「ハドソン川の奇跡」(2016)
- 監督:クリント・イーストウッド
- 脚本:トッド・コマーニキ
- 原作:チェズレイ・サレンバーガー、ジェフリー・ザスロー ”Highest Duty”
- 製作:クリント・イーストウッド、フランク・マーシャル、アリン・スチュワート、ティム・ムーア
- 製作総指揮:キップ・ネルソン、ブルース・バーマン
- 音楽:クリスチャン・ジェイコブ、ザ・ティアニー・サットン・バンド
- 撮影:トム・スターン
- 編集:ブル・マーレイ
- プロダクションデザイン:ジェームズ・J・ムラカミ
- 美術:ライアン・ヘック
- 衣装:デボラ・ホッパー
- 出演:トム・ハンクス、アーロン・エッカート、ローラ・リニー 他
「アメリカン・スナイパー」(2014)で英雄と称される実在の人物を描いたクリント・イーストウッド監督が、再びアメリカに実在する英雄の物語を映画化。
題材は2009年USエアウェイズ1549便不時着水事故。
ハドソン川への不時着水をしながら、搭乗客全員が生還したあの事件。英雄と言われる機長のサレンバーガーをトム・ハンクスが演じます。
イーストウッド監督とトム・ハンクスはなんと今回が初タッグ。意外に関わったことがなかったんですね。
撮影には実際にあの事件にかかわった航空関連やマスコミ、警察の方が本人として出演。事実を突き詰める形のスタイルでした。
ALEXA IMAX® 65mmというIMAXカメラで撮影している?らしいのでとりあえずIMAXで鑑賞。
まあアス比がとか、トリミングがとか、まったくわからんのですがねw
公開日ということで人多め。かなり席は埋まっていましたね。
アニメ2つがかなり幅を利かせていたのですが、 意外にも観に来た人が多かった。年層は平均すると高いですが、30代から学生の人もいました。イーストウッド監督最新作ですから、みなさん観ましょうよ。
2009年1月15日、ニューヨークのマンハッタン上空で、USエアウェイズ1549便がバードストライクにより両翼エンジンを喪失。
機長のサレンバーガーは空中で厳しい決断を迫られ、近くのハドソン川に不時着水することになる。機体の損壊を回避し、さらには乗客乗員全員が生還するというこの事故で、サレンバーガー”サリー”は英雄と称えられた。
しかし、国家運輸安全委員会(NTSB)はこの件に関し詳細な調査を始める。サリーは機をガーディアもしくはテターボロ空港へ着陸させることもできた可能性があると考えていたのだ。
もしそれが可能であったならば、サリーは乗客を必要のない危険にさらしたことになる。
208秒。エンジン停止から着水までのその時間。その間の判断がサリーの42年の航空経験すべてを決めることになる。
原題は「サリー」、機長の愛称です。邦題は「ハドソン川の奇跡」と、こちらはニューヨーク州知事の言葉のままになっています。まあどちらも良いことでありますね。
作品をあえて個人名にしたのには、この一人の人間、まさに人的要因を注視させるためかと思いました。
上映時間96分。イーストウッド監督史上最も短い作品です。そもそも離陸から着水までが短く、救助も24分程で終えているので、映画として伸ばすのは難しい物でしょう。
今回は時系列を織り交ぜつつ回想を挟みながら進みますが、緊張の着水までをうまい具合に切りつつ見せてくるのでしつこさや飽きは無かったです。
最終場面へのきっかけはこの回想から流れ始めるようになっていますしね。
テキパキと速めの流れを作る編集のブル・マーレイには好感を持ちました。
撮影はトム・スターン。今回はサリーに注目または彼の外界との心の距離なんかを映していたように思えます。
クローズアップも多く、副操縦士のジェフと話す外でのシーンやインタビューなどは、やけに被写界深度が浅く周りがぼやけています。孤独な様子が伝えられていると思います。
また妻との会話シーンでのズームも面白く、彼が初めて自分に疑問を投げかけるときにはアウトし、それでも自分がしたことは正しいと思い直すところで再びインしていましたね。
