「アナザーラウンド」(2020)
作品概要
- 監督:トーマス・ヴィンターベア
- 脚本:トマス・ヴィンターベア、トビアス・リンホルム
- 製作:シシ・グラウム・ヨアンセン、カスパー・ディシング
- 撮影:シュトゥルラ・ブラント・グロヴレン
- 編集:アンネ・オーステルード、ヤヌス・ビレスコフ=ヤンセン
- 出演:マッツ・ミケルセン、マリア・ボネヴィー、トマス・ボー・ラーセン、ラース・ランゼ、マグナス・ミラン 他
「偽りなき者」などで著名なデンマークのトーマス・ヴィンターベア監督が、同作の脚本家トビアス・リンホルム、そして主演にもマッツ・ミケルセンを再び迎えて送るコメディドラマ。
やりきれない窮屈な毎日を送る高校教師の4人が、血中アルコール度数を一定に保つことで社会生活が改善されるという理論を実践する様を描きます。
作品はヴィンターベア監督がウィーンの舞台向けに書いた脚本をもとにしていますが、監督自身の娘さんの勧めから映画化、また方向性に変更を加えています。
「偽りなき者」に始まり、「ドクター・ストレンジ」など数々の映画で活躍するマッツ・ミケルセンが主人公を、また妻の役にはスウェーデンの俳優マリア・ボネヴィーが出演。
その他主人公の高校教師の同僚役にはそれぞれ、トマス・ボー・ラーセン、ラース・ランゼ、マグナス・ミランが出演しています。
今作は高く評価され、各映画祭や賞レースで作品賞、またヴィンターベア監督や主演のマッツ・ミケルセンがノミネートを果たしています。アカデミー賞では監督賞ノミネート、そして外国語映画賞を見事獲得しました。
2020年に世界公開が始まり、日本でも21年9月に公開。相変わらず世界で最も遅いのはご愛嬌。
公開週末に朝の回で観てきましたが、結構人が入っていました。午後のいい感じの時間は満席になっていましたね。
~あらすじ~
高校教師をしているマーティン。彼の授業は退屈で、生徒たちからは分かりにくく進度も遅くて不安だと、親を交えての相談もあるくらいだった。
また、彼の家庭生活も冷めており、妻は夜勤が多いためにほとんど会話もない状態。
ある夜彼は同じく高校教師をしている親友の誕生日会でおもしろい理論を聞く。
それは人間は血中のアルコール度数を0.05%に保つのが一番良いというものであった。
はじめは馬鹿げた理論だと思っていたが、やりきれない毎日に変化がほしいというような思いでマーティンは理論を実践し、飲酒した状態で授業を始めるのだった。
ほろ酔いの授業はその奇抜な語りが功を奏し、生徒たちの評判は良かった。
そこからマーティンは親友たちとともに、実際に0.05%のアルコール度数を試し、さらに度数を上げていくことによる社会生活の変化の実験と理論の検証を始めるのだった。
感想/レビュー
ただのアル中映画ではなく、人と人が生きることを描く
恐らくですが、主題から飛散しているとか、多くを盛り込み過ぎていると感じるかもしれない作品。
その要素が非常に多いという点には同意しますが、今作は肯定派です。
今作のプロットは突飛な理論による飲酒を舞台にその楽しさと危うさから依存症を描いています。
しかしそこから友情に青春、中年の危機から結婚生活の破綻と再生、ふさぎ込んでいる日々までとにかく幅広いテーマに展開されていきます。
ただ、どれを描きたかったのか分からないって程ではなかったと思います。
それはヴィンターベア監督がそれらすべてを入れ込んで、人が生きるということを描こうとしたからだと思います。
すべて含めて人生だということです。
さて、そもそもデンマークにおいては(映画でも説明がありましたが)16歳からアルコールの購入が可能なんですね。WHOの統計でもかなり若年層の飲酒率の高い国。
なので、序盤に映し出される学生たちの様にはちょっと驚きながらも、これが文化ということで。
そのバカらしさだったりある意味ではかなくもとっても美しいオープニングでした。
そこからガラッと変わって映し出されるのは、優雅に見えますがどこか空虚な親友4人の誕生日会の集まり。
そして主人公マーティンは車の運転があるからと水だけを飲んでアルコールを断っている。
それでも流れでワインを口にして、そこでマーティンは酒の力でシラフではさらけ出せなかった悩みをこぼしだすのです。それがこの映画のキックオフ。
酒を飲んで景気良くしていこうという部分はあるにしても、この作品でヴィンターベア監督は、いつしか酒に頼らないと悩みや思いのたけを解放できなくなってしまった私たちを描いているのです。
酩酊を名演、アンサンブル含め素晴らしい役者たちが生み出すドラマ
マッツ・ミケルセンはじめとした親友4人の素晴らしい演技とアンサンブル。
彼らは間違いなく退屈で、愚かで、中年のなんともどうしようもなく魅力のない男どもです。
