「ヒットマン」(2024)
作品解説
- 監督:リチャード・リンクレイター
- 製作:マイク・ブリザード、リチャード・リンクレイター、グレン・パウエル、ジェイソン・ベイトマン、マイケル・コスティガン
- 製作総指揮:スチュアート・フォード、ザック・ギャレット、ミゲル・A・パロス・Jr.、シバニ・ラワット、ジュリー・ゴールドスタイン、ビッキー・パテル、スティーブ・バーネット、アラン・パウエル、ジョン・スロス、スコット・ブラウン、ミーガン・クレイト
- 原作:スキップ・ホランズワース
- 脚本:リチャード・リンクレイター、グレン・パウエル
- 撮影:シェーン・F・ケリー
- 美術:ブルース・カーティス
- 衣装:ジュリアナ・ホフパワー
- 編集:サンドラ・エイデアー
- 音楽:グレアム・レイノルズ
- 出演:グレン・パウエル、アドリア・アルホナ、オースティン・アメリオ 他
「6才のボクが、大人になるまで。」のリチャード・リンクレイター監督によるクライムコメディ。警察のおとり捜査に協力し、偽の殺し屋を演じていた大学教授が、殺しを依頼してきた女性と恋に落ち、運命が狂い始める。
この作品は1990年代に実際に偽の殺し屋として捜査に関わった人物の実話をもとにしており、「トップガン マーヴェリック」や「ツイスターズ」などの注目俳優グレン・パウエルが主演と共に脚本も担当。
恋に落ちる相手のマディソン役は「モービウス」のアドリア・アルホナ。海外ではNETFLIXでの配信公開がメインのようですが、劇場での公開もされ、日本でも観ることができました。
公開週末に早速映画館へ行ってきましたが、結構人が入っていました。日本でも少なくとも映画界隈でグレン・パウエルはすでに売れっ子のようですね。
~あらすじ~
ニューオーリンズで2匹の猫と静かに暮らしているゲイリー・ジョンソンは、大学で心理学と哲学を教える一方、地元警察の技術スタッフとしても協力していた。
ある日、おとり捜査で殺し屋役を務める予定だった警官が急に職務停止となり、代わりにゲイリーがその役を引き受けることに。
多彩な人格や姿に見事に変身する才能を発揮した彼は、その後も警察の捜査において偽の殺し屋として協力を続けた。
そんな中、マディソンという女性が夫の殺害を依頼してきた。殺し屋ロンとしていつものように彼女が殺しの依頼をする決定的な瞬間を待つゲイリー。
しかし支配的な夫に苦しめられ、精神的に追い詰められている彼女に同情し、依頼を止めてすぐ夫から離れるように説得するのだった。
そして後日偶然にもマディソンと再会したゲイリー。ロンとして振舞いながら、マディソンと互いに惹かれあい恋に落ち、幸せな日々を過ごし始める。
感想レビュー/考察
半分くらいは創作になっている、実際のお話
実話に着想を得た話。主人公のゲイリー・ジョンソンはもちろん、実際に今作で出てくる殺人の依頼主たちや、ケースはけっこう忠実に紹介されているようです。
また、主軸になるマディソンとの話も。事実では、マディソンの境遇は同じで、彼氏にひどい暴力と支配を受けていたそうです。映画での通り、ゲイリーは彼女を捕まえるのではなく、依頼を止めさせたとか。
そして本当に彼女の助けになるということで、社会福祉局に連絡し、彼女の保護を任せたようです。なので、マディソンとの再会や恋愛についてはフィクションになっています。
半分くらいと設定は実話から借りてきていて、残りがリンクレイター監督とグレン・パウエルで脚本を書いたのですね。
実際のゲイリーの話は、テキサス・マンスリーの2001年の記事にあります。今も読むことができるので映画ではあるのですがご参考までに。
ちなみに出てきた殺しの依頼主の中で、えいがでも面白かった金持ちの少年ですが、IQが160以上ある天才児だったそうです。クラスの好きな女の子を狙っている別の男子を殺してほしいと頼んできたとか。
報酬がゲームソフトと小銭という、IQの高さが活かされていないおもしろいケースです。
ちょっと間抜けな依頼主たちと、変幻自在のグレン・パウエル
そんな依頼主みたいなのがほとんどの今作。
コメディなので、実際に裏社会の話とかヤバい犯罪組織は出てきません。そういった界隈には、すでにお抱えの殺し屋がいたり、殺し屋なんて必要ないほど、各自が殺人をしていそうですしね。
ゲイリーが出会う人たちのように、殺し屋に依頼するのは結婚相手を憎んでいる人とか、ビジネスパートナーが邪魔になった人とか、結構普通の人たち。
だから、ちょっと滑稽で、彼らを眺めているだけでもおもしろい。そこに加えて今作ではグレン・パウエルのカメレオンっぷりとして様々な殺し屋を演じているネタも入っています。
演技の中の演技がとても多い作品です。私はそれだけでもう好きな部類に入るのです。
「アメリカン・サイコ」風のオールバックシリアルキラーから、ロシアから来た刺客、そしてテキサスの血の濃い荒くれ。様々なコスチュームと人格を纏って見せていくグレン・パウエルが見れますね。
自分を探して見つけていく
こんなことを繰り返していくからこそ、ゲイリーは自分自身がゲイリーなのか、それとも殺し屋のロンなのか分からなくなる。
元妻との会話にもありましたが、誰かを演じていくことでその誰かが自分の中で混ざり合い、時間をかけて新しい自分になること。
ゲイリーのほうにもロンが現れると、周囲の同僚や大学の学生からのリアクションが変わっていきます。
仕事などを経験していくことで人格が変化するというのは、皆さんも経験はあると思いますが、コメディ風味と、マディソンに嘘をついているというちょっぴりとした罪悪感も絡めて楽しく観ていけます。
盛り上がりどころの一つとして、マディソンの夫殺しの容疑の調査にゲイリーが駆り出され、スマホ画面には「警察が聴いている。無実を通して、僕を追い出せ。」と表示しておき、二人で演技してうまく切り抜けるシーンがあります。
グレン・パウエルはゲイリーという捜査官がロンという殺し屋のふりをしてマディソンに話しかけつつ、さらにそこで身体と言葉で違うメッセージを出して警察をだます演技をする。
何層にも重なった演技レイヤーが見事で、すごくいいシーンでした。
終幕のたたみ方は精神の葛藤が不足し、倫理的な居心地の悪さがある
さて、終幕に向かうところで気になるのが、今作の着想の限界。やはりコメディの中でもスリリングな展開を用意するので、最終的にはまた山場があります。
ただ、心理的な葛藤面があまりに放置されてしまった気がするのです。例えば、そもそもゲイリーがロンを演じていき、マディソンに嘘をついたままに関係を深めていくところ。
マディソンはロンを信頼し、かなりを打ち明けてくれるのですが、そこにゲイリーの嘘があるというのは葛藤になるはず。しかし正体を明かしてからあまりドラマが展開しない。
そして最終的には、マディソンは元夫を殺してしまうし、二人の関係を怪しんだジャスパーに追い詰められた際、彼も殺してしまう。いくら何でも、このように殺人を犯していて、(しかも相手は極悪人ってわけでもない)二人で切り抜けてハッピーエンドと言われても、倫理観を疑います。
これはあまりにすっきりしないし、後味が悪い。少なくともテーマや題材、途中までの楽しさは確実なものですが、たたみ方でうまくいっていないと思う作品でした。
今回の感想はここまで。ではまた。
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