「アンネ・フランクと旅する日記」”Where is Anne Frank”(2021)

「アンネ・フランクと旅する日記」(2021)

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作品概要

  • 監督:アリ・フォルマン
  • 脚本:アリ・フォルマン
  • 原作:アンネ・フランク「アンネの日記」
  • 製作:アリ・フォルマン、イーフ・クーゲルマン、アレクサンデル・ロジニャンスキー、ヤニ・ティルトゲス
  • 音楽:ベン・ゴールドワッサー、カレン・O
  • 撮影:トリスタン・オリヴァー
  • 編集:ニリ・フェラー
  • 出演:ルビー・ストークス、エミリー・キャリー、ミカエル・マロニー、スカイ・ベネット、セバスチャン・クロフト 他

「戦場でワルツを」などのアリ・フォルマン監督が、世界大戦下ナチスドイツの迫害の中でその生活を記したアンネ・フランクの日記を現代に蘇らせるファンタジーアニメーション。

声の出演は「ウーナ」でルーニー・マーラの幼少期を演じたルビー・ストークスが日記から飛び出すアンネの空想の親友キティー。

アンネ・フランクは「ワンダーウーマン」で少女時代のダイアナを演じたエミリー・キャリー。

アリ・フォルマン監督自身が、アンネの日記をベースにして今作の脚本を執筆しています。

これまでにも自身の経験から映画を作ってきており、ドキュメンタリーの背景などを活かしてきた監督ですが、今回も歴史における重大なホロコーストを舞台背景にした題材を選びました。

公開前に予告を見て、内容というよりも絵柄とアニメーションに惹かれていたのですが、だいぶ公開後から時間が空いての鑑賞になりました。

平日の朝の回で観てきたというのもあり、結構すいてましたね。

「アンネ・フランクと旅する日記」の公式サイトはこちら

~あらすじ~

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第二次世界大戦の中で、少女アンネ・フランクが空想の友達”キティー”へ宛てて綴っていた日記。

今やそれは歴史的な価値を持つ資料となり、オランダのアムステルダムの博物館に展示されていた。

ある日の夜のこと、その日記のページから文字が飛び出し、そのままキティーへと姿を変えた。

キティーは親友であるアンヌを探そうとするが、日記の収められる部屋には次々と観光客が押し寄せてくる。

彼らにはキティーが見えないようで、キティーは日記から離れすぎると日記の中へ戻ってしまう。

親友のアンヌが心配なキティーは、日記を持ち出して自分で彼女を探し出そうと町へと繰り出すことに。

日記の盗難事件へと発展してしまう中で、アムステルダムの移民居住区に暮らす貧しい少年ピーターと出会い、彼の協力を経てアンヌの人生をたどることになる。

感想/レビュー

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改めて世界に紹介されるアンネ・フランク

アンネの日記。

それを読んだことがなくても、名前を知らないという人はいないでしょう。おおよその内容についても、小学校などの教育の過程にあるかと思います。

かくいう私も、アンネの日記に関しての知識はほぼゼロに近く、ホロコーストの中での逃亡生活と、個人の青春が記されている日記。

その内容は歴史的な価値を持ち、存在自体が重要なものであるというくらいの認識しかありません。

恥ずかしながら、日記が空想の友達である”キティー”に宛てられた形で記されていたことも、言われてからなんとなく思い出したようなものでした。

それくらいの情報レベルでもこの作品を観ていくことに問題はないのかと思いました。

今作は家族向けの話であると思えるほどに広くオープンな形で、改めてこの世界にアンネの日記と、アンネという小説家、彼女の精神を紹介しなおしてくれているからです。

豊かなアニメーション

ここでカギになっているのはアニメーションという媒体かもしれません。

アンネの日記の背景を想えば、人類史におけるもっとも暗い部分がかならず見えてくるわけですが、アリ・フォルマン監督はアニメーションを選択し、さらに直接的な残酷描写を入れずに豊かさや温かみをもって描き出しています。

この題材を語るうえでのハードルを下げることと、またアニメーションだからこその柔軟な表現と不思議な魔法のような感覚を味わうことができます。

アニメーションだからこそのやたらと鮮やかで明るいアンネパートの始まり。多くの友人がいて楽しそう。

しかし色彩は次第に失われる外。巨大で顔のないモンスターのようなナチスの造形がシンプルながら恐ろしいですね。

家の中だけはなんとか明るく暖かであるものの、現実の世界は荒涼としています。

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実はOPにおいて、現代と過去のこの内と外という対比がしっかりと描かれています。

降りしきる雨と強い風。嵐の中のなんとなく不安をはらんだアムステルダムから物語は始まります。

そこで博物館となったアンネの家の前に並ぶ行列の隣で、ストリートに暮らす家族と彼らの家であるテントが飛ばされてしまうという光景が繰り広げられていますね。

過去に戻って凄惨なナチスドイツの進行を振り返る前にすでに、この現代においておかれている家を持たない人々、格差と差別が敷かれているという周到さ。

だからこそキティーが過去と現代とを行き来して、アンネに触れていくほどに、現代における彼女の精神の欠落に嘆いていくということになります。

ヤングアダルトとしてのアンネの物語

過去のアンネとのシーンにて、彼女個人に触れていくことが、教科書的ではない意味で精神を再訪問することになっています。

ハリウッドの推しにあこがれていて部屋に写真飾ってるのも、姉との関係性について年上であることの責任も、またピーターとの恋模様についても。実はすごくヤングアダルトなプロットなんですよね。

アンネ個人のお話の、実はそれこそ若い世代に適している側面。ここにもフォーカスを当ててているのって実はすごいことかも。

大人の世界に翻弄されていく様と、反発するような逃避行や恋愛。

どうしてもホロコーストにフォーカスしがちなこのアンネの日記という小説を、また違う側面から確認できました。

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キティと追体験していくアンネの記憶。

過去と現在で起こることがシンクロしていきます。同じく運命へと運んでいく列車/電車に乗る二人。

最終的には日記を通さずに、目の前の空間が変容していくことでキティーはアンネの最期を知ることになります。

全体に文字からキティーが出現するところもそうですが、収容所が眼前に蘇っていくアニメーションなどすごくレベルが高い繊細さであり、かといってストップモーションとかではない良い塩梅の精密さの取り払いがあって面白かったです。

日記の精神を現代に

キティーは現代における様々なものを目にしていきます。

これは世界の変容と彼女にとっての新世界であり、ワクワクする要素でありますが、同時に世界の様相の変化に対して、果たしてアンネがキティーに綴った時代と人間の構図が変わっているのか?が焦点に。

現代においての難民の扱いと彼らの排斥を見て、アンネの日記に記される世界が変わっているとは思えない悲しみがあります。

それでもあの極限の悲劇の中でも人間の”善”を信じ続けたアンネ・フランク。日記や彼女の家、形として残るものをただ記念品として眺めても意味はない。

日記そのものではなく、日記を記したアンネの手に込められた想いを受け継ぎ見つめていかなければ、おそらくただ同じような日記が記録として残っていくだけになるのでしょう。

観客は最終的に今作が行きつく先に、やや違和感や意見の相違があるかもしれません。

この作品自体がアンネの日記を使って主張をしている、利用していると思われる危険性もはらんでいると思います。

それでもアクセスのしやすい、アンネ彼女自身のような豊かさも持つアニメーションから、ファンタジックな要素と現実の歴史を巧く織り交ぜて遂行された今作は、まさにアンネの日記に対する現代の窓口として多くの若者に観てほしい作品になっていました。

原題は「アンネ・フランクはどこに?」となっています。

キティーが彼女を探すという意味であり、また私たちに向けてアンネの残したメッセージはどこにあるのかと問い直しているのですね。

画が美しいという点でも楽しいですし、とても門戸の広いレッスンになっています。映画館でぜひ鑑賞を。

というところで今回の感想はこのくらいです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

ではまた。

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