「シェイプ・オブ・ウォーター」(2017)

  • 監督:ギレルモ・デル・トロ
  • 脚本:ギレルモ・デル・トロ、ヴァネッサ・テイラー
  • 原案:ギレルモ・デル・トロ
  • 製作:ギレルモ・デル・トロ、J・マイルズ・デイル
  • 製作総指揮:リズ・セイアー
  • 音楽:アレクサンドラ・デスプラ
  • 撮影:ダン・ローストセン
  • 編集:シドニー・ウォリンスキー
  • プロダクションデザイン:ポール・オースタベリー
  • 美術:ナイジェル・チャーチャー
  • 衣装:ルイス・セケイラ
  • 出演:サリー・ホーキンス、リチャード・ジェンキンス、オクタヴィア・スペンサー、マイケル・シャノン、マイケル・スタールバーグ、ダグ・ジョーンズ 他

「パンズ・ラビリンス」(2006)など、モンスター映画を得意とするギレルモ・デル・トロ監督の最新作。

1954年のクラシックモンスター映画「大アマゾンの半漁人」から着想を得た本作は、その半漁人と女性のラブ・ロマンスであり、またスリラー映画でもあります。

出演には「パディントン2」などのサリー・ホーキンス、「ドリーム」(2016)のオクタヴィア・スペンサー、またマイケル・シャノン、リチャード・ジェンキンスなど。そしてデルトロ映画常連である、ダグ・ジョーンズが、今作の半漁人を演じました。

ヴェネチアでデルトロが金獅子賞をとったところで、注目を浴び、確実に何か映画史を動かすものだとうわさされ、日本でも東京国際映画祭にて上映。

そしてついに本公開された翌週に、アカデミー賞にて作品賞を受賞。デルトロに監督賞、またアレクサンドル・デスプラに作曲賞、美術賞も勝ち取りました。

公開日には行けませんでしたが、アカデミー発表前に鑑賞。

あんまり若い人はいなかったですが、満席に近い状態でした。

あ、一応デルトロなんで描写はストレートです。でもパンズ・ラビリンスとかに比べれば警戒する必要はないですよ。

冷戦の中の1960年代。政府の研究所で清掃係として働くイライザ。

彼女は声帯が傷付いていることにより声を発せず、手話で意思疎通をしている物静かな女性。

友人のゼルダといつものように研究室の清掃をしていると、新しい研究材料が運び込まれてくる。それは見たこともない水中生物であり、イライザはすこしづつ”彼”と接触し、心を通わせていく。

しかし、研究所を仕切るストリックランドは冷酷な男で、彼を虐待しさらには研究成果を上げるために解体し研究しようとするのだった。

これほど純度の高い美しい愛の物語をくれたデル・トロ監督に感謝しかないです。

この作品がくれるものはあまりに多くて、語りきれないと思いますが、たくさんの贈り物の中に必ず自分に響くものがあるんじゃないかなと思います。

今作はデル・トロ監督らしく、過酷な現実とファンタジーを扱っていますが、作中では別世界が出てくるわけではありません。むしろ、この作品世界自体がまるで別世界のようでした。夢の中にいるような。

如実に冷戦をうかがわせつつも、やはり色彩が大きなリードとして世界の統一をしています。

ティールと明言されることもありますが、その緑(翡翠色っぽい)と青、差し込まれる赤などの色合いが見事で、いたるところに散りばめられており、不思議な世界が広がっていました。ルックの部分が非常に美しい作品です。

観ている間、おとぎ話の世界の中へ連れていかれたようなフワフワした感覚になり、そのまま水の中の都を観ているようです。

それをさらに強めていくのは、アレクサンドル・デスプラによる美しい音楽。激しい音楽はなく、また静かで優しい音楽ですが、常に主人公たちに寄り添うようなスコアでとても素晴らしかったと思います。

そんな世界に登場するのは、どこかしら寂しさのある人たち。孤独というのがどこかについていて、それが今作を非常に切ない物語にしつつも、孤独なものが寄り添う様に感動しました。

サリー・ホーキンスの見事な演技はやはり見所です。彼女は声を失った女性であることが、言いたいのに言えないとか、ちゃんと伝わらないもどかしさと辛さをより強めていると思います。

理解されないという点では、リチャード・ジェンキンス演じる隣人のも同じですね。彼はセクシュアリティゆえに孤独になっていますし。

ロシアのスパイであるボブは敵の中に生きつつ、同志たちも信用できず。そしてオクタビア・スペンサー演じるデライラですら、家では無関心の夫がいるだけで孤独なのです。

そして、故郷から無理やり連れてこられてしまった半漁人。彼もたったひとり、世界から孤立しています。ダグ・ジョーンズも台詞なしで、よく彼の心情を表しています。さすがにモンスター歴が長いだけあるw

そんなひとりぼっちの彼らが、互いにひとつの目的のために協力し合うというのは、応援せずにいられないものです。

マイケル・シャノン演じるストリックランドは、上司に「まとも」という言葉を浴びせられます。

「まとも」とは?

声が出せない障害者であるから、まともではない?ゲイだから、スパイだから、まともではないのでしょうか?

そしてなにより、半漁人との恋とはまともではないのでしょうか?

互いのありのままを認知し、”欠けている”とも”まともじゃない”とも感じず、そのままを愛する彼とイライザ。

2人に比べると、自己満足的なセックスをし、人として最低なストリックランドの方がよっぽどまともじゃないです。イライザのあの手話シーンは最高でしたw

オープニングでのナレーションが思い起こされます。

「美しい愛と、それを壊そうとした怪物の物語。」

怪物とは中身を指していたのです。指は欠けているにしろ、見た目は人間であるものと、見た目からして怪物の彼。

本当におぞましい怪物はあいつの方です。

ギレルモ監督はそこで決してイライザに声を与えず、半漁人は半漁人のままにしました。

本質を変えることをしなかったというのが、私としては今作最大の魅力かなと思っています。

声を取り戻してしまっては、イライザではなくなってしまうし、喋ったり人間になったりしては半漁人はもうイライザの愛した半漁人ではありません。

たとえネコを頭から食べてしまうとしても、それが彼の本質。

そこを変えないからこそ、そのままでみんな美しいんだと思えるのです。

だからこそ、この映画はとってもステキ。

そして例えどんな物語であろうと、そのままで美しいはずだという事です。声の無い女性と半漁人の愛がこんなにも美しいのですから。

話として素晴らしく、画面も美しくそして演技も圧倒的。

そしてそれだけでなく、一つ映画史においてジャンルとい概念と呪縛を打ち払った作品。もう、真面目なとかマトモなとか言う映画はなく、ジャンル映画という分離もなくなりました。

好きな題材に最大の愛を注ぎ、美しいものを作り上げる。

その姿勢すら美しいです。

後日談になりますけど、今作がオスカー作品賞で嬉しい。みなさんも是非見てくださいね。

実際言葉足らずと言うか、私では今作の美しさを上手く伝えられませんから、そういった意味でも劇場で自分で体験してほしい作品です。

今回はそんな感じでおしまいです。それでは~

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