「ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償」(2021)
作品概要
- 監督:シャカ・キング
- 脚本:シャカ・キング、ウィル・バーソン
- 原案:シャカ・キング、ウィル・バーソン、ルーカス兄弟
- 製作:シャカ・キング、ライアン・クーグラー、チャールズ・D・キング
- 製作総指揮:ジェイソン・クロース、ジンジ・クーグラー、アーロン・L・ギルバート、テッド・ギドロウ、ポッピー・ハンクス、ニーヤ・クイケンドール、キム・ロス、アニカ・マクラレン、ラヴィ・D・メータ、セヴ・オハニアン、ジェフ・スコール
- 音楽:マーク・アイシャム、クレイグ・ハリス
- 主題歌:H.E.R.「Fight for You」
- 撮影:ショーン・ボビット
- 編集:クリスタン・スプレイグ
- 出演:キース・スタンフィールド、ダニエル・カルーヤ、ジェシー・プレモンス、ドミニク・フィッシュバック、アシュトン・サンダース、リル・レル・ハウリー、マーティン・シーン 他
1969年におきた、シカゴブラックパンサー党指導者フレッド・ハンプトンの、地元警察による襲撃暗殺事件を、党にもぐりこみFBIへ情報を流すネズミであったウィリアム・オニールの視点から描く伝記映画。
監督は「Newlyweeds」(’13)のシャカ・キングで、彼のの長編2作品目となります。
フレッドを演じるのは、「ブラックパンサー」や「クイーン&スリム」などのダニエル・カルーヤ、そしてオニールを演じるのは「ホワイト・ボイス」や「アンカット・ダイヤモンド」などのキース・スタンフィールド。
二人はジョーダン・ピール監督の「ゲット・アウト」でも共演していますね。
その他ドミニク・フィッシュバック、ジェシー・プレモンスらが出演。
フレッド・ハンプトン氏が暗殺されたのは1969年のことで、半世紀ほど前になりますが、いままでにも何度か彼の伝記映画の話は立ち上がっていたようです。
ただいずれも実現まではいかず、スタジオが乗り気でなかったりストーリーの変更を提案され、フレッド・ハンプトン氏を彼その人物のままに届けたい思いから、譲歩せずに製作が開始されなかったとのこと。(参考:Variety ‘Judas and the Black Messiah’: Inside the Long Struggle to Bring Fred Hampton’s Story to the Screen)
やっとのことで製作開始したものの、コロナの影響から20年公開が延期され、21年に。全米では21年初めに公開され、オスカーレースには間に合ったようです。
そこでは作品賞はじめとして6部門のノミネートを果たし、ダニエル・カルーヤが助演男優賞を、そして今作は主題歌賞を獲得しました。
日本でもアカデミー賞の肩書に豪華な俳優陣のこともあって劇場公開されるものと思っていましたが、配給がつかなかったのか劇場公開なしに。
21年の9月からレンタル他がはじまり、そのあとで各サブスクでの配信も始まりました。
私も以前から見たかったのですが、配信待ち。やっと見れました。
「ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償」のNETFLIX配信ページはこちら
~あらすじ~
1996年。アメリカでは公民権運動が激化しており、各都市には黒人の地位と権利を守るために過激な行動も辞さないブラックパンサー党が拠点を置いていた。
ウィリアム・オニールはシカゴで偽のFBIバッジを使った車泥棒を繰り返していたが、あるとき逮捕され本物のFBI捜査官の前に引き出された。
そこでオニールが持ち掛けられたのは、シカゴのブラックパンサー党への潜入と情報提供。
自身の犯罪で刑務所に行くことと引き換えに、ネズミとなったオニールは党の集会や勉強会に出席、シカゴ支部のリーダーであるフレッド・ハンプトンと親しくなった。
FBIに事務所の間取りや内部の人事に関する情報を流しながらも、過激な地元警官の取り締まりや銃撃に自らの命の危険を感じるとともに、フレッドを知るほどにそのカリスマ性と情熱に魅了されていくオニール。
苦悩する彼をよそにFBIはフレッドを最重要の標的として定め、ついに地元警察と組んでの暗殺計画を始動させるのだった。
感想/レビュー
シャカ・キング監督が成し遂げているのは、フレッド・ハンプトンの暗殺事件についての洞察と魅力的なドラマ化だけではありません。
ここで描かれていることの素晴らしさは、この映画という媒体を通して時を超え、フレッド・ハンプトンをまさに必要とされる時代に蘇らせたこと、彼という一人の個人を描き出したことにあります。
アメリカにおいてはどうか知りませんが、そして世界中の人たちのこともわかりませんが、フレッド・ハンプトンを知っていた人はどれくらいいるのでしょう。
そして彼個人として知っていた人は本当に少ないと思います。
フレッドに出会い、彼を知るという点においてだけ見ても、この映画の功績はあまりに大きいのです。
熱くシャイなフレッド・ハンプトンを一人の人間としても描き上げる
フレッド・ハンプトンを演じたダニエル・カルーヤのなんと素晴らしいことか。
この若き革命家をしっかりとアイコンとして、カリスマ性のある指導者として演じきっています。
演説においても、ただその部屋にいるだけにおいても、やはり存在感を放つ。
オニールが魅了されていくのも納得です。
しかしカルーヤがさらに踏み込んで圧倒的だと感じるのは、フレッドのロマンスの部分でした。
あんなにも熱く夢を見る男なのに、恋愛には超奥手でシャイで。繊細過ぎる男ですね。ちゃんと同じ男に見えるというのも大事です。
別人になってしまわず、そこにある優しさからくる、女性の扱い方と黒人たち兄弟への呼びかけ。
もちろんこの作品は人種差別に対しての叫びになっているのですが、このフレッド・ハンプトンをただ犠牲者、失われた救世主としてだけ描いてしまえば、おそらく彼の事件をネタに社会的な映画を撮るだけになってしまう。
シャカ・キング監督がここでフレッドをしっかりと描きこんだ選択は本当に素晴らしい結果になっています。
そして、そんなフレッドに触れて、観ている観客とともに彼やブラックパンサー党のイメージを改めていき、苦しい思いをしていくのがオニールです。
この苦悩。映画は彼の視点から展開されていくわけですが、キース・スタンフィールドがオニールというユダを葛藤を抱えて演じています。
車泥棒とFBIの名を語ったことで投獄のリスクを負い、ネズミになることを承知するオニールですが、正直その点だけみれば利己的だと思われそうです。
オニールの置かれる環境を説明する的確な演出
それでもシャカ・キング監督は的確な演出からオニールの選択の余地のない選択、そして抱え続ける恐怖を見せています。
しょっぱなに彼が逮捕されるシーン。後ろからパトカーがランプをつけて、「クソッ」といって車を停めていく。
しかし次にジェシー・プレモンス演じる捜査官の前に出てきたオニールは、なぜか顔面から血を流しています。
その点に触れもせずに話は淡々と進みますが、ここだけでもオニールに降りかかった暴力。公的機関がこれを平然とやっているのだという現実がうかがえます。
抵抗せずの逮捕でも袋叩きにされるというのなら、FBIに協力しなかったらどうなってしまうのか。
完全に追い詰められている。スタンフィールドの素晴らしいのはその焦りの描写でした。
他の誰にもない、両面を知っている彼だからこその焦り。
自分自身の正体の露呈はブラックパンサー党からの制裁を招き、また、かといって任務遂行をしなければ体制側から完全につぶされる。
実際の空気を感じるような艶のある夜。風の抜けるストリート。人が集まる事務所に緊迫する銃撃戦。
撮影監督ショーン・ボビットにより作り上げられるこの60年代シカゴの街。
このタイムスリップしたような見事に作り出された映像の中で、確実に感じるのは現代におけるBLMとのオーバーラップですね。
人種差別に基づいた警官の暴力。銃撃しての殺害という点では今なお続いており、そして不正義がはびこる。
救世主の復活
人々がBLMで叫ぶのと、このブラックパンサー党集会での群衆とは重なりますが、ここにシャカ・キング監督は警鐘というか提案をも込めている気がします。
それはユニティ。統合と協力。そして本来の目的である地位向上と豊かさの追求です。
ブラックパンサー党といえば、どちらかといえば武力行使を辞さない過激な組織であるというような認識が強かったのですが、今作を通して見えてくるのは教育や福祉に力を入れる姿です。
そして他の黒人グループや白人貧困層の組織との協力を、フレッドは目指しました。
彼は武力での反撃をすることもなく、5年もの刑期を(まったくこじつけで不当な逮捕と有罪判決であるにも関わらず)受け入れる。
分断が激化し、互いの攻撃についての議論が先行してしまう今こそ、1960年代にあったフレッドの思想が必要なのかもしれません。
ユダと黒人の救世主。体制によって暗殺でも自殺に追い込まれたにしても殺された二人の男。
わずかなドル札を握らされた時のオニールの複雑な表情は頭を離れません。
人種差別に切り込んで力強く、しかし同時にフレッド・ハンプトンを再び現代に蘇らせた点では、まさに救世主の復活ともいえる映画。
劇場公開されなかったことが非常に残念ですが、いまは配信での鑑賞ができますので機会のある方は是非ご覧ください。
というところで感想はおしまい。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
ではまた。
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