「悪は存在せず」(2020)

  • 監督:モハマド・ラスロフ
  • 脚本:モハマド・ラスロフ
  • 製作:ファルザド・パック、モハマド・ラスロフ、カーヴェ・ファーナム
  • 音楽:アミル・モルックポーア
  • 撮影:アシュカン・アシュカニ
  • 編集:メイサム・ムイニ、モハンマッドレザ・モエイニ
  • 出演:エーサン・ミルホセイニ、シャガイェグ・シュリアン、カヴェ・アハンガル 他

There-is-No-Evil_2020-movie

イランの映画監督モハマド・ラスロフが死刑制度を中心に4つの話を展開するドラマ映画。

作品はベルリン国際映画祭にて金熊賞を受賞し、第33回の東京国際映画祭にてワールドフォーカス部門で上映されました。

監督はこれまでに何度もイラン政府から映画製作の禁止や出国の禁止などを受け、「イランの国家に危険をもたらす」「反イスラム的プロパガンダだ」などと批判を受けてきています。

迫害を受けながらも製作を続け問題提起をし続ける作品として、非常に興味を持ちましたし、やはりそこまでしても国を捨てずに描き発信したいという想いは受け止めたいと思いました。

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娘の学校、妻の職場の送り迎え、家族での買い物。人あたりの良い男が夜中に出勤して行う仕事。

恋人と国外へ逃げたいが、兵役によって縛られ、ある仕事を行う任務へと配属された青年。

兵役から休暇をもらい、結婚を申し込むため恋人の実家を訪れるが、ある男の死に皆が悲しんでいることに直面する男。

そして、人里離れた農場に姪を呼び寄せた男。

4つの物語からイランにおける死刑制度へ切り込んでいく。

There-is-No-Evil_2020-movie

上映時間151分。実に2時間30分ほどの作品は久しぶりに観ました。その前に3本見ていたこととか、座席が前で首が突かれたりとかあったのですが、圧巻でした。

途中で退屈することの無い4つのチャプター。それぞれが非常に重厚で、一つで一本の映画になるほどの深い人物の人生ドラマや社会テーマと個人の関係を描いています。

それらをつなぎ合わせることで、それぞれが呼応するように、時間と空間を越えて完成されていく様が非常に美しい。

そしてイランにおける死刑制度の存在と、人間の尊厳とのぶつかり合いを重く感じ取ることができます。

チャプターこそは4つに分かれていますが、それぞれには何ともおぞましい死刑制度の影響が見えます。

初めの物語は、それが自然にシステムに入り込んでいる事。そして主人公となるダンナさんの家族とのやり取りからのギャップに絶句しました。

なにしろ彼がネコ助けたり、娘や妻と仲良くしたり、お母さんの世話したり、運転するシーンとかスーパーでの買い物とか、ずっと観ていても良い平和で心優しい一般の家庭。

それが急に何が起きたのかというほどに、ボタンを押すシーンで死に叩き落されます。

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そこで初めの物語は、そのキックオフと衝撃だけかと思いましたが、最後までみてみると、イランにおいて兵役関係なく死刑制度が存在する限り、彼のような存在も必要とされる残酷さが響きます。

4つ目の話ではシステムとして人を殺すことを拒否して、ある意味では人生を捨てた男が主人公(チャプター2の彼の老年とも思えます)ですが、チャプター1はそうしなかった者の人生とも、振り返ってみると取れるんです。

確かにある程度の水準の生活を得ていますが、やはりそのために命令通りに人を殺すしかない人生。

NOと言っても言わなくても、この制度が存在することで何か犠牲を強いられていく。

執行において心が裂ける思いをするのが2つ目の話ですが、その執行がどれほどの余波を持っているのかを描くのは3つ目です。

そこでは、執行自体をなんとか乗り越えたとしても、別の形でその人を苦しめる様を残酷に描き、また同時に、執行とそれを行う者によって別の場所の誰かの心も引き裂かれることも見せます。

ただ執行するだけでは済まない。命令に従うと言っても、やはり人を殺したという罪を感じ、それを背負わされてしまう。

There-is-No-Evil_2020-movie

じっくりと死刑執行に近い人を描く本作は、命令する側を登場させません。

卑怯なほどにそれらは隠れ、実際に執行を迫られる兵役を負う一般市民から、責め立てる相手を奪っている構成になっているのです。

だからこそ行き場のない怒りや悲しみ、罪悪感は自分自身にそのままぶつかってしまう。

見るからにおじけづく者、事実を知って泣き叫ぶ者、そしてただ静かに日常を過ごしながらも、感情を押し殺すもの。

お父さんが信号を一度待つあのシーン。やはり迷いとか、なるべく遅くつきたいとか、感じているのだと思います。

「黒い司法 0%からの奇跡」での死刑執行シーンでも(こちらは見ている側ですが)やはり制度として人を人が殺すというのはあまりに惨い。

何か個人的な恨みや殺意、大義名分もないからこその異常さと恐ろしさがあります。

なんとか、「死刑になるだけの理由があるんだ」と言い訳を持ってきても、3つ目の話のようにそれは体制に反対したというだけの理由ということもある。

リスクを負いながらも、社会システムへの一般市民としての苦しみや問題を提起するラスロフ監督には感服するしかありません。

非常に濃厚かつ力強い物語を紡ぎ、時間軸や角度、周囲まで巻き込む死刑制度を、生きる人間の尊厳を持って問いかける、素晴らしい作品でした。

映画祭で観ることができてよかったです。

日本も死刑制度があり、兵役での配属はなくとも、執行の職につきこれらを背負っている人がいると思うと、自分は制度に反対したい。

感想はこのくらいになります。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

それではまた次の映画感想で。

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