それが全く見事すぎるほどに。
そして同時に、酒を飲んで解放されたときに見せている解放された自由な人間さ、そこでもまた見えてくる飲みすぎなダメおやじ具合もまた見事すぎる。
実際には飲酒せずに、あの飲酒した時のしゃべりすぎちょっかい出しすぎ感がほんと最高に素晴らしくて、自分にも経験あるからちょっと恥ずかしいくらい。
酒が入ったマーティンが学校の廊下を歩くシーンで、つい気が大きくなってしまって他の先生にちょっと大きめの声とテンションであいさつするじゃないですか。
それだけだったら普通の酔っ払い演技だと思うんです。
でもあの後すぐに、「自分は今酔ってるから静かにしなきゃ」って顔するんですよ。しかもその仕草がまたちょっとオーバーで酒入ってる感がすごいんです。繊細な酔っ払い演技。
実際似キャストはいろいろな酔っぱらいの映像をみてその不可思議だったり突飛な行動を勉強したらしくて、シラフでこんなにしっかりと酔っぱらいを演じられていて素晴らしい。
ふらついて教員ブースを歩き壁にぶつかる滑稽さと、同時にどんどん危うくなる不安さもあったり。
それでもやっぱり死んだような授業が、活発で生き生きしたものになる瞬間とか、学生たちが一つになって本当に美しい歌声を響かせるとか、多幸感にあふれていて。
メガネ坊主のゴールシーンとか、ちょっと涙出るほど感動し興奮しました。
ああいう小さな、それでいて確かな幸せを、どうして普段は感じ取れないんでしょう。
彼らそれぞれのどこかに自分が重なります。
人間関係や仕事をうまくいかせたいのは誰しもそうでしょうし、昔の自分となぜ変わったのかをふと考えてみたり。
ほんの少しの勇気と自信が出せたらいいのに。
酒を入れたときと抜けた時の浮き沈みを、見事な演技のマッツ・ミケルセンと共にしながら映画を眺めていく。
酒を入れてから奥さんとの距離を詰めていき、しかし同時に酒が入ったことで蓋をしていたものも溢れ出てくる。
シラフでやり直しを頼み込むマーティンに、話題をそのまま受けられずに白ワインを飲むアニカ。
こう見ると、やはり人生において何かしらの潤滑剤なのかもしれません。
ただ、トミーの件も描かれます。死を早めること。病気ではない。
ただ、彼には家族があの老犬しかいない。メガネ坊主をまるで息子のように大切に、最後は親友の結婚生活の再生を心から願った。
今作は飲酒の依存症映画とも見れると思います。ターニングポイントで引き下がったり一線を越えたり。一度経験した楽しさを忘れられずに。
ただやっぱり私には人生の讃歌です。
人生のアナザーラウンド。もう一度生きてみよう。
この映画もともとはデンマークにおける若者の飲酒をテーマにしていましたが、映画化に関して協力していた(ホントはマーティンの娘役をやるはずだった)ヴィンターベア監督の娘さんが撮影前に事故死してしまったのです。
そこで、もっと人生について解釈を広げたとか。
若い世代に対するなんとも優しい視線は、監督が娘さんに向けたものだと思います。
青春を謳歌し、酒があってもなくても人生を楽しんでいる彼らは輝かしい。そこでふと思うのは、酒の存在がいつからこんなに必要になったのか。
学生時代、受験の悩みを打ち明けることもできた。でも、大人になると問題ないと言ってしまい、夫婦関係の厳しさを親友に打ち明けるにはワインがいる。
楽しい夜なんていつも過ごせるはずなのに、シラフで楽しむことができなくなってしまった。
私個人はお酒はほとんど飲みません。学生時代はバカをやりましたが、ただ大人になって思うのは、酒が解放するものについてです。悩みとか喜びとか。
マーティンたちの実験はもちろんダウンフォールにも思えます。酒に堕ちていった中年男性たちとも取れるのですが、自分は飛翔ととらえます。
人生のアナザーラウンド。もう一度生きてみよう。
その人生に対する試みこそ、トミーの死に対してのマーティンの答えです。
そしてきっと、ヴィンターベア監督が娘さんの死に対して見出した、悲観せずに人生を謳歌するという答えなのでしょう。
マッツ・ミケルセン本人によるラストダンスは、その音楽”Waht a Life”に乗ってなんとも素晴らしかった。
このばかげた試みに思えるコメディは、なんとも人生の様々なアップダウンを巻き込みながら、人と生きることに対する讃歌となる映画でした。
ということで、今回の感想は以上です。
ヴィンターベア監督もだいぶ丸くなった感じではありますが、しかし豊かさがあって良い感じ。今作はかなりお勧めなのでぜひ劇場でどうぞ。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
それではまた次の映画の感想で。
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