作品解説

2025年公開の「スーパーマン」に続くDCユニバース(DCU)作品として製作されたヒーローアクションです。
主人公はスーパーマンことクラーク・ケントの従妹、スーパーガール/カーラ・ゾー=エル。新生DCユニバースの物語をさらに広げる作品として、若きヒーローの新たな冒険が描かれます。
主人公カーラ・ゾー=エルを演じるのは、ドラマ「ハウス・オブ・ザ・ドラゴン」で注目を集めたオーストラリア出身の俳優ミリー・オールコック。「スーパーマン」から引き続き同役を務めます。
共演には、Netflixドラマ「三体」のイブ・リドリーが異星人の少女ルーシー・メアリー・ノール役、「アクアマン」のジェイソン・モモアが賞金稼ぎロボ役で出演。
製作は、ジェームズ・ガンとピーター・サフラン率いるDCスタジオ。監督には「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」、「クルエラ」のクレイグ・ギレスピーを迎え、脚本はアナ・ノゲイラが担当。
新たなDCユニバースの世界観を受け継ぐ作品として展開されました。
スタッフ
- 監督:クレイグ・ギレスピー
- 製作:ジェームズ・ガン、ピーター・サフラン
- 製作総指揮:ナイジェル・ゴステロウ、シャンタル・ノン・ボ、ラース・P・ウィンザー
- キャラクター創造:ジェリー・シーゲル、ジョー・シャスター
- 脚本:アナ・ノゲイラ
- 撮影:ロブ・ハーディ
- 美術:ニール・ラモント
- 衣装:アンナ・B・シェパード、マイケル・ムーニー
- 編集:タチアナ・S・リーゲル、フレッド・ラスキン
- 音楽:クラウディア・サーン
キャスト
- スーパーガール/カーラ・ゾー=エル:ミリー・オールコック
- クレム:マティアス・スーナールツ
- ルーシー・メアリー・ノール:イブ・リドリー
- デビッド・クラムホルツ
- エミリー・ビーチャム
- スーパーマン/カル=エル/クラーク・ケント:デビッド・コレンスウェット
- ロボ:ジェイソン・モモア
DCがリニューアルしてからの第2作品目。といいながらも、公開前から何やら不穏なバックラッシュがあったりしていました。個人的にはスーパーガールってコミックも読んだことがなく、あまりキャライメージもなかったので、今作は新鮮な気持ちで挑みました。
平日のレイトショーで観ることになったのですが、しかし人がいなさ過ぎてけっこう不安に。。。
〜あらすじ〜

地球を救ったスーパーマンの活躍からしばらく後。故郷クリプトンを失ったカーラ・ゾー=エルは、愛犬クリプトと穏やかな日々を送っていた。
しかし、突如現れた謎の敵クレムの襲撃により、クリプトは命を脅かす毒に侵されてしまう。
愛犬を救うため解毒剤を求めて旅立ったカーラは、クレムに家族を奪われた異星人の少女ルーシー、そして荒くれ者の賞金稼ぎロボと行動を共にすることに。
異なる目的を抱えた仲間たちとの旅は、やがて銀河の命運を左右する壮大な戦いへと発展していく。
感想レビュー/考察

新たなDCユニバース、早くも試練の2作目
昨年のジェームズ・ガン監督による「スーパーマン」から1年。
そちらに登場していた犬のクリプトの、本来の飼い主であるカーラが主役となった作品。
DCはザック・スナイダー筆頭に一度はジャスティス・リーグ含めて大きなユニバースを展開しましたが、予定されていた多くの作品をキャンセルし、新体制で新たなユニバースを始めるということに。
出だしの「スーパーマン」は成功を収めたのですが、2作目の今作は既に結構な先行きの怪しさを示すことになっています。
最近のアメコミ映画やらでは論争とバズがビジネスになるので気にしても仕方ないですが、主演ミリー・オールコックの起用について。
彼女のルックスに関しての批判や、彼女の発言に対する炎上もあったりと、映画公開前からゴタゴタがありました。

