「アイ、トーニャ 史上最大のスキャンダル」(2017)
作品解説
- 監督:クレイグ・ギレスピー
- 脚本:スティーヴン・ロジャース
- 製作:スティーヴン・ロジャース、マーゴット・ロビー、トム・アッカリー、ブライアン・アンケレス
- 音楽:ジェフ・ルッソ
- 撮影:ニコラス・カラカトサニス
- 編集:タチアナ・S・リーゲル
- プロダクションデザイン:ジェイド・ヒーリー
- 衣装:ジェニファー・ジョンソン
- 出演:マーゴット・ロビー、セバスチャン・スタン、アリソン・ジャネイ、ジュリアンヌ・ニコルソン、ポール・ウォルター・ハウザー 他
アメリカ人女子フィギュアスケーターとして史上初めてトリプルアクセルを成功させたトーニャ・ハーディングの半生を、「ラースとその彼女」のクレイグ・ギレスピー監督が描いた伝記映画。
トーニャ・ハーディングを演じるのは、「スーサイド・スクワッド」(2016)のマーゴット・ロビー。また彼女の夫を「キャプテン・アメリカ」シリーズのセバスチャン・スタン、そして母を「ガール・オン・ザ・トレイン」(2016)などのアリソン・ジャネイが演じております。
マーゴット・ロビーは今作でアカデミー賞ノミネート。そしてアリソン・ジャネイが見事助演女優賞を獲得しています。
実は私は、今作までナンシー・ケリガン襲撃事件を知りませんでした。なのでトーニャの印象とか当時の報道とか全く分からない真っ白な状態で鑑賞です。
GW中でしたので、結構混んでいましたね。そしてちょっと久しぶりのTOHOシャンテ。個人的には日比谷よりシャンテが好きw
~あらすじ~
1994年の全米フィギュアスケート選手権。リレハンメルオリンピックの予選でもあるこの重要な大海で、ナンシー・ケリガン襲撃事件が発生する。
容疑は、同じくフィギュアスケーターで、ライバルでもあったトーニャ・ハーディングにかけられる。彼女は1991年にアメリカ人初のトリプルアクセルの成功者として輝かしい成績を残していたが、この事件でキャリアは一転する。
そんな事件の当事者たちに、それぞれインタビューをし、それぞれの視点からトーニャの人生とこの襲撃事件について語ってもらうことになる。
感想レビュー/考察
伝記映画としてのスゴさの前に、ひとつスポーツ映画としても楽しいと言っておきます。
スケートシーンが圧巻です。
マーゴット・ロビー自身と、ボディダブル、そして今回は3DスキャンによるCGを組み合わせて作られたアイススケートシーンは、まるでアクション映画のようです。
まるでボクシングのリングに上がるかのように闘志むき出しのトーニャも相まって、美しいだけでなく、熱くスリリングなスケートシーンになっていますので、そこも良いポイントでした。
臨場感あるリングでの撮影は、ニコラス・カラカトサニス。お見事でした。
それでは役者のお話を。
本作でアカデミー賞助演女優賞を獲得した、アリソン・ジャネイの母親はまあでてくる度にシーンを支配してしまうような迫力があります。
力強さという面では納得の上に、彼女の核心を掴ませないような、観客や他の人物を翻弄する楽しさ、驚きもあって大変な見所であります。
それは十二分に証明されていますので、個人的には「スリー・ビルボード」(2017)のフランシス・マクドーマンドに負けず劣らずなマーゴット・ロビーの演技を推したいところです。
主演女優賞を逃してしまったのは悔しいですけど、彼女が見せつけたトーニャ・ハーディンングが素晴らしいことに変わりはありません。
美貌を一切消し去って、実にわがままでふてくされて、しかし承認欲求ゆえに可愛そうにも、時に無邪気にも見えるトーニャを様々な面で演じ分けていたと思います。
感情に正直でそれがすぐに態度に出るのに、一貫した一人の女性としてまとめあげている。
一番スゴいと思うのは、一般に抱かれるイメージに対して、この作品を見終わる頃には、観客をトーニャ・ハーディンングのいわばファンにしてしまうところです。
人物は正直いって底辺のバカとクズだらけです。少なくともそう見えますし、事実なのかもしれません。ショーンはとりわけ面白すぎるw
伝えられること。映し出されること。
こういった行為には必ずその動作主の感情や意識が入ってしまうと言われますね。真に事実や人物を切り取ることはできないと。
今作はそれを巧く利用して、また革新的で大胆な伝記映画に仕上がっていました。
そもそも作りとして、これはこの映画を製作した者の視点に、このトーニャ含めた複数の登場人物それぞれの視点を加えて、それぞれが1つのエピソードを語るという形をとっています。
そしてインタビュー方式ですから、観客に話しかけるわけですし、また過去の映像としても、その中でさらに第四の壁を破ってこちらに話しかけたり、1つの出来事に対して異なる視点によるシーンが流されたりします。
つまり、大まかなストーリーラインはあれど、細部に関しては各主張が異なり、したがって人物によって事実も異なるのです。
実際細かい部分に関しては、誰を信じて見ていけば良いかは分かりません。
しかし私としてはそれがスゴく重要だと思うのです。
トーニャ・ハーディンングは無実か。悪人か。
観客や当時のマスコミ含め国民がその答えを探します。
でもさっき書いたように、人によって事実がその人間の数だけあるわけで、どれが本当なんて明確に分かるわけがないんです。
ではなぜ答えを求めるのか?
私はそれが”人や事実を映すことによる消費行動”だからだと思いました。
今作が見せているのは、人に役を与えそれを消費する社会です。
トーニャ・ハーディンングには、貧困層、嫌われ者、壊れた家庭、そして襲撃者という役が与えられます。
いかに彼女が努力しようと、かわいい衣装を用意しようと、そのレッテルは剥がれません。
なぜなら、彼女以外の人間は彼女には前述の役しか与えたくないのです。
フィギュアスケート協会の人間が言う、”君は我々のイメージとは違う”はそういう意味でも受け取れると思います。
ある意味与えられた役から抜け出そうとしつつかえって役を演じきってしまったトーニャ。人々、社会はそれを消費する。
そして終わったら次の消費へと移るだけ。それがアメリカです。
そして今作を見ながらトーニャの人生を観客も消費します。同情しようが、敵意を向けようが、それすらもまた個人の消費でしかないのです。
そんな観客にトーニャが「あんたたちが私を苦しめてるの。あんたちよ。」と画面を通して投げ掛ける瞬間に、私は罪深い感覚にすらなりました。
クレイグ・ギレスビー監督は軽快なテンポとおもしろい手法で、人の人生の真実を求めるという危険な行為を語ります。
もちろんトーニャ・ハーディンングという、もがき続けたヴィラン的な女性をしっかりと伝えつつも、同時に観客が持った印象すら、個人の勝手な事実だと突き放す。
誰が何と言おうが、トーニャはトーニャ。
私は、私がトーニャなんだよ。文句あっかコラ!って感じです。
斬新な手法のなかには、人の抱える環境や、レッテルとそれに囚われず存在する自己の肯定、社会問題すら透けてきて、またひとつとんでもない伝記映画が誕生したと感じました。
氷の磨り減る音、画面一杯に映るマーゴット・ロビーの迫力と繊細さを見る意味で、劇場で観てほしい作品です。
私としては本当におもしろい伝記映画に出会えて嬉しかった1本です。これは今年のベストに来ると思います。
今回は感想はこのくらいで終わりです。
最近伝記映画がおもしろいので、見逃しちゃったものも含めもっとたくさん観に行くようにします。それでは~
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