「ニトラム/NITRAM」”Nitram”(2021)

「ニトラム/NITRAM」(2021)

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作品概要

  • 監督:ジャスティン・カーゼル
  • 脚本:ショーン・グラント
  • 製作:ニック・バッツィアス、ヴァージニア・ウィットウェル、ジャスティン・カーゼル、ショーン・グラント
  • 製作総指揮:ニック・フォワード、ポール・ウィーガンド、アンソニー・ラパーリア、アリス・バビッジ
  • 音楽:ジェド・カーゼル
  • 撮影:ジャーメイン・マクミッキング
  • 編集:ニック・フェントン
  • 出演:ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、エッシー・デイヴィス、ジュディ・デイヴィス、アンソニー・ラパーリア 他

「トゥルー・ヒストリー・オブ・ケリー・ギャング」のジャスティン・カーゼル監督が、1996年のタスマニア島ポート・アーサーで起きた無差別銃乱射事件を題材に、その犯人の生い立ちを絡め描いたクライムドラマ。

主演は「スリー・ビルボード」などのケイレブ・ランドリー・ジョーンズ。

母親役にはジュディ・デイヴィス、父親役にはアンソニー・ラパーリア。

また主人公が出会う裕福な女性を「ベイビーティース」などのエッシー・デイヴィスが演じています。

これまでにもジャスティン・カーゼル監督は出身地であるオーストラリアにまつわる歴史の中で独特のアプローチと洞察を入れてきた方。

2011年の「スノータウン」ではスノータウン12人猟奇殺人事件とそこに巻き込まれていった少年について映画化しています。

実際の事件については記憶があるようなないようなといった程度。

それでもこの作品が巻き起こした衝撃と余波についてはいたるところに出ています。

本国、タスマニアでは上映がほぼされていないことや出資もなくまた懸念がはっきりと示されたこと。

今作はカンヌ国際映画祭にて上映。そこでかなりの今日評を受け、主演を務めたケイレブ・ランドリー・ジョーンズは見事主演男優賞を獲得しました。

日本公開はちょっとかかりましたが3月に無事公開。

実は観に行こうとしていながらも時間が合わずに放置していて、滑り込むように平日の夜の回で鑑賞してきました。

公開から数週間たっていることと夜の回ということでしたが、割と人は入っていました。

「ニトラム/NITRAM」公式サイトはこちら

~あらすじ~

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オーストラリアのタスマニア島。

学校を出てから職にも就かず家で両親と過ごしている青年。

彼は花火で危険な遊びをし、騒音を隣人に注意されさらに学校教師からは子どもに近づかないようにと警告を受ける。

甘やかす父はいつも息子の味方をし、一方で母は厳しい目を向けているせいか、過程状況は円満とは言えなかった。

青年は友人も出来ず周囲から孤立し続けていたが、ある時裕福な元俳優の女性ヘレンと出会う。

彼女は青年に新しい服や車を与え、ついに青年は家を飛び出してヘレンの豪邸で済み始めた。

二人の仲は深まるのだったが、ある悲劇からヘレンが他界。

彼女の遺産だけが残った青年はさらに荒んでいく。

感想/レビュー

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1966年のタスマニア島ポート・アーサーでの銃撃事件。

35名もの死者と15名以上の負傷者をだしたその凄惨な事件を映画化する。

この事件についてはwikipediaもあり詳細は調べればいくらでも出てはきますが、まずはこうした銃乱射事件というものが映画にて描かれていくこと自体を考えました。

銃乱射事件を映画にすること

今作は珍しい題材では決してなく、銃乱射事件を題材にした映画作品は数多ありますね。

私の記憶に刻まれるのはエリック・ポッペ監督の体感型ワンカット作品「ウトヤ島、7月22日」、その他にもドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の「静かなる叫び」もあります。

何にしてもその凄惨さというものが強調されますが、しかし同時にすべては社会的なシステムの不具合にあったり思想的な問題があるかと思います。

ここに議題を定義するわけです。

センシティブな物語であるために、映画としてのエンタメ性を強めるというのは主張に反してしまい敬意に欠くことで、しかし劇映画としてドキュメンタリーとは一線を画す必要もある。

そんな中で私は今作を観ていて、ジャスティン・カーゼル監督は類まれなバランス感覚で完璧な銃乱射事件を題材とした映画を作り上げてしまったと感じました。

こういう物語であるからこそ、視点を持つ話に感情揺さぶる力があるからこそ、残酷な事実をもう一度映画としてスクリーンに映す必要があるのだと。

個でありながら普遍に存在する問題をあぶりだす

ただ圧倒されます。

それは独りの青年のドラマとして、ゆがみきった環境やヴィランの誕生を描き、過程を大切に描くこと。

同時にドラマを見せつつも、この完全に名前を伏せられたにニトラム(NITRAM→逆から読むとMARTIN=マーティン・ブライアント)に寄り添うようにしかし嫌悪するような感覚を与えてきます。

その物語を追っていくことは確かに個別のケースを見せていますが、母や父はただママ、パパと呼ばれているだけ。

固有名詞が取り払われている。

そして今作では直接的な銃撃シーンはない。過程と結果だけがある。

エンタメならば恐ろしいこの無差別殺人シーンこそをクライマックスとしてもおかしくないところ、カーゼル監督は全く見せないのです。

何が起きているのか。

それは個別のケースをここまでも緻密で詳細な描写とプロセスの紹介で描きながらも普遍的なシステムの不具合について触れているということです。

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全てにおいて不穏で居心地が悪い

OPにがっしりとホールドを決めてくる今作。

花火で遊んだことでやけどを負った少年に対する病院でのインタビューで「もう懲りた?花火では遊ばない?」という質問者に対して「いいや、また遊ぶ。」と答える少年。(これは実際のマーティン・ブライアントの映像らしいです。)

非常に不穏な始まりからすぐに、周囲の社会と明らかになじめないニトラムが登場します。

花火を庭で打ち上げまくり隣人から怒鳴られているところから始まり、それを保護する両親のリアクションからゆがみ切った家庭が見えてくる。

母は厳しく否定的であり父親は盲目的とすら言っていいほどに甘やかし愛する。

居心地が悪すぎる食卓シーンから、ニトラムの無軌道に思える行為。

彼の孤独がまざまざと見せつけられ、どんどんと目の前に積まれていく世界から外れた姿に不憫だとすら思います。

なれなかったニトラムの姿であるようなサーファー。完璧なゴールデンボーイ。

サーフィンの件は母親からの否定も酷です。サーフボードを見つめる息子に、試すまでもなく”あなたにはできない。向いていない。”と切り捨ててしまう。

興味、熱意を否定された異常者はヒトラーも共通していますね。

母の支配欲のような在り方と対比して、父の歪んだ愛情も不穏。

ニトラムを放り出せない。どことなく彼に怯え、機嫌を取ることで事勿れをはかっているように見えました。

ヘレンの「サンセット大通り」みたいな危うさも含めて、環境としてもロクなものじゃないですね。

二人のジュディがそれぞれに曲がった母親像を展開していて、ニトラムへの不快さと彼らによる不穏さが観ていて辛い。

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愛されることを欲しながら、愛されない

そして何よりも、各方面から絶賛されるのも納得のケイレブ・ランドリー・ジョーンズの演技です。

センターにありながら惹きつけつつ突き放す。同情させながらやはりその行動には嫌悪せざるを得ない絶妙な距離を取ってきます。

癇癪を起こす子どものような様には発達障害も感じられますが、愛情を欲する姿には哀れさもそしてこちらとの繋がりも覚えてしまいます。

誰しも愛されたいと思うものです。

どう扱えばいいのか分からない。

父が来るまで言ったセリフのまま、心を乱し胃を締め付けてくる。どこかで幸せになってほしいとも願いつつ、何もせず消えろとも思う。

そんな素晴らしすぎるケイレブ・ランドリー・ジョーンズに感服します。

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あまりに狭く塞ぎ込む世界を捉える広角カメラでの天井あたりからの俯瞰。

色数はあれど鮮やかでない世界の画面色彩。

繰り返し映る海岸線へと続く道路、そして海岸と公園の俯瞰ショットがほんと不気味。

道路のカーブのうねりが歪んだ世界そのもののようで、そして波打つ海岸の波紋はめまいを引き起こすような気味の悪さがあります。

ジェド・カーゼルの音楽も素晴らしいものです。

なぜできないのか。なぜいないのか。なぜなれないのか

負と否定が重なる丁寧に積まれるレイヤー。

続いていく道を見ると、もちろんこの悪に対して忌々しい存在だとは思います。銃に固執する姿や父を殴りつける様には反吐が出ます。

ただ連続殺人犯の裏側、そこに至るプロセスだけを詰めた作品ではないと思うのです。

カーゼル監督が真の悪として見せるのは銃社会である気がします。

ありふれた銃。

購入についてのあまりにずさんな管理や登録、申請のシステム。

事件に使用された銃器の細かい説明を受けていく販売店でのシーンに、なんと言えばいいのでしょうか。

殺傷力のある武器がこんなにも簡単に扱われていいのか。

ニトラムは確かに危険さを持つ存在です。ただ彼自身がそのままイコールで大量殺人者にはならない気がします。

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個人に秘める暴力を具現化する銃社会

ここに橋をかけたのは、他でもなく銃社会でしょう。

この惨劇を生み出したのは、医療的に福祉的に、学校や社会面でのケアを欠いたシステムなのかもしれません。

もっとも恐ろしいクライマックスはクレジット直前に訪れます。

この1996年以降の銃規制法例が遵守されていないこと。

そしてこの当時より今のほうができました国内に所有されている銃器がはるかに増えているということです。

悪や暴力性が丁寧に解剖され層として見たとき、具現化する繋ぎが何だったのかが現れる。

ジャスティン・カーゼル監督はそれを丁寧な解剖から明らかにしたのです。

二度とは観たくないと思いますが、一度は観てほしい作品です。

実在の犯罪者にフォーカスしつつ、悪把握としながらも寄り添わせ、決して犠牲者に配慮を欠くこともなく。中間に存在する本当の巨悪をさらす。

こうしたアプローチがあるから、たとえ触れたくなくても映画というものが事件を扱う意義があると再認識できました。

かなりお勧めの作品。できれば劇場で鑑賞を。

というところで今回の感想は以上です。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

ではまた。

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