「ザ・サークル」(2017)

  • 監督:ジェームズ・ポンソルト
  • 原作:デイブ・エガース
  • 脚本:ジェームズ・ポンソルト、デイブ・エガース
  • 製作:ゲイリー・ゴーツマン、アンソニー・ブレグマン、ジェームズ・ポンソルト
  • 製作総指揮:ステファニー・アズピアズー、ロン・シュミット、サリー・ウィルコックス、スティーブ・シェアシン、エバン・ヘイズ、ピーター・クロン、マーク・シュミーガー、フェデリカ・セント=ローズ、ラッセル・レビン
  • 音楽:ダニー・エルフマン
  • 撮影:マシュー・リバティーク
  • 編集:リサ・ラセック
  • 美術:ジェラルド・サリバン
  • 衣装:エマ・ポッター
  • 出演:エマ・ワトソン、トム・ハンクス、ジョン・ボイエガ、カレン・ギラン、エラー・コルトレーン 他

「人生はローリングストーン」(2015)のジェームズ・ポンソルト監督が、同名の小説を映画化した作品。主演には「美女と野獣」のエマ・ワトソン、そして彼女が務める企業の社長役に「ハドソン川の奇跡」(2016)などのトム・ハンクスが出演。そのほか「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」のカレン・ギラン、「スター・ウォーズ フォースの覚醒」(2015)のジョン・ボイエガも出ています。

SNSを題材に近未来なのでSFを入れたスリラーという事ですが、まあ怖い映画ではないです。私はある意味怖かったですけども・・・それは後ほど。

姉の援助もあり、超最先端の巨大SNS企業「サークル」に努めることになったメイ。

彼女はあることから社長ベイリーに見出され、新たなシステムのモデルケースとして仕事を任される。それはサークルが開発した超小型カメラによる統計データ収集に関わるものであった。

メイはそのカメラを自分の周囲や胸元に設置し、自分の私生活を含めた24時間をライブで配信し、共有することを思いつく。

瞬く間に彼女のフォロワーは増えていき、人気者になるのだが、同時に周囲の人間を傷付けてしまうことになっていく。

超テクノロジーでのスリラーっていうと、まあ90年代初頭とかのコンピュータに対する恐怖での陰謀物とかを思い出しますが、今作はそうしたスリラーとまではいかず、割りと平和な空気です。

特段エマ・ワトソンが命の危険にさらされたりは無いです。

とすると、私は何が怖かったのかと言えば、ズバリこの作品の倫理観のイカレ具合です。

全く同意できず、正直不快でした。

もちろん描きたいことはシンプルなので、伝わってはきますがその打ち上げた問題点やもちろんネットワークの良い点などに対して、処理がし切れておらずただ放置された印象です。

そのせいなのか、転々と作品の論点が移り変わってしまう感じがします。

安全を突き詰めた先に監視があり、超民主主義は逆に全体主義、圧政になる。

今更なお題ですが、それをまさに今に置き換えようとしたのでしょう。

で、しょっぱなにトム・ハンクスが小型カメラをプレゼンするところからして嫌悪感がわきました。

私有地でもない一般道や民家に勝手にカメラを付けるだけでなく、それをネットを通して配信って・・・それがテクノロジーの進化?新時代?ただのディストピアでしょう。というか自治体や行政は何しているのか。

別にまるっと未来の世界ってわけでもないせいで、よけいに現実問題っていうのを考えてしまい、どうもこの映画内で”良い”とされていることが、倫理的な過ちや人権侵害に満ちた狂気にしか見えなかったのです。

実際人死にを出してしまうのですけど、主人公が4日くらい寝込んで終わりです。おいw

「悪いシステムは廃止するのではなく、安全にする。」と言われても、そもそもその安全は監視統制って前半でほのめかしているので、悪いほうに自ら進んでいるとしか思えません。

人物の役回りもちょっと雑な印象でした。

まあ主人公が狂人過ぎてついていけないのもありますが、ジョン・ボイエガのキャラが機能でしかなくしっかり描かれないことや、安易に設定された”悪役”のトム・ハンクスも残念。トム・ハンクスがもっと完全悪として色々するならまだしも、(というかそれが観てみたい)特にないですからね。

私としては彼のアイディアやこのメイに同調し、コロコロと立場を変え、自分で考えることをせずに来た群衆こそ悪だと思います。

ソウルサーチに熱狂し、青年の命を奪うことに参加したくせに、責任の所在がないのを良いことに弔いのコメントを書き込む。まったく胸糞悪い。

エラー・コルトレーンの序盤の台詞「今こうして会っているのに、何で後でメールするの?」という台詞とか、これでもかとズタボロ具合を見せつけてくれたカレン・ギランとか良いところもありましたけども、全体の調和の無さと不快感には勝てませんでした。

画面上にメッセージが浮かび上がってくる手法とか、美術面とかもフレッシュさはあまり感じず。

最終的にこれが私たちのよりよい新世界みたいな着地で、見た目が平和なだけでマッドマックスより酷いディストピアに向かってしまいました。

これがですね、主人公含めて群衆も狂っていき、その様子を世界の終わりのように見つめるジョン・ボイエガがいたりすれば、別の意味ですごい作品だったかもしれません。

こういう風にして「シェアは素晴らしい、みんな繋がろう」がいかに人間を殺し自由を奪うか、崩壊を外から見るキャラがいれば、不快感も全て計算の上だったと思えるのですけど・・・ホントに全てOKって笑顔のエマ・ワトソンで終わってしまうので。

キャストを揃えているのに散漫に広げ過ぎた感じで人物がみんな薄かったかな。どこまでも倫理観についていけなかったですし。

あ、エマ・ワトソンファンの皆様、この作品は彼女が24時間をさらけ出すということで、色々期待されているかもしれませんね。ひとつ言いましょう。「トイレやお風呂ではカメラはOFFよ。」という台詞があります。

そんなわけで感想はおしまい。観てみて、実際賛同するか不快に感じるか、自分の今の感性やネット社会に対する意識を確認することにもなるので、まあ興味があれば観てみてください。

そんなかんじで終わりです。では、また~

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