「実録 マリウポリの20日間」(2023)
作品解説
- 監督:ミスティスラフ・チェルノフ
- 製作:ミスティスラフ・チェルノフ、ミッチェル・マイズナー、ラニー・アロンソン=ラス ダール・マクラッデン
- 脚本:ミスティスラフ・チェルノフ
- 撮影:ミスティスラフ・チェルノフ
- 編集:ミッチェル・マイズナー:
- 音楽 ジョーダン・ダイクストラ
- スチール撮影:エフゲニー・マロレトカ
2022年に始まったロシアによるウクライナ侵攻から、マリウポリ壊滅までの20日間を追ったドキュメンタリー映画。AP通信の記者ミスティスラフ・チェルノフと彼のチームが現地から発信したニュースや、撮影したマリウポリ市内の戦時下の映像を基に製作されました。
この作品は2024年の第96回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞し、ウクライナ映画史上初のアカデミー賞受賞作品となっています。また、AP通信がこの取材に対してピュリッツァー賞を受賞。
実は日本では2023年にNHK BSの「BS世界のドキュメンタリー」で、「実録 マリウポリの20日間」と題して放映されていて、そのあとで劇場公開されることになりました。
気になった作品ですが、重そうなのでお休みの時に観たいと思いGW連休の中で行ってきました。人の入りはかなり少なめです。ただ私も含めて涙する人がとても多い作品でした。
~あらすじ~
2022年2月、ロシアがウクライナ東部のマリウポリへの侵攻を開始した。この情報をキャッチしたのはAP通信のウクライナ人記者、ミスティスラフ・チェルノフだった。
彼は仲間と共に現地に向かい、ロシア軍による容赦のない攻撃によってマリウポリが断水、食料供給、通信遮断されるなか、市街地が包囲されていく様子を目の当たりにした。
国外メディアが次々と脱出する中、彼らは市内にとどまり、ロシアの残虐行為を記録し、世界に情報を発信し続けた。しかし、状況が悪化するにつれて、取材班も追い詰められていく。
ウクライナ軍の援護を受け、取材班は市内から脱出することになった。マリウポリの滅びと戦争の惨状を世界に伝えるため、チェルノフたちは辛い決断を下し、市民を後にして脱出を試みた。
感想レビュー/考察
現場と私たちを繋いでくれる
戦争を扱っているドキュメンタリーは、これまでにも観たことはありました。「ラッカは静かに虐殺されている」であったり「娘は戦場で生まれた」、「ラジオ・コバニ」など、現地において侵略を受ける方たちの世界への発信はこれまでにも映画がありますね。
現地内部からの撮影という点で今作も同じようなスタイルと思いますが、一方で構成としては外にいる私たちと現地にいて感じるものを直結でつないでくるようになっています。
表面化して私たち外側にいる人が知っているのは、ニュースで取り上げられる映像や紙面に載っている写真です。ウクライナの現状やロシア側の侵略行為は分かっているようで実は見聞にとどまっている。
この作品で魅せられる映像は、私たちのもとに届くニュースのその前に起きていることを明らかにしてくれるのです。
届けられる報道の、それまでの流れを
サッカーをしていたら砲撃されて亡くなった少年、入院中に爆撃を受けて負傷した妊婦。
私たちが見えるのはあくまで最終的に撮影された写真だけですが、今作はそこに至るまでの一部始終が見せられて、その後に実際のニュース映像が出されるという繰り返しが何度もあります。
キャスターにテロップがついた画面を見ているニュースとは異なる意味、物事の背景が刻み込まれとても強く心に残ることになる。
このつくりには一つ、ロシアに対する反論の意味があると言えます。作中で残虐行為の非難があるたびに、ロシアはこれらの映像や写真を、俳優たちを使ったフェイクだと言い放ちます。
しかしこの作品の映像とそこから実際に出たニュースを見れば、ふざけるな。と憤りが強くなるはずです。
現地で一瞬でも現状を伝えようとする人たち
またもう一つここでの効果としては、ニュースが唯一の、現状を知る窓なのだとすると、おおもとにあるこの取材と記録の価値を思い知るということですね。
最後に垣間見ることができるのは、放送時間の枠の中でのショート映像くらいであっても、それを外に出してくれる、現場にいる人がいなくてはその窓は閉じられてしまう。
生々しい映像の連続の中で、やはり無垢な子どもたちや赤ちゃんが巻き込まれていく様が痛ましい。こうして言語化していくとき、言葉で片づけていいのか分からないほどの哀しくつらい映像が流れます。
報道に対する絶望の中に、命の誕生という希望を含ませて
映像を外へ届けていこうというチェルノフの姿勢には感謝と敬意を払いますが、彼が半ば怒りのような、絶望を見せているところも印象にのこりました。
チェルノフさんはこれまでにもクリミア半島の併合などでも活動して来て、国際社会には多くの情報を発信してきたのにもかかわらず、いつも結果は変わらない。
直接的な解決はなされない。そこで自分自身の報道の意味についても考えてしまうところが、とても悲しかった。
ただ、その絶望の状況の中で希望として美しいものも入れています。それは赤ちゃんの誕生の場面です。この救いのないような世界にも、何か前を向けるような要素も入れ込まれています。
監督のインタビューを読むに、とても精神的な過酷さをはらんだ撮影であり、また占領下のマリウポリから送信できたのは実際の記録のうちの40分ほどとのことです。本当は30時間以上の記録があり、ロシア軍から隠して持ち出したそうです。
目を背けてはいけない
このような凄惨な現状を、報道以上に現実味を増す手法で編集した記録。
この作品は痛ましく、映画が終わった後は正直あまりしゃべる気がしませんでした。GWの喧騒や家族連れの姿を見て、ただこの光景にとても美しいものがあって、貴重なのだと思えます。
できることはこの作品を観ること、それは義務なのかもしれません。チェルノフさんが記録しても意味がないじゃないかと思ってしまわないように、こちらはしっかりと目撃して記憶する必要がある。
連休になかなか重苦しい作品ではあったものの、本当に見てよかった映画でした。
感想はここまで。ではまた。
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