「皮膚を売った男」(2020)

  • 監督:カウテール・ベン・ハニア
  • 脚本:カウテール・ベン・ハニア
  • 製作:マーティン・ハンペル、タナシス・カラサノス、アナベル・ネズリ
  • 音楽:アミン・ボウハファ
  • 撮影:クリストファー・アウン
  • 出演:ヤヤ・マへイニ、モニカ・ベルッチ、ディア・リアン、クーン・デ・ボウ 他

The Man Who Sold His Skin-2020-movie

ドキュメンタリーやショートフィルムを手掛けてきたカウテール・ベン・ハニア監督が、自分の背中をタトゥーのカンバスにする契約を結ぶシリア難民を描く作品。

主演はヤヤ・マへイニ、また彼の恋人役にはディア・リアン、芸術家のアシスタント役にはモニカ・ベルッチが出演しています。

今作は第33回東京国際映画祭のTOKYOプレミア2020部門での上映が行われました。

実際のアートから着想を受けて制作された映画とのことで、そのテーマ含めてかなり観たかった作品です。

休みの日の上映会を選んだこともあって満員でしたね。

The Man Who Sold His Skin-2020-movie

シリアに暮らすサムは、公共の場で恋人にプロポーズするが、その際に”これは革命だ!自由になるんだ!”といった発言から反乱分子として逮捕されてしまう。

身内の助けもあり脱走したサムだったが、恋人は外交官の男との結婚を決められてしまい、サムはシリアから脱出する。

欧州をさまようサムは乞食のように、高級芸術展覧会に潜り込んではビュッフェの食べ物を盗んで暮らすが、あるとき主催者の芸術家に取引を持ち掛けられる。

それはサムの背中を買い取るという契約で、それをカンバスにして芸術作品とすることだった。

お金がほしいこと、不法移民として怯え暮らすことをやめたいサムは契約書にサイン。彼の背中にはアートとしてタトゥーが入れられることになった。

The Man Who Sold His Skin-2020-movie

シリアの現状、移民問題における偽善的な欧州側の人間模様と、現代アートにおける作品の価値査定や人間の搾取的な構造などの社会問題を、シニカルな視点で提示。

しかし笑いだけでなく同時に、そこに耐えず主人公とヒロインの王道的なラブストーリーを組み合わせることで、非常にバランスよくエンタメとして昇華された作品でした。

そもそもの着想として、この欧州内での移民難民、つまり人の移動に関しての制約やシステムを描く中で、人を商品にしてしまうことで実は移送がとんでもなく簡単になるという皮肉が最高です。

人間をコモディティ化することはアメリカとメキシコの国境でも描かれ、移送ビジネスがはびこることにもなります。

「ボーダーライン:ソルジャーズ・デイ」でも描かれていましたが、人をいったんラベルの付いた商品にすると、とたんにその人の属性とかが抜け去っていくんですよね。

サムではなくアートになることで、人間としては非常に手に入れがたいEU圏のビザが簡単に発行される。

The Man Who Sold His Skin-2020-movie

ただ、商品チェックではなく人のチェックになると、途端に彼に向けられる眼差しは厳しくなります。

サムだけやたらボディチェックが入念だったり、最後のあるサムの仕掛けも含めて、結局はバイアスを持って彼その人を見ているのです。

サムをそのまま見てくれているのは、ずっとアビールや母でしたが、彼らとの身体的接触がなく、電話やスカイプを通しての接点の語りが秀逸です。

距離としての離れ具合がありますから、サムと同じく”そこに見えているのに何もできない無力感”が観客を襲いますし、また背景になるシリアの情勢変化もその通信場所などから見て取れます。

アビールは初めは綺麗な窓の見えるお家から、のちには壁に覆われた暗い部屋に。

そして母に至っては、その身体を気遣うことも忘れていたせいで、大きな出来事にも気づけない。そして抱きしめてあげることもできないんです。

この状況はきっと、サムだけでなく多くの移民・難民に当てはまるものです。画面越しに、電話越しに話すことしかできず、助けてあげることもできない。

無力感と罪悪感に苛まれながら過ごす、何も起きていない欧州がどれほど腹立たしく辛いか。

The Man Who Sold His Skin-2020-movie

実際に接触した際にも画面構成として何かしらの境界線を引いたり奥と手前などで切り分け、心の距離を示していきます。

アート界はサムを絵画のように扱い、売買を重ねる。資本や名声というものを人命の上に置き、コレクションする姿は醜悪です。

絶えずモノ扱いされていくサムが最後にとる行動は、まったく皮肉が効いていて痛快。

結局は偏見を抱える連中に、それを逆手に取ることで自らの自由をつかみ取ろうとするわけですね。

最後の展開についてはややエンタメ性を押し出しすぎている気もします。

ラッカの時点で不穏な空気がすごく、その後の背中の顛末に関しても現実的かつ残酷で、それはそれで余韻を残すと思いますので、あのまま終わっても良かったかも。

まあ全体のラブストーリーにおけるハッピーエンドになっているのは、希望を持たせる意味で良いのかと思います。

東京国際映画祭のなかでもかなり楽しめた作品です。

結構広く楽しまれる作品と思うので一般公開を望み、いろいろな人に見てもらいたい作品です。

今回の感想は以上になります。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

それではまた次の記事で。

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