのことで、かなりの思い入れがあるのでしょうか。

ひと夏の恋と永遠の別れということで、題材としてはルカ・グァダニーノ監督の「君の名前で僕を呼んで」に近しいものを感じました。

前売り券を飼って楽しみにしていた作品。早速公開週末に観に行ってきました。今現在私の言った映画館の地域は緊急事態宣言中。1席開けてのはんばいになっていることもあるのですが、ほとんど満席になっていました。

割と年齢層的には若い人が多かったかな。

~あらすじ~

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1985年の夏。

夏休みのアレクシは友達に借りたヨットで海へ出ていたとき嵐にあい転覆してしまう。

そこに通りかかったダヴィドという少年に助けてもらい、アレクシは彼の家に厄介になった。

純粋で芸術肌なアレクシと対照的に、ダヴィドはワイルドな少年だった。

彼は学校へ行かずに母の釣具店を手伝い、ヨットで海へ出たりバイクで田舎道を疾走する。

二人は一緒に遊び始め、バイクに乗って疾走し遊園地で遊び、ヨットで海に出たりhとんどの時間を共に過ごす。そのうち親密さは友人以上のものになった。

これは運命的な出会いをした少年たちの恋と永遠の別れの一夏の物語。

感想/レビュー

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回顧録としてのつくり

フランソワ・オゾン監督が描き出すのは、少年期の物語ではありますが、その視点はより成熟した人間のものに感じます。

荒削りなそれでいて純真な心を剥き出しにしながらも、そこにはそうしたプロセスを経て成長した側のノスタルジーな感覚がありました。

おそらく少年が語っている体裁を取りながらも、実際は大人になった彼が自分自身がいかにして少年から青年になったかを振り返りかな大切な自分だけの記憶を紐解いているような形なのかなと。

16mmのフィルムで撮影されたフランスの夏。タイムスリップしたような感覚から懐かしさがこみ上げます。

ざらついた画面からみえる彩色はどこか褪せてもいる。どこまでも優しい画面になっています。ここにはいい想い出としてのノスタルジーがうかがえます。

純粋無垢なアレックスと危険でワイルドなダヴィド

そんな中でセンターに輝く二人の少年ですが非常に対照的。

主人公のアレックスを演じるフェリックスは無垢の体現たる雰囲気を持っています。

幼い顔立ちであることも大きく貢献していますが、衝動や初めての経験への驚きと歓喜が繊細に演じられていました。しかしただ幼いのではなく、大人と子どもの間で揺れているから、すこしは性的な部分もありますね。

そんなアレックスに対するダヴィドを演じるバンジャマン。

彼は野性的。鍛えられた肉体にもワイルドさが見えますが、何にしても危険な香りすら漂わせているところが大きいです。

生き急ぐ感覚やどこか危うい鋭さや狂気に似たものが滲み出ている。

だからこそ観客も魅了され、アレックスとともに陶酔していくのでしょう。

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特にアレックスは死に魅了されている。その若さゆえの死へのあこがれ。

実体験のない空想のような事象である死。

生きることということ自体が定まっていない幼い人間であるがゆえの感覚であり、そして遠く離れた事柄だからこそ夢のようでもある。

行き急ぎ危険性をはらむダヴィドに夢中になるのも当然ですが、アレックスにとっては彼は初めて真に恋に落ちた相手でもあったのです。

それは世界においてこんなにも愛し想う人が存在することを知る喜びですが、同時に他人という存在に対し異常な愛着を持つゆえに願望を押し付けてもしまう。

すでに夢中になるものがあって、しかもアレックスのように芸術肌で賢いがゆえに思考を巡らせ、だからこそ妄想に近いような愛にもなるわけです。

二人の恋の季節は想い出のスナップが連続でめぐっていくように綺麗で落ち着きがあり素晴らしいシーンでした。

なので、すれ違いが完全に取り返しのつかない点に達しての言い争いとその後の突然の別れが非常につらい。

初めての恋から見えたのは、幻想とそれを求めている自分

しかし今作は恋を主軸にしながら、作品序盤からもわかるように回顧録でありアレクシがダヴィドにもらったアレックスとしての自分を振り返り見つめている作品。

あのケンカのシーンでもアレックスの見つめる先には自分を映し出す鏡があります。

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両親、先生、そしてケイトという21歳で少女からすでに女性への変遷を経験した存在。

アレックスにとってはすぐには受け入れられない存在や言葉が多くも、しかし人生の先輩としてアレックスのためにそれぞれが想いを抱えている。

アレクシはこの夏にアレックスになった。

間違いなくそれはダヴィドに出会ったからで、そして彼への想いを抱えたこと、それが崩壊したこと、死別したこと、すべてが実はアレックスが自分自身を見つけていく過程でした。

で、その点に関して今作が力を十分に発揮しきれていないようなもやもやが自分にありました。

自分の発見と運命的な出会いが掛け合わさるというようなものではなく、むしろ中盤の輝かしさに対してラストの展開に関しては、もっと恋焦がれるところがすごくあっさりに感じたのです。

こんなにもふと消えていくように終わっていっていいものかと。

燃え尽きていき終わっていくべきところで炎が消える。なんだか自分にはもったいなく感じます。

文学的な要素があるにしても、ケイトからの本音がセリフにての説明にすぎる気もしますし。

間違いなく中盤のシーンの輝きがあるからこそ、特に終盤については冷めている感じがします。ここは単純に私の好みの問題でしょうか。

主演二人のケミストリーの素晴らしさやフィルムによる撮影と色彩、音楽からくるノスタルジは格別なのは間違いない作品です。気になる方はぜひ劇場へ。

今回の感想はこのくらいになります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

ではまた次の映画の感想で。

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