「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス」(2017)

  • 監督:ジェームズ・ガン
  • 脚本:ジェームズ・ガン
  • 原作:ダン・アブネット、アンディ・ランニング
  • 製作:ケビン・ファイギ
  • 音楽:タイラー・ベイツ
  • 撮影:ヘンリー・ブラハム
  • 編集:フレッド・ラスキン、クレイグ・ウッド
  • プロダクションデザイン:スコット・チェンブリス
  • 衣装:ジュディアンナ・マコフスキー
  • 出演:クリス・プラット、ブラッドリー・クーパー、ゾーイ・サルダナ、デイヴ・バウティスタ、ヴィン・ディーゼル、マイケル・ルーカー、カレン・ギラン、ポム・クレメンティーフ、エリザベス・デビッキ、カート・ラッセル 他

全くの無名、大博打から革命的で斬新な作品として評価を受けた「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」(2014)。前作から監督を続投したジェームズ・ガンによる本作は、MCU作品としては「ドクター・ストレンジ」に続く作品となります。

メインキャストは引き続き、そこに映画出演は長編2作目のポム・クレメンティーフ、「コードネーム U.N.C.L.E」(2015)などのエリザベス・デビッキも参加し、さらには名優カート・ラッセルが出演。

多大な広がりをもつMCUの中でも、いまだ舞台もあって独立感をみせているガーディアンズ。とりあえず1作目を観ておけば、ほかのMCU作品は観なくてもOKですね。

記事を書いている時点ではIMAX3Dと通常字幕で2回づつ観てきましたが、結構人気のようです。

ちなみに邦題問題で騒がれていますが、そこまで気にしていません。呼ぶ時はVol.2って言ってますが。

ロナンを倒し、サンダーを救ったことで、銀河に名を知れ渡らせたガーディアンズ・オブ・ギャラクシー。彼らは惑星ソヴリンで、高値で取引される電池を怪物から守る仕事を任された。

警護を成功させ、報酬として彼らが受け取ったのは、ガモーラの妹で賞金のかかっているネビュラだった。

彼女を連れ出発するのだが、ソヴリンの艦隊が襲ってくる。ロケットがあの電池をくすねたことがばれたのだ。危機一髪のところを何者かに救われるも、不時着する一同。

そして彼らを救った謎の人物も、あとを追って着陸。

宇宙船から現れた男は、ピーターに言う。「私はお前の父さんだよ。」

前作が革新的で斬新、新しいスペースオペラを確立した作品とするならば、今作はその延長線上にいながらも、またこちらはこちらで新しい導入になったと思います。

同じでありつつも、繰り返しとかではなかったというのは、すごく嬉しいところでした。

変わらず背景の銀河はカラフルで、キラキラしたものがいろいろな色合いで光りながら登場しますね。そして差別化されたデザインの中でも、アイーシャの治めるソヴリン、そしてエゴの惑星の美術は見どころかと思います。

全てが黄金に染まったアイーシャの間ですが、文化混合というような見た目でしたね。色々な年代のSF美術を混ぜつつも、新しく見せていて、その場にいるものまで金に見えるというライティングも効果的に思えます。

また、エゴの星はその後の顛末を考えるに、なるほどそういう意図かと感心する美術でした。

あの星は非常に美しいのですが、生命がおらず、天国のようにも見えます。こういう表現で正しいのか分かりませんが、美しく完璧すぎるのです。一切の余地も許さない統制と、桃源郷的な風景と意匠。

他の生命と共存するつもりがないことや、完璧な永遠を求めるなどからしても、素晴らしく人物を体現した惑星ではないかと思います。

細部を観ていくだけでもやはり世界の構築の力の入り方に感心してしまうのです。

まあアクション面でも楽しいルックは持っていますね。

それぞれの戦いやアイテム、武器などの紹介もスマートですが、私はヨンドゥとロケットの脱出シーンが見た目も楽しく好きでしたね。真っ暗にしてからの矢の光がネオンっぽいところとか、俯瞰での全体ショット。そして大量殺戮に重ねる陽気な”Come a little bit closer”。

そう、楽曲の使い方もまたすごかった。

サントラを聴いてから映画へとは言いません。それよりも映画を観て曲に出会った方が良いでしょう。そしてできれば聞き込んでからまた観に行くのです。

音楽はそれぞれのシーンに深くシンクロしているのですが、そこでは歌詞の内容が複数の意味合い、または人物の視点から考えられるものだったり、その歌のどこまでを流しているのかだったりも、よく考えられています。

繰り返される音楽はどんな映画においても重要ですが、今作もそこは非常に巧いところでしたね。

“Brandy”そして”The Chain”などはその意味が大きく転換する瞬間含めて、熱く切なく心に響いてきました。

そこで実は大きな力を発揮しているのは、タイラー・ベイツのスコアですね。

メインのテーマ曲の使い所、いわゆる曲からの切り替わり。盛り上げを歌詞にのせた後、着地はスコアで感動的に仕上げていました。

さて、騒がしくも本質は家族の物語。

仲間を得たピーターに対し、血族という意味で本物の家族、繋がりをぶつけた本作。

母を失ったことを受け入れた前作にから、今度は父との物語として展開させ、家族というものの定義をしていくことになります。

血のつながりを持って家族とするのか、それとも家族とは別のつながりから得られるものなのか。

ジェームズ・ガン監督は外側にいる傷付いたものの共鳴を描く方ですので、家族の物語の行方はお察しの通りです。

まあ神に等しい存在、父と子、ですからね。クロノスとゼウスしかり、SFというある意味の神話ではそうなりますね。実際ラストは神々の戦いのようになりますし。

その家族の物語ですが、人物のほとんどが家族を失ったもしくは血族がとんでもないクソ野郎ということで、そんな血のつながりしかないクズよりも、もっと自分を知ってくれて愛してくれるものこそ家族としていくわけです。

ピーターとエゴのキャッチボール、歌手を知っていて意見が合ったときのピーターの嬉しそうなリアクション・・・美しかったのですけどねえ。

エゴを完全な悪としてみれないような感じもしたと思いますが、どうでしょう?

無から生まれたような彼にとって、どんな生命体も他でしかない。どれだけ多くの命に囲まれようと、孤独。彼はピーターたちと違って、他者と繋がることができないのでしょう。唯一自分の一部を持っているピーターとは繋がろうとした。

彼の感情が高まるのは、孤独からの解放と再び孤独になる瞬間ですし。そう考えるとなかなか哀れなものですね。

その家族のテーマが最後の最後では号泣ものに。

ここまで感情を揺さぶるものになるとは正直思いもよりませんでしたね。畳み掛けるようなシーンに、言葉に、そしてあの曲。

揺さぶりというのが適切だと思うのは、ただ単に悲しい涙だけではないからです。泣きながら笑わせてくれるし、やっぱりすごく美しくて感動するのです。そんなものが同時に押し寄せてくる、そんな瞬間ってやはりすごく素晴らしいですよ。

とにかくエモーショナルにより寄っていますし、キャラクターのジャグリングがすごく巧いのですけども、そこにはとてもよくブラッシュアップされた脚本があるのだと思います。

各人物は傷を持ったところからさらに、今これからどうあるべきかを示していきます。

使われるもの、キーとなる道具や繰り返す動作、その紹介もスムーズならば、後々に活かす部分もしっかりと論理立てられて段階構造に組み込まれています。

そういった意味では、騒いだノリと感情で持っていくのではなく、非常に繊細に練った流れの中に、綺麗な心を埋め込んだ作品と言えると思いました。

3D意識のショットもありますが、個人的には1作目と同じく通常で観る方が良いかと思います。銀河の景色やディテール、色合いなどをできれば直に観てほしいです。

1作目のような斬新とか革新性はやはり感じられません。それだけ前評判も知名度もあるからです。それでも監督は確実にルーツを同じくしつつも、また別のお話を広げます。曲の選びも使い方もその切り方まで見事で、底で支えるスコアと脚本に感服です。

このキャラたちをルッソ兄弟が引き継ぐとなると大変そうw

大満足の続編となってくれて良かった。是非とも1を観てから劇場で観てほしいですね。そんなところでレビューは終わりです。それでは、また。

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