もし間違っていたらと口にするところではモロに顔半分が陰で覆われたりと、対外関係や心情表現に即したカメラだったと思えました。
臨場感もやはり素晴らしいものです。音響もとても良い。
「アメリカン・スナイパー」では方向感覚も狂うほどの銃声と弾が空を切る音などの怖さがありましたが、今作での離陸から事故そして着水までの迫力と緊張と言ったら。
これは単に技術的な、CGとかだけではないと思います。もちろん実際にハドソン川でロケをし、さらに飛行機も本物を使い撮影したことは現実の質感を大いに高めていると思いますが、それ以上に演出も良いのだと思いました。
今作は機長の物語でありながら、しっかりすべての背景、人という魂を持った存在がそこにいることを見せているんです。
管制塔、警察や観光ヘリの人。乗客や乗員たち。それぞれに過剰でなく、簡潔に背景をうかがえる部分が与えられています。
私は絶妙なドラマ化というのが本当にうまくできているなと感心してしまいました。パニック映画になりそうで、そうはせず、乗客が問題を起こすとか何か乗員がミスをするとか、そういったドラマ化はしないのです。
言葉の背景に、何気ない描写にこそ人間らしさがちりばめられています。
その感覚は余計に生死を意識し、観客に地続きの緊張を味あわせているのだと感じました。
「ここ数年はニューヨークで良い知らせはなかった。特に飛行機関はね。」
「復帰させてもらえないと住宅ローンが厳しいの。」
ちょっとした言葉ににじむのはアメリカの苦しい現実と傷跡。
サリーは英雄視されることを苦手に、イーストウッドが演じたキャラハン刑事のように周囲の反応に困っています。やるべき仕事をしただけ。それなのに称賛したり批判したり。
イーストウッド監督は常に英雄の不在や欺瞞を描いてきたように思えます。英雄なんてのはただのでっち上げである。今作のサリーもその祭り上げに嫌気を見せています。
英雄なんてものはいない、そこには着実な手腕と積み重ねた経験をもったプロがいただけ。そしてサリーが休憩中に言うように、まさしくチームワークだった。
機長、副操縦士、乗員に乗客たち。みな冷静です。そして管制塔も観光ヘリも、沿岸警備隊も。皆がプロとして仕事をした。
その結果がこの生還、そう考えればなんら英雄談でも奇跡でもないわけですね。サリーたちを見れば当たり前のように分かることです。
避難指示をしながら、老人のケアに気を配り、さらに寒い外のために毛布や防寒着を手渡す。そしてサリーは自分よりも乗客全員の無事を考えて、最後まで制服を脱がなかった。
これはプロ以外の何物でもない。
ただここでイーストウッド監督は、一歩進んで、英雄と奇跡を認めるような余地を与えました。
それはみんなが英雄であるという考え方と、人々がそう望み、それを必要とするならば、奇跡が存在しても良いということです。
辛い経験をし苦しい社会に生きる人々には、サリーという英雄とハドソン川の奇跡という希望が必要だったのです。
今作は人間だからこその弱さを見せつつも、人だからの良い点、協力して生まれるシナジーとプロフェッショナルを称え、英雄や奇跡の在り方を本質的に描いています。
そしてサリーとこの当時この件に関わったすべての人々を通して、安心して空の旅を楽しめる心、美しい人間賛歌を与えてくれるのです。
クリス・カイルの葬式に続く完全無音の重々しいエンディングから打って変わり、今回はジェフの小粋なジョークで幕を閉じ、微笑ましい本人たちの映像、そして美しい歌で劇場を後にできます。
なんとも観終わりの心地よい、綺麗な映画でした。お勧めです。
イーストウッド新作、86歳にしてまだ尚進化する。次回はどんなものをやるのか、また楽しみですね。というところで感想はおしまい。それでは、また。
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