ミリー・オールコックが演じた”等身大のカーラ”
あまり詳しくないですが、ドラマ版スーパーガールの主演メリッサ・ブノワ、また「ザ・フラッシュ」でスーパーガールを演じたサッシャ・カジェと比べると、王道可愛いとかクールビューティーとかではなく、少し幼い感じだからということでしょうか。
原作におけるスーパーガールの造形イメージがそこまでクリアではない私からすると、今回目指したのは等身大と言うか。
悩んですさんでしまったカーラ・エルという一人の若い女性の姿かなと。
ミリー・オールコックは言ってしまえば綺麗ではない。それは彼女自身の美しさとかではなくて、作中で綺麗な格好をしないんです。
肌荒れ、すっぴん、着崩した服。
それもそのはず、彼女は社会的なつながりを断ち切り、唯一心を許すのは犬のクリプトという引きこもりニート状態。
いや、むしろ様々な星に繰り出しては大酒を飲んでトレーラーハウス暮らしをしているのでもっとひどい状態です。
そんな女性が、バッチリメイクで綺麗なわけがない。
今作はそんな打ちひしがれて希望を失った女性が、立ち直っていくお話。
個人的には主演どうこうという点では、ミリー・オールコックは好演していたと思います。
最も良かったのは、彼女自身がどこかに幼さを感じさせる点。
ふとした瞬間に、やさぐれた鎧は、崩れ落ちそうな心をなんとか保つために必要なんだと思わせてくれます。
特に、「スーパーマン」ではクラークが自分を見失いそうになったとき、田舎町に暮らす両親の存在が大きかったですよね。
非常に感動的な会話シーンもあり、親という存在が若く悩めるスーパーヒーローに寄り添い、前に進む力を与えていました。
その点でカーラには誰もいない。もしも求められることをして、どこかで躓いてくじけそうになったとき、クリプト以外にいないのです。
ならこれ以上傷つかないように、俗世を捨てるのも無理はありません。

良い核はあるのに、物語全体が噛み合わない
この辺の主軸は良いと思います。問題はそれ以外全部でしょうか。。。
今作はコアにいいものを持っていたと思いますが、その他はどこかで借りてきたような人物と設定と世界観とデザインを全部スクリーンに投げつけています。
どれもが相互的な作用をしていないと思いますし、何も別の何かの物語を完成する機能がない。
なので総合的にはあらゆる面で中途半端で盛り上がらない映画と思います。
『スター・ウォーズ』から『マッドマックス』まで…既視感の連続
世界観は「スター・ウォーズ」的で、カンティーナシーンもあります。そして家族を殺された少女のストーリーには「七人の侍」。
敵が剣を求めていると思いきやよく分からないけど女の子を攫って花嫁にしていて。それはそのまま「マッドマックス 怒りのデス・ロード」からの参照でしょう。
どこかで観た何かを大量に混ぜ合わせても、上手い化学反応は得られていません。
それに各人物の動機づけ、精神の旅としても非常によく分からない。

カーラとルーシーの関係性が最後まで噛み合わない
カーラもルーシーも家族を失った。喪失を抱えた存在として繋げようとしていますが、これがまた掛け違えている。
ルーシーは男性性に全てを奪われました。搾取され支配される女性の図式に、対抗する存在。
でもカーラは別に有害な男性社会に何かされたわけではない。彼女は星の運命の結構として両親を、故郷を失ったのです。
だから繋がりが微妙。
そこでなんでカーラがあそこまでして、ルーシーを人殺しにしないようにするのかも分かりません。人物感の感情的な繋がりがどこにもあまりない。
それはもはや楽しそうではあるけれど、ただ画面に出てきているだけの、ジェイソン・モモア演じるロボにも言えます。
マジでその場にいるだけですよね。
スーパーガールは何を象徴するヒーローだったのか
化学反応がない上に、どこかで観たものの寄せ集めになり。アクション面においてもそこまで目新しいものは感じず。
奪われていく女性たちのために立ち上がるヒーローとしての物語ということであれば、そこそこのお話です。
しかしタイトルの”スーパーガール”というのは何を象徴するヒーローなのかという映画として考えるとやや不透明です。
様々な面で不評を得ている作品ですが、盛り上がっている面とは別に単純に映画としてのクオリティ特にナラティブの曖昧さが残念な作品でした。
スーパーマンのほうの続編も撮影していますが、せっかく刷新したDC映画もさっそく不穏な空気になっています。
今回の感想はここまで。ではまた。


コメント