作品解説

現代ホラー界で注目を集める存在となったザック・クレッガー。
コメディアン、脚本家、監督、俳優と多才な肩書きを持ちながら、2022年に公開した監督作「バーバリアン」で一気に高い評価を獲得しました。そんな彼が監督・脚本、そして音楽まで手がけた最新ホラー作品。
物語は単純な一人称ではなく、登場人物それぞれの視点が切り替わりながら進行。
アメリカ公開後には、その多層的な語り口と仕掛けられた謎がSNSを中心に大きな議論を呼びました。口コミが熱を帯び、その勢いのままスマッシュヒットになったようです。
キャスト
- ジョシュ・ブローリン
- ジュリア・ガーナー
- オールデン・エアエンライク
- オースティン・エイブラムス
- ベネディクト・ウォン
- エイミー・マディガン
- オースティン・エイブラムス
「アシスタント」に「ロイヤルホテル」などに出演、そして「ファンタスティック4」でメジャー映画にも進出のジュリア・ガーナー、「アベンジャーズ:エンドゲーム」や「DUNE」のジョシュ・ブローリン、「Fair Play/フェアプレー」などのオールデン・エアエンライクらが出演しています。
NETFLIXやユニバーサル他かなりのスタジオが脚本段階で入札に挑んだようで、あらゆるスタジオに断られてしまっていた「バーバリアン」の頃から、監督への期待が大きく変わったようですね。
最終的にはワーナーの元制作、そしてまたNETFLIXなども配給に名乗りを上げつつ、ニューラインシネマが配給を行うことに。
そういう意味では監督作品としては劇場公開されることになったので、公開週末に早速行ってきました。回数がそんなに多くないってこともあってか、朝早い回だったのに結構埋まっていました。
〜あらすじ〜

舞台は静かな郊外の町。水曜日の深夜2時17分、あるクラスの17人の子どもたちが突然ベッドを抜け出し、暗闇の中へ消えてしまう。
理由も目的も不明で、痕跡すらほとんど残されていない。
失踪の疑いは担任教師ガンディに向けられるが、彼自身も事態を理解できず、わずかな手がかりを頼りに真相を追い始める。
しかし、子どもたちの失踪を境に町では奇妙な出来事が次々と発生し、住民たちは不安と混乱に飲み込まれていく。
この集団失踪は偶然か、それとも必然か。静かな町の日常は、ゆっくりと狂気へ崩れ始める。
感想レビュー/考察

「バーバリアン」の延長線にある“社会派ホラー”
ザック・クレッガー監督の「バーバリアン」。配信での公開で鑑賞しましたがホラーの部隊を借りて実際には性差における認識の違いや、アメリカ社会にはびこっている問題を取り扱っていました。
今作も同じように、羅生門形式で同じ事象を町のそれぞれの人たちの視点から展開するストーリーに、込められているのはアメリカの悪夢であったと感じます。
ホラーに潜む“アメリカ社会の病理”
性差別、教育現場における問題、飲酒、ドラッグ、警察の暴力やマイノリティ、銃、家庭問題。
複雑に多くが絡みながらも、どれかに偏りすぎることはなくて、根本の軸としてホラーを入れているので見やすいです。普通にすごいバランス感覚だと思います。
物語はまず少女のナレーションから始まる。ネタバレも全開で行きますので注意してほしいですが、最初のナレーションでは子どもたちがいなくなって、誰も戻らなかった。と語られる。
これは予告でも同じ。しかし厳密には映画の最後には子どもたちは肉体的には帰ってくる。
今作で子どもを探す親の一人である、ジョシュ・ブローリンが演じているアーチャー。彼の息子は見つかりますし。
ただ、エンディングナレーションで言うように今回の事件の影響で精神が傷つき、元通りには戻らなかったという意味でしょうか。
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壊れた大人たちと、壊されていく子どもたち
この子どもたちをめぐる構造というモノがそもそもホラーとしては巧い要素です。
子どもは純粋な存在であるというのは一般的に描かれやすい、それでも童夢とか「イノセンツ」のようにこどもがまさに”武器”にもなりえるような、恐ろしい存在であるというホラーは存在します。
今作はそんな要素も持ち合わせながら、子どもたちの喪失と崩壊から、まさに社会問題とそれによって失われていく国の将来を描いているようにも思えました。
子どもは国の宝、この先の時代を担っていく存在です。
しかし、そんな彼らの周りの大人たちと彼らが作り上げる社会によって、その輝きは曇っていってしまうのです。
はじめはジャスティンの視点で始まり、彼女自身がかなり事に首を突っ込みがちな性格であることが分かります。それに酒飲みで、ポールという警官を呼んで禁酒している彼を誘い、「奥さんはどう?」と問いかけつつ家に呼んでセックスする。
後にも明かされますが、子どものそばにいるのが適しているのかといえば、うなずきにくい女性なのです。
そのうえで、ジャスティンに対する、”子どもに寄り添いたいけど、個別に話したりするだけでも今の時代には問題になってしまう”なんて、校長マーカスの話も、ちょっと刺さってきますね。
そんなに離れて、いったいどうやって子供に寄り添うのかと。でも、ハラスメント、不適切な接触と言われれば教員にはそれを覆せる自衛手段がないのも事実だなと思いました。
フォーカスは、クラスの中で唯一消えなかった少年アレックス。

“銃”という象徴
付きまといすぎるジャスティンも問題ですが、アレックスの謎を追っていく。一方でジャスティンこそなにか知っているんだと、追う追われる構造が展開してアーチャーのチャプターになる。
彼は息子のマシューを探し出すべく、ジャスティンをつけ狙います。ただここでもやはり社会問題が浮かび上がってくる。
アーチャーはマシューの部屋で寝るようになっています。きっと息子がいつ帰ってきても分かるように。
彼が悪夢も見ますが、そこで家の上空に大きなアサルトライフルが浮かび上がり、子どもたちが消えた時間である2:17も刻まれているという光景が映ります。この意味は何か。。。
マシューの部屋の中のポスターにはアサルトライフルを掲げた兵士。銃やその暴力が身近にあるのです。
一方で高校などでの銃乱射事件の想起も感じますし、マシューが武器に変えられたというこの作品のタイトルテーマにもつながっている。非常に多面的にとらえられる演出です。
父と息子の歪な距離
そしてマシューのために必死になるアーチャーは善き父にも思えますが、それにも疑念がわきます。
マシューの幻影がアーチャーに返事もしないところとか、アーチャーが「思っていたのに、一度も愛していると言わなかった。」と泣くところから、アーチャーはマシューにとって良い父親ではなかったとも思える。
きっと厳しく、甘やかさないタイプ。
だからこそ、後半にアレックスのパートになった際、彼を学校でいじめているのがマシューだったと分かる際気分が悪くなる。
どこか父親の暴力の反動から、学校で別の誰かへ暴力の連鎖、つまりいじめをしているのでは?とまで思えてくるからです。

警官ポールの章|暴力、飲酒、そして救えない正義
さらに話は展開し警官ポール。彼は飲酒の問題を抱えている。ジャスティンと同じ。
夫婦関係は冷え切っているし、浮気をする。さらに警官の暴力も。ホームレスのジャンキー青年を過剰に追い回して脅迫し、ドライブレコーダーに映った自分の暴行をもみ消そうともする。
問題だらけの大人ばかり。
ポールのストーリーで巧いなと思ったのは、彼に性差別や男女の認識の違いを込めているところ。これはカントが「バーバリアン」でも描いていたものです。
ジャスティンとポールがパブで会うシーン。ジャスティンがわのチャプターではポールが入ってきてから挨拶して、ゆっくり席について。みたいな感じです。
しかしポール視点で同じシーンが描かれると、店に入るなりジャスティンが立ち上がって彼を迎え大好きって感じで長めのハグをする。
お互いがお互いをどう認識、ともすれば都合よく受け取っているのかが込められています。
またポールに暴行されるジャンキーの青年。
そもそも若者がドラッグに溺れて路上生活していること自体が、国の問題ですが、彼が事件解決のチャンスだったのにそれを信じないポールも問題。
アレックスのパートではもちろんいじめ問題があり、そこで絶妙なジャスティンの距離感も描かれます。たしかにちょっと親密すぎるような感じもあるというか。
アレックスは一番かわいそうな少年です。彼のチャプターではネグレクトとかヤングケアラーの要素も見えます。一人で缶詰をたくさん買って歩く姿は見ていて胸が痛い。

元凶・グラディスの正体と漂う怪異
食い違っていくこの町の人々は、諸悪の根源であるグラディスにたどり着けず。
エイミー・マディガンがかなりの好演で、この不気味な老女を演じています(いろいろとメイクはしていますがエイミー・マディガンが美人なのが透けて見える)。
グラディスのセリフで”労咳”って日本語字幕が出てきますが、調べてみるといわゆる結核のこと。日本で言うと江戸時代から明治時代まで使われた結核の古称だそうです。
ということは、少なくともこのグラディスという女は100年以上生きているのかもしれません。
それこそ、彼女が集めている子どもたちというのも、言うことを聞く武器に仕立てるだけではなく、その精気を吸い取るような意味もあったのか。
気味の悪い老女によりアレックスは両親を奪われ、ジャスティンは汚名を着せられ、アーチャーは子どもを失う。町は混乱に包まれていきますが、グラディスだけが問題ではないのが苦いところ。
終幕は“悲劇か、ブラックジョークか”
クライマックスのカタルシスは、人によってはどう見えるか。ただ、喜劇と悲劇は紙一重というように、終幕のホラーはコメディのようですらあります。
非常に良くまとめられていて、何処へ転がるのか分からないスリリングさのある脚本ながら、ここまで多面的にアメリカ社会の悪夢を詰め込んだというのも素晴らしい。
話題になったというのも分かりますし、これは見た後に様々な解釈を人と話し込みたくなるタイプの作品でした。
ザック・クレッガー監督は社会性をミックスしたホラー作家としてこれからも注目ですね。しかも前作からさらに複数の要素をまとめ上げて見せていますし。
今回の感想はここまで。ではまた。


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