「ロングレッグス」(2024)
作品解説
- 監督:オズグッド・パーキンス
- 製作:ダン・ケイガン、ブライアン・カバナー=ジョーンズ、ニコラス・ケイジ、デイブ・キャプラン、クリス・ファーガソン
- 脚本:オズグッド・パーキンス
- 撮影:アンドレス・アローチ・ティナヘロ
- 美術:ダニー・バーメット
- 衣装:マイカ・ケイド
- 編集:グレッグ・ン、グレアム・フォーティン
- 音楽:ジルギ
- 出演:マイカ・モンロー、ブレア・アンダーウッド、アリシア・ウィット、キーナン・シプカ、ニコラス・ケイジ 他
ニコラス・ケイジが凶悪なシリアルキラーを圧倒的な存在感で演じ、全米で話題を呼んだサスペンススリラー。長年にわたって一家全員を惨殺し続ける殺人鬼”ロングレッグス”と彼を捕まえるべく本s脳するFBI捜査官を描きます。
監督・脚本は「呪われし家に咲く一輪の花」のオズグッド・パーキンス。FBI捜査官リー役には「イット・フォローズ」や「視線」のマイカ・モンロー。
「ディープ・インパクト」のブレア・アンダーウッド、「ルール」のアリシア・ウィット、「レッド・ワン」のキーナン・シプカらが共演しています。
海外の知り合いの方に結構前にお勧めされてから、日本公開についても待っていた作品。公開された週末に早速見てきました。これが結構混んでいて、特に若い客層で埋まっていましたね。
~あらすじ~
1990年代のオレゴン州。超人的な直感を持ち頭脳明晰なFBIの新人捜査官リー・ハーカーは、未解決の連続殺人事件の捜査を命じられる。各地で30年以上にわたって繰り広げられている殺人事件。
その10件の事件には共通点があった。それぞれの現場で、父親が家族を殺害した後に自ら命を絶っていたのだ。さらに、すべての犯行現場には「ロングレッグス」と署名された暗号めいた手紙が残されていた。
手がかりを追い、少しずつ事件の核心に迫るリー。しかし、その先には想像を絶する真実が待ち受けていた。
感想レビュー/考察
過去の有名作を彷彿とする連続殺人捜査
話題になっているホラー作品ですが、特に議論の的になっているのは広告宣伝の触れ込み「ここ10年でいちばん怖い映画」でしょうかね。これは個人的には少し外れでした。
さすがに10年振り返ってみると「ヘレディタリー 継承」とか「女神の継承」とかいろいろありましたので。でもそれは個人の感覚の問題でしょう。
そんなことよりも今作にて賛否の別れているところがあります。それはこの作品のジャンルシフトの仕方。そして真相というか、恐怖の根源にあるもの。
実は今作は「羊たちの沈黙」とか「ゾディアック」などのサイコスリラーミステリー作品を彷彿とするストーリー展開をしていきます。その点の構成とかは確かに巧妙で興味深いですし、おもしろい。
若いFBI捜査官と狂気の連続殺人犯。巧妙な暗号と自己顕示欲の象徴たる挑戦文。主人公リーはこの暗号を解読していき、ロングレッグスの存在や正体を突き止めていこうとする。
この部分は謎解きとしてしっかりしている。
でも、最終幕には衝撃はあれど、肝心のネタ明かしのところでスピリチュアル要素が入るのです。
悪魔の仕業で強引に説明すると・・・
もうネタバレしてしまうのですが、今作では本当に黒魔術があって、悪魔が存在し人を惑わせます。
なので先ほど言ったような連続殺人鬼と捜査官の物語でありつつも、最後には悪魔の力で連続殺人が起きていた。という帰結になります。
これが厄介でしょうか。途中までかなり現実的なミステリーに即してきたと思っていた観客であれば、「不可能に思えた犯罪は、悪魔の業だからです。」という点で納得がいかないというか。
それならば何でもありになってしまうからです。私個人としても、そのたたみ方は確かに手放しでは受け入れにくいなと感じました。
これは謎説きミステリーの皮をかぶったホラーアート
ただ、より気をつけなくてはいけないのは、今作が実際に現実的な連続殺人鬼の事件を描こうとしているとは思えない点です。
この作品はアート作品よりなんだと思います。象徴、描写、スタイリッシュさと甘美な悪夢。そういった点での芸術的な観点が強く、だから脚本の面の練りこみに不足があるのかと。
今作は画面がとにかく良いのです。OPではT・レックスによる”Jewel”が流れていて、古めかしい映像作りと角丸で正方形の画角などから雰囲気が抜群。
「小さなかわいい子がいる。宝石のような唇で。」という歌詞が、得体のしれない男が少女に話しかけるシーンの前に流れるんですよ。気味が悪くなります。
実際のところ、今作はこのようにビジュアルと音、画面の構成からの不安と緊張、恐怖を煽っていて。残酷なシーンやジャンプスケアはあまりありません。
年齢制限もPG12となっていて、実は直接描写がほぼないので小学生でも観てOK。(良いのかは置いておいて)
アス比を切り替えてから90年代の話にジャンプし、FBI捜査官であるリーが、ブリーフィングを受けている。
その後殺人犯の家探しを始めると、超常的な透視のような力でリーは犯人の居場所を一発で引き当てる。
残念ながら先輩は撃ち殺されてしまいますし、リーの反応から見ると能力はあってもやはり新人で終始落ち着いていられるわけでもない。ここで主人公の脆さは示されています。
90年代のサタニック・パニックを背景に
時代背景について、なぜわざわざ90年代にしているのか考えると、まあネット情報などを排除したほうがクラシカルなホラーになるということもあるのかもしれません。
ただ、この90年代というのがアメリカではサタニック・パニックが蔓延した時代ということが大きな要素でしょう。
サタニック・パニックというのは、悪魔崇拝主義がアメリカひいては世界中に蔓延し、サタニズム集団があらゆるところの裏側に潜んでいるとした陰謀論をめぐる動きです。
サタニズムをめぐっては多くの人や団体に対する告発が相次ぎ、魔女狩りのようなこともあったようです。
ヘビメタとかゲームですら、倫理的に非常に驚異的な存在として扱われた現象です。
80年代の混沌とした時代の反動やフェミニズム、新たな若者たちの像が保守的なキリスト教勢力と結びつくと、そういった新たな社会現象は悪魔の仕業であるとして騒ぎ立てたというわけです。
今作はサタニズム事態を扱ってはいないのですが、犯人であるロングレッグスは黒魔術を使い悪魔を宿した人形を使って、標的の一家を惨殺しています。
なので、時代背景的にはこの90年代が適していたのでしょう。
サタニック・パニックでは、児童への虐待とその忌まわしき記憶を消すこと、また呼び覚ますことで本当に解放されることなどが結びついていますので、その意味ではリーの精神の旅を象徴しているとも言えます。
そこかしこに散りばめられた悪魔の存在
悪魔のイメージは、作品全体を通して10回画面にも登場します。
おおよそ黒い影で、ヤギのような形で黄色く光る目が見えるものですね。
サブリミナル的な部分では、最も楽しいのはリーが初めの事件のあとでFBIから精神鑑定を受けるシーンです。
ここではロールシャッハ検査のように、画面に投影されるイメージに対して思い浮かんだ言葉を答えるのですが、逆三角形(悪魔の象徴)に対してリーは”父親”と答えています。
彼女自身が悪魔の影響下にあるという暗示の気もしますし、また一連の事件で父親が悪魔の影響を受けて家族を惨殺することともつながっている気がします。
あの検査のシーンでは他にもカメラや母親など今作の重要な人物を示す言葉が出ていたり、結構重要なシーンになっています。
おおよそのストーリーについてはこうした隠し要素が散りばめられている楽しさがあり、実際の暗号の仕組みについては明かされませんし、またオチも悪魔の仕業であったというなかなかの荒業。
ただ不安と恐怖をいかに見せないことなどから煽るかというところで映像は見どころ。
本人か分からないくらいのニック・ケイジ
そして欠かせないのが出演者。
ニコラス・ケイジは真っ白な肌に大きな鼻など本人とは思えない変貌を遂げています。
彼のすごいところは声かなと思います。ロングレッグスは女の子に近づく際に非常に高い声を出す。
しかし、ニックは高い声を出してもそれが裏返ることはなくて完璧なんです。
そして対するマイカ・モンロー。頭が良すぎて人と付き合えない感じの新米捜査官役がハマっています。
ほとんど叫ばないで、表情と所作で恐怖したリーを演じています。
ちなみに彼女は今作の撮影でニックとはほとんど会うことなく過ごしていたらしく、あの尋問シーンで初めてロングレッグスになったニックと対面し演技をしたそうです。
その際に彼女の声を拾うためにつけたマイクが偶然心臓の鼓動音も拾っていたとか。
シーンのはじめは70台だった心拍数も終盤には170台まで上がっていたそうです。
このマイカ・モンローの心音は最終予告編の