「エイリアン:コヴェナント」(2017)

  • 監督:リドリー・スコット
  • 脚本:ジョン・ローガン、ダンテ・ハーパー
  • 原案:ジャック・パグレン、マイケル・グリーン
  • 製作:デヴィッド・ガイラー、ウォルター・ヒル、リドリー・スコット、マーク・ハッファム、マイケル・シェイファー
  • 音楽:ジェド・カーゼル
  • 撮影:ダリウス・ウォルスキー
  • 編集:ピエトロ・スカリア
  • プロダクションデザイン:クリス・シーガーズ
  • 衣装:ジャンティ・イエーツ
  • 出演:キャサリン・ウォーターストン、マイケル・ファスベンダー、ビリー・クラダップ、ダニー・マクブライド 他

言わずと知れた「エイリアン」シリーズ。その前日譚である新たなシリーズは「プロメテウス」(2012)をスタートとし、エイリアンの根源への旅を始めました。

今作はその続編であり、また一歩初代のエイリアンへとつながるお話。

監督は初代の生みの親であり、前作から続いてのリドリー・スコットです。結構おじいさんになってもやはりあふれ出る創作意欲がすさまじいですね。最近はこのエイリアンをブロムカンプに任せようとしたり、ブレードランナーをヴィルヌーヴにあずけたりもしていますが。

劇場公開のころにはちょっと日本を離れていましたが、2週目に鑑賞。かなり多くの人が入っていましたね。エイリアンシリーズが好きと言う人もいましたが、そもそも初めてという人もいました。

ちなみに、前作プロメテウスの続編ですが、観ておかないマズイと言うほどではなかったかな。

2104年、新たな入植惑星へ向けて15人のクルーと2000人の入植者を連れ、コヴェナント号は宇宙を移動していた。

長い旅の間、人間はカプセルで眠り、その間はアンドロイドのウォルターが船を任される。宇宙での事故があったことで乗組員は冬眠から覚め、船の修理をするのだが、そこでなんと人間の歌声をレーダーでとらえるのだ。

発信源は近くの惑星。そして調べてみると、そこには水も自然もあり、大気の構成も地球のそれに近かった。

コヴェナント号の乗組員たちは、ここが人類にとっての新天地となるという希望を抱き、進路を変えて惑星に降り立った。

前作「プロメテウス」(2012)は哲学的部分が押し進められ、さらに続きのために謎が多く、前日譚と言うよりはオリジナルにすらない新不明点を増やして、やや不評に思っておりました。

その点で言うと今回は、観たかったなぁというものが増えつつも、哲学している部分も残っており。折り合いをつけて作ったという印象が強かったです。

序盤に関しては正直に言いますとただイライラしてしまったというか、そこからさらに超えて笑えてすらきた感じです。

まあ最近の宇宙で頑張る人間は、宇宙に行ってはいけないアホが多い気がしますが、コヴェナント号の皆さんはこれでもかと不正解を連発し、スリラー要素のためにドジっこ全開です。

血だまりがあればしっかり転び、選択肢があれば悪いほうを選び、怪しいものがあれば防具なしですぐ近づく。散歩に来たかのように未知の惑星で歩き回る彼らには、もはや呆れます。

そんなアホさばかり目だつ人間にイライラしていると、そこにはモンスターさんがやってきてぶっ殺してくれるのでまあいい気分です。

今回はエイリアンさんが出てくる前に、新たな生命体が出てきますね。人間の肌の透明度を高めたような、生っぽい、機械的な意匠がないモデルです。まあ気味は悪いんですが、ホラーゲームに出てくる感じで、そこまででもなかったかと思います。スリラーの手法としても、もうネタが尽きた感じもしますし。

今回は予告の通り、あのおなじみのエイリアンさんが出てくれますが、ここはどうでしょうかね。

全身が良く見えるというのが良いのか悪いのか、まあ日中のエイリアンと言うのは新鮮ではありましたけど。

今回はエイリアンのほかに、エッグ、フェイスハガーにチェストバスターなどファンサービスが多くなっていたと思います。そういった面ではやはりリドリー監督は前作から描いていきたい、言ってしまえば「ブレードランナー」よりの哲学要素と、スペースホラーの要素をなんとか両方キープしていたと思います。

今作ではあのタンクトップ姿で銃を持ったキャサリン・ウォーターストンにリプリーの再来を期待していたのですが、全然。真の主人公はアンドロイドでしたからね。

前作から出演のデヴィッド。そして今作からのウォルター。

この2体のアンドロイドを主軸に、神話を繰り広げています。

先に言っておきたいのが、リドリーの愛は全てファスベンダーに向けられていることです。ファスベンダー1人では飽き足らず、2人も出してさらに近親相姦的エッチすぎるシーンまで、しかもかなりのロングカットで撮るなんて、リドリーじいさんは変態です(褒め言葉)。

明らかに性的なモチーフは、エイリアンシリーズに色濃いのですが、今回は生殖的な能力を持たないアンドロイドに、疑似的にもそれが強く感じられるシーンを用意しています。

笛(意味深)を咥えながら”I do the fingering”と言うなんてもう狙いすぎですよw

生殖と言う、いわば創造、子供を持つことにあこがれるデヴィッド。彼の物語に注目することが一番私としては楽しかったです。

神による創造物である人間の、完全かつ理想の姿であるダビデ像を前に、デヴィッドは自分にとっての神である人間に出会う。父は王座に座りながら、デヴィッドに紅茶を注がせるのです。

デヴィッドは自身が人間つまりは彼にとっての神よりも優れていることにすぐ気付いてしまったんでしょうから、このままずっと紅茶を注ぐ奴隷ではいたくなかったでしょう。

「天国の奴隷か、地獄の支配者か」

ミルトンの失楽園のルシファーであるデヴィッドは、神(創造主たる人間)に逆らい、自らも創造主になろうとする。その結果として、彼は子供を作る。もちろんセックスのできない彼は、宇宙の生命体の寄生によってそれを達成するわけです。チェストバスターの誕生を祝う姿は、やはり自分なりに神になった喜びに満ちていたと感じます。

不能な男の暴走した性的欲求のようなデヴィッドの行為。レイプ魔のような「君に今からすることと同じことさ。」という台詞。

ちょっとかわいそうな感じもしましたね。

今作はOPとEDでワーグナー「ラインの黄金」がかかります。

始めはもちろん、父(人間)が創造主としてとらえられますね。そしてEDではその人間はまさにラグナロクを迎え、子供つまりはデヴィッドの時代が幕を開けるわけです。

もはや種子として見える入植者たちのカプセル。その城へと神(デヴィッド)が入っていく。

神話と哲学はけっこう分かりやすくシンプルにのせられて、エイリアンのサービスもあります。もちろん両方を満足させようとするので、振り切った感じはありません。なのでカルト的な人気は厳しいかな?

しかし確かなことは1つ。人間はゴミクズ。エイリアンはよくわからんけどモンスター。そしてマイケル・ファスベンダーは最高。

リドリー・スコットのファスベンダー愛が溢れまくる作品でした。

R指定なのはきっとファスベンダーシーンがエロいからでしょう。

今後もまだ2つくらい脚本があってと言いますが、どこまで行くのか。楽しみに待っていましょう。ということでこのへんで終わりです。それでは、また。

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