「この茫漠たる荒野で」(2020)
- 監督:ポール・グリーングラス
- 脚本:ポール・グリーングラス、ルーク・デイヴィス
- 原作:ポーレット・ジルズ『News of the World』
- 製作:ゲイリー・ゴーツマン、ゲイル・マトラックス、グレゴリー・グッドマン
- 製作総指揮 トール・シュミット、スティーヴン・シェアシアン
- 音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード
- 撮影:ダリウス・ウォルスキー
- 編集:ウィリアム・ゴールデンバーグ
- 出演:トム・ハンクス、ヘレナ・ゼンゲル、ビル・キャンプ、マイケル・コヴィーノ、レイ・マッキノン 他
作品概要
「キャプテン・フィリップス」のポール・グリーングラス監督が同作でも組んだ「ハドソン川の奇跡」などのトム・ハンクスを主演に迎えて描く西部劇。
町から町へと旅をしながら、新聞に書かれたニュースを読む男と、彼が保護することになったある少女の旅路をおいます。
主人公が保護する少女をドイツの俳優ヘレナ・ゼンゲルが演じています。
彼女はブレイクスルーとなった作品「システムクラッシャー 家に帰りたい」にて史上最年少でドイツの映画賞を獲得した期待の新星です。
今作はポーレット・ジルズの執筆した小説を原作としており、原作は全米の図書賞最終候補にもなったベストセラーだそうです。
小説は2016年のもので、別に古いわけではない模様。映画化に際して脚色はあるらしいですね。
北米では劇場公開がされたようですけれど、日本ではおそらくNETFLIXでの配信限定なのかと思います。
私は海外版ブルーレイを迷っていたので、配信で見れるならばと鑑賞しました。
~あらすじ~
1870年代のアメリカ。
南北戦争の爪痕も強く残るこの時代にて、退役軍人であるキッド大尉は新聞のニュースを読み聞かせる講話会を各地で開き旅をしていた。
ある時大尉は森の中で大破した馬車を見つけ、近くにつるし上げられた死体を発見。
さらにそこに白人の少女が一人取り残されていた。
言葉の通じない彼女を保護した大尉は持っていた書類から先住民の一人でありジョハンナという名を知り、出会った北軍舞台に預けようとするが、大尉自身で居留地の案内をしてくれる検問所まで連れていくように言われる。
しかしその検問所では、3カ月待つように言われてしまったため、大尉は自分自身で旅をしながらジョハンナを居留地へ連れていくことに。
かくして過酷な荒野にて言葉も通じない二人の旅が始まる。
感想/レビュー
人によっては、かなりスローペースな作品だと感じるかもしれません。
たしかに緩やかな、非常に重々しい足取りで進んでいく作品だと思いますし同意しますが、だから冗長だとは思いませんでした。
むしろ、このゆっくりとしたうねりはこの作品を、人物と関係性の変化を観客が反芻して自分のものとするために必要な余剰だと思いました。
西部劇でありながら現代アメリカを投影し、浸っていくための余白を巧妙に用意
この作品では多くの事象が扱われます。
分断された国、人種差別、故郷を失った人々。
西部劇として南北戦争後を舞台にしながらも、それらは確実に現代アメリカの社会の問題でもある。
そしてさらにニュースを扱う。
フェイクニュースがはびこり、また権力者が自分自身に都合のいい情報統制を加えてニュースが流される危険さと搾取構造。
それだけの要素を展開しながらも、主軸となるキッド大尉とジョハンナの関係性の変化も描いていくとなれば、この余白が必要だと思うのです。
急いてはいけない。すべてを丁寧に包み込み織り込み、観ている者が噛み締めていくためにも、このトーンが必要です。
その点をポール・グリーングラス監督は十分に理解しており、確かな手腕を持っているのです。
何に対して時間と空間を持たせるべきか、どう物語を進めるか。それに関しては本当に完璧なトーンを保っていると感じます。
しかしただ長ったらしいわけではなくて、途中の銃撃戦などにはかなりの緊張感が持たされています。少女を狙う男たちとの岩場での攻防。
また市民をその偏向したニュースをもって縛り愚かな奴隷として使う町の支配者。
緊迫したシーンがあるので抑揚が与えられていますが、そこでもただアクションを機能させているわけではなくて、しっかりと人物通しの関係性の変化とドラマ性が語られていきます。
アクションとポジションで描かれる人物関係と距離の変化
弾切れをおこした銃に対してお金をこめていく、生き残るための協力プレー。
大尉は旅の中ではぐれ者、世界に属する場所を失った者に手を差し伸べますが、それがめって自分を救うことになっているんですよね。
まさにサバイバルのために協力していくことで、距離を縮めていく大尉とジョハンナ。
はじめは離れていて、それが荷車に乗り、同じく馬車の運転席に。最後は同じ馬に一緒に乗るのです。旅をする中での距離が、移動中の二人の位置関係に出ています。
もちろんこの関係性を成立させて観客を引き付けてくれるのは、他ならない主演二人とケミストリーでしょうけれど。
トム・ハンクス、そしてヘレナ・ゼンゲル。二人のリードがあってこそのドラマチックさでしょう。
この手の西部劇の醍醐味でもある雄大な自然風景という点も楽しめる本作。この抜けた荒野。底には自然が広がり、雨や砂嵐もある。
でもこれだけ広大だから、どこかに安息の地があるのか。その模索も広がっている。ジョハンナは二度も家族を失いました。そして大尉も戦争が理由で妻を失った。
大尉が知らせを運ぶのも皮肉ですね。戦争中はその知らせが彼にとって最悪のものであったのですよね。
大尉は破壊と殺戮に4年加担してしまった。それから逃れたかったのに、彼は暴力が少女から家族を奪った事実にまた直面したわけです。
子どもを持ちたかったという言葉からも、もしかすると大人の暴力の渦のせいで、残酷な運命を押し付けてしまったジョハンナをなんとか救いたいと思ったのかもしれません。
ただその旅の先に土地としての居場所を見出せなかった二人。安息の地はない、しかしお互いこそがそれぞれの居場所だったのです。
過去とは未来を生きるための糧である
悲惨な過去から逃げてきた大尉は、その英語の考えのようにまっすぐの道しか見ていなかった。ただ前を見て、後ろに残された死と恐怖から逃げ続ける。
だからジョハンナにはすべて忘れてほしいと思っていました。でもそうではなかった。
ジョハンナの言葉、インディアンの考えにおける輪こそが、救いだったのです。すべてがめぐっている、それは過去を捨てずに今と未来を生きる糧とすること。
そして過去の幸せがまた円環となり再び訪れることでもあります。一度失ったからといって終わりではないのです。
最後に二人が楽しい感じで伝えるニュースですが、あれも笑い話になっていますが死んだと思ったものが生きている話。
死、すべて終わったと思っていても、そこに生きる糧があることを示唆する話だったように思えました。
過去を背負う元軍人と、行き場のない少女っていうストーリーはよくあるものではありますが、トム・ハンクスとヘレナ・ゼンゲルの見事な演技や、グリーングラス監督の持たせる丁寧なストーリーの織りなし方が光る作品。
じっくりと世界に浸っていける西部劇でした。是非とも劇場の大きなスクリーンで観たい気もしますが、配信でも見れるだけ良いか。
機会があればぜひ鑑賞を。というところで終わりです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それではまた。
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