「サンドラの小さな家」”Herself”(2020)

「サンドラの小さな家」(2020)

  • 監督:フィリダ・ロイド
  • 脚本:クレア・ダン、マルコム・キャンベル
  • 製作:フィリダ・ロイド、メアリー・バーク、ローズ・ガーネット、アンドリュー・ロウ、アリソン・トンプソン、レスリー・マッキム、クレリア・マウントフォード
  • 音楽: ナタリー・ホルト
  • 撮影:トム・コマーフォード
  • 編集:レベッカ・ロイド
  • 出演:クレア・ダン、ハリエット・ウォーカー、コンリース・ヒル、モリー・マッキャン、ルビー・ローズ・オハラ 他

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「マンマ・ミーア!」、「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」のフィリダ・ロイド監督が監督3作品目として作成したドラマ映画。

DV被害から家を出た母が、子どもたちと暮らすための家を自力で建築しようと奮闘する様を描きます。

主演は長編はこれが3作品目のクレア・ダン。彼女は今作の脚本と音楽にも携わっています。

ちなみに彼女は「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」でミステリオの仲間の一人を演じていました。

フィリダ・ロイド監督がこれまでにメリル・ストリープと組んできたことやキャストが著名な俳優陣であったこと、それらの規模に比べるとだいぶ小規模な作品になっています。

なんていうか映画祭的というか単館系な作品なのですが、なぜかシネコンでも興行していました。公開週末には観ることができなかったのですが、次の週になって鑑賞。

朝が9:00前の回ということもあって多分自分入れても5人ほどしかいなかったかと思います。

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夫のDVから逃げ、2人の幼い娘を連れホテルで暮らすサンドラ。

彼女は公営住宅の入居申請にサインするもその順番は果てしなく、また住宅価格高騰を受けて到底新居は見つかりそうにもなかった。

サンドラはパブの清掃や、家の清掃などをしてなんとか生活費を稼ぐも希望が見えてこない。

そんなある時、ネットで”自分で家を建てる方法”という動画に出会い、できる限りの予算と範囲で自力で家を作るというアイディアに興味を持つ。

お手伝いをしている先の好意で裏庭に土地をもらい、設計図を作成して資材を調達するサンドラ。

偶然に出会う人々が次第に彼女の想いにこたえて手伝いをしてくれるようになり、みんなで家づくりは進んでいく。

しかし、元夫は娘たちの親権を奪おうと考えており、家づくりの件など隠しておく必要があるのだった。

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フィリダ・ロイド監督がアメリカ描く女性の苦難のドラマは、多くのその系統の作品も連想するものでした。

DVから逃げながらもその元パートナーへの恐怖や精神的な拘束が強烈に後を引いている点は、グザヴィエ・ルグラン監督「ジュリアン」に近しいものを感じました。

今作はDVの直接的な描写はそこまで表だって示されませんが、サンドラの発作的なフラッシュバックから覗くことができ、過去が今なお目の前にあるように感じられる不安と恐怖を伝えています。

またゲイリーの存在ゆえに買い物もできずに店から逃げ出さなくてはいけないなどの描写も、その事実を見せずとも十分に彼の驚異を感じさせることができています。

そうしたリアクションから語ることも重要ですが、ゲイリーを見るとあの手の男が大勢いることが簡単に想像できます。

思い当たるのです。ゲイリーは完全にアイコンと化しており、ドラマがない点は好みが別れるかもしれないですが、個人的にはこれで良いと思います。

シンプルに記号化されたクソ男。

これに時間を割く必要はない。

それよりもむしろ、今作は一人の女性が直面するシステムと、それに対比するような人間同士の関わりあいを描いています。

実はこの対比の点でいうと、ケン・ローチ監督の「私はダニエル・ブレイク」に通じるものも感じられる作品です。

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多くの場合にはDVをスリラーにしがちなところ、先に述べた間接的なアプローチで余波を見事に描いたフィリダ監督は、このサンドラの物語においても感動を呼ぶドラマがどこか焦点を絞っています。

サンドラの境遇はダブリンの現状、行き場のなさや女性の自立しにくさ、親権を巡るなかでの理不尽かつ滑稽なシステムとぶつかります。

しかし、その苦難そのものや打ち勝つことに感情の主軸を置きません。

自分で家を建てることは手段でしかなく、最終的に行き着くのはその過程、ほとんど他人の存在からの助けと、助けることで助けられるという人の暖かさなのです。

公営住宅についてのエージェントは顔を見せませんし、市の職員にかけあってもまともに取り合ってもらえません。

その一方で、面識のない人々から与えられる善意と協力が光ります。

顔のないシステムと、様々表情を持つグループの対比は効果的です。

なによりクレア・ダンという才能がリードしているわけで、彼女の力に寄るところは大きいです。

サンドラまでも記号化しないのは彼女の演技による人間性が現れているからでしょう。

ほとんど話をしていないママ友に手伝ってもらえるか掛け合ったり、エイブとの駐車場でのシーンなどのぎこちなさ。

また裁判によって不安定になった際も、仰々しさはないにしてもリアルな存在としてみられます。

またサンドラのドラマは使用される楽曲が大きく役割を果たしてもいます。字幕は出てませんでしたが、歌詞には感情や状況が投影されていました。

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面会と親権を巡っての裁判は、システムとヒトのコミュニティの解離をもっとも示すところですが、タイトルにある”Herself”が意味を持つ場面です。

裁判においては事実が重要とされますから、裁判官にとっての”良い母親”を演じていくしかない。

ただ、サンドラは彼女自身のありのままで勝負することにします。

OPで呼応する顔のアザを隠すメイクも必要ない。

誰かのために演じる必要はないのです。

サンドラが力を取り戻していくきっかけである家作りは、家それ自体に力があるのではありません。

サンドラが何度でも立ち上がれるのは、ペギーやエイドなどの存在がいる、つまり属し支えあうコミュニティがあるからです。

本当の意味で一人ではないと思えるからこそ、サンドラは再び与えてもらった作業靴を履きます。

人の立場になって考えることを”in your shoes”と言いますが、ちょっとかけてあって良いですね。

展開こそ都合よく見えるかもしれない点も、実は必然です。

ちょうど使える土地を持っている友人がいて、運よく建築指揮をとれるエイブと出会う。

ご都合主義に見えますが、ここにも実は助け合うことと関わり合うことが背景に置かれていました。

サンドラの母がペギーを助けていたこと。また皮肉にもゲイリーの悪評がエイブから助けようという心を引き出しているのです。

フィリダ監督は善意によるエモーショナルさを高めながら、最後は厳しい帰結にしますが、それでも、助け合うコミュニティが、その場所があるからまた立ち上がる力という希望も見せています。

キャストも規模も小さくなりましたが、フィリダ監督が確かな、どこドラマを置きどう描くかの視点を持っていることは間違いないという証明です。

公開規模も大きくないですが是非劇場で観賞をオススメの1本。

というところで感想はこのくらいです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

それではまた次の記事で。

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