「ナイトメア・アリー」(2021)
作品概要
- 監督:ギレルモ・デル・トロ
- 脚本:ギレルモ・デル・トロ、キム・モーガン
原作:ウィリアム・リンゼイ・グレシャム『ナイトメア・アリー 悪夢小路』 - 製作:J・マイルズ・デイル、ギレルモ・デル・トロ、ブラッドリー・クーパー
- 音楽:ネイサン・ジョンソン
- 撮影:ダン・ローストセン
- 編集:キャメロン・マクラクリン
- 出演:ブラッドリー・クーパー、ルーニー・マーラ、ケイト・ブランシェット、ウィレム・デフォー、ロン・パールマン、トニ・コレット、デヴィッド・ストラザーン、リチャード・ジェンキンス 他
「パンズ・ラビリンス」、「シェイプ・オブ・ウォーター」などのギレルモ・デル・トロ監督が、ウィリアム・リンゼイ・グレシャムによる同名小説を映画化した作品。
見世物カーニバルで読唇術を磨いた男がショー・ビジネスの中で栄光と富を得ようとする中で、大きな闇の中へと落ちていく様をノワール調で描き出していきます。
主演は「アメリカン・スナイパー」などのブラッドリー・クーパー。彼がパートナーとして選ぶ女性を「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」のルーニー・マーラが演じ、また共謀して詐欺を働こうとする精神科医を「キャロル」などのケイト・ブランシェットが演じています。
そのほかに、ウィレム・デフォーやトニ・コレット、リチャード・ジェンキンスなど豪華な俳優陣がそろっています。
この原作小説ですが、1947年にもタイロン・パワー主演にて「悪魔の往く町」として映画化されているんですね。
私はそちらは未見ですが、結構面白そうなので見る機会があればいつか見たいと思います。
さて、こちらの作品もデルトロ新作ともあれば注目は集めるものでしたし、これだけの豪華なキャストというのもまた期待が高まる作品でした。
しかしコロナ感染症の拡大の影響から制作、撮影に遅れが出てしまった作品で、全米では21年の暮れに、日本では22年3月の公開となりました。
アカデミー賞レースには間に合ったようで、作品賞を含めて4部門にノミネートをしています。
私はデルトロ新作も、予告から出てくるノワールもお得意の異形のものへのこだわりもすべてが楽しみな要因でした。(また「キャロル」の二人がまた同じスクリーンで観れるのもちょっと楽しみでした。)
平日ではありましたが公開日に観に行って、やはりデルトロ監督も人気が高いのか結構混んでいました。
~あらすじ~
スタンは自分の家を後にして、放浪の旅に出る。
そこで彼は怪しげな見世物サーカスの集団に出会い、「こいつは人間か、獣か?」と、野獣のような男を見世物にするショーを見る。
スタンは自身もショーマンとして成功したいと思い、このサーカスで下働きから始めることになるのだが、そこでかつて読唇術を使い人気だったピート、占いをショーとしているジーナと働くことになる。
ピートはいまや酒浸りで、読唇術の秘密を記したノートを誰にも見せず危険なものだといっているが、スタンはどうしてもそれが知りたいと願った。
ある間違いからピートが亡くなってしまうと、スタンは彼のノートを参考にして読唇術のショーをはじめ、サーカスで恋に落ちたモリーと一緒にサーカスを抜け大都会へと繰り出した。
そこでも彼のショーは大人気を博し成功をつかむが、ありきっかけから精神科医のリリスと出会い、スタンはさらに大きな儲けを得ようとある計画をはじめる。
感想/レビュー
人間と怪物を見極めるデルトロワールド
ギレルモ・デル・トロ監督とこの小説はそもそも非常に相性がいいものだったと感じました。
まさに彼の手腕に対してうってつけの題材であり、長く続いてきた彼の「人間」と「怪物」の寓話にエピソードを追加する作品になっています。
アカデミー賞作品賞を獲得した2017年の「シェイプ・オブ・ウォーター」。
その中で半魚人という見た目からして異質で怪物とされるものと、見た目こそ人間でありながらその所業は怪物以外の何物でもないストリックランドを対比して見せつつ、非常に美しいロマンスを見せていました。
そこで今作は、スタンを中心としてその異形つまりは外見と中身に関する皮肉に満ちた物語を展開しています。
「こいつは人間なのか、獣なのか?」
この問いがこの作品の根底にあり、絶えず問いかけてくるのです。
明らかに不穏なOPと、繰り返される燃える家のシークエンスが初めからこの作品に影を落としています。
そこで窓際の切り替わりショットが見事ですが、つくのはバスの終着点。つまりどん詰まり。
ダウンフォールから始まる退廃的物語。まさに王道のノワールの空気がたまりません。
ギークショーを根底のテーマに置く
人生の底についたスタンを追いつつも、まず彼が出くわしているのが”ギーク(獣人)”のショーでした。
このサーカス団において、ほかの超人たちと異なっているのがこのギークです。
geekというと今やnerdみたいなオタクという意味あいが強いですが、この40年代では奇妙な化け物のような意味になっています。
ただし、よく見世物小屋で使われるfreakとはちょっと違いますね。
freakは極端な長身や小さな体、何か欠損あるいは過剰な部位があるなど身体的に変わった特徴があるものに対して侮蔑的に使われる言葉です。
ただ、このgeekは身体的特徴は普通の人間と変わりません。
にもかかわらず、鶏を襲い生きたままかぶりつくという行為が、geekを完成させているのです。
なりえるかもしれない怪物性
で、freakと違うgeekをここで使っているのがデルトロ監督らしいテーマですね。
見た目ではなくて行動こそが人と怪物を分けているのだということです。
さらに言えば、このgeekを見ている観客(スタン含めて)はfreakを見た時のような容姿への恐怖を抱いているのではないのです。
むしろ同じ容姿を持ちながらも残虐な本性を持つ、自分へと続く可能性を見て恐怖しているということです。
そんなデルトロ監督の大好物みたいなショーをはじめに持ってくることで、今作のテーマがばっちりと固められます。
女性に込められた被害者の視点
ただし、このノワールにおいて私はフェミニズムもほんのりと感じます。
この作品において唯一完全なるイノセンスを体現しているルーニー・マーラ演じるモリー。
赤の衣装が彼女に印象付けられているように、注目すべき無垢な存在ですね。そういえばシェイプ・オブ・ウォーターでもヒロインは赤が特徴的だったかと思います。
はじめこそスタンとの恋に胸躍る彼女ですが、はじめて親密になるシーンではそのセリフ「同意した相手とは・・・」というあまりに切ない言葉を発しているのです。
そしてせっかくスタンと旅にでても、ただのショーの道具であり愛が消えてしまっています。
さらにファム・ファタールとしてあまりに妖艶で神がかっているケイト様。
彼女はまさに退廃的に主人公を堕としていく役割ではあるものの、体の残酷な傷から被害者としての側面ものぞかせていますし。
リチャード・ジェンキンスが演じているグリンドルは、女性たちを何人も惨殺しているようなことを告白します。
有害な男性性に飲まれていく
虐げられる女性の図は、男性性から逃れようとするスタンによって強められています。
スタンは父を憎み忌み嫌い彼のようにならないことを胸に、成功することに邁進する。
しかしその成功、金や名声こそがすべてであると妄信していく様こそが、有害なマチズモ、男性性であり父に近づくことでもあるのです。
酒を絶対に飲まない彼は、奇しくもその酒がらみで新たな父のような存在ポールを失います。父も酒のみであったので、スタンは酒が大嫌いだったのでしょう。
しかし結局彼も酒に手を出していく。皮肉なものです。
嫌な円環が閉じていく様はその酒などの小道具にも示されます。
一つ、タロットカードの件がありましたね。
正位置ででた吊るされた男(ザ・ハングドマン=忍耐、自己犠牲を示す)をみたスタンは、自らの手でそれを逆さにする。(逆位置のザ・ハングドマン=自分本位、崩壊、望まない現状を示す)
運命ではなく自分の手で悪い方へ持って行ってしまうのがここにも。
シンボルとなるエノクとスタンの関係性もおもしろいところ。
なんともたまらない不気味な造形ですが、この胎児は悪魔か神か、観察者として存在しています。
第3の目のようなこぶを持った、母親の腹の中で暴れ彼女を殺した胎児。同じ欲望によって生まれたが何を間違ったか狂った運命をたどるもの。
エノクは親殺しを象徴しますが、スタンも実の父を殺した男です。
さらにスタンは自身の読唇術のショーで、大きな一つ目の刺繍された目隠しをしているのです。
細部にわたるこだわりぬかれた美術、どことなく異世界に思えるような事務所や屋敷の内装。
あっさりとした登場シーンながらもかなり大きな印象を残すサーカスのお化け屋敷。
そこにさまざまな小道具が畳みかけて、スタンを悪夢へとからめとっていく。
思い返すたびに初めから彼の運命を縛っていたかのように、ただ円の中をぐるぐると歩き回っていただけかのように思える巧妙な要素の配置に、気味悪さと心地よさが同居します。
ここまで悪夢を歩き続けるブラッドリー・クーパーでしたが、ラストシーンの彼の演技は素晴らしい。表情ですね。
行きつく先に絶望したような、歓喜に打ち震えるような。
乾いた笑いをたたえた中に素晴らしく複雑な目をしていて最高のラストカットでした。
なんとも豊かで不気味なルック、俳優陣も素晴らしく(ケイト様は眼の保養です)。
怪物と人間の物語をこうしてまた一つ進めて更新して見せているデル・トロ監督の寓話としても素晴らしい。
今作は第二次世界大戦時を舞台とし、戦争というまさに人間が最も残酷な獣に変貌するものを背景におくことも効果的。
私はかなり楽しめた作品となりました。
みなさんも映画館で不可思議な世界に足を踏み入れ、その悪夢に飲まれてみましょう。
というところで感想はこのくらい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
ではまた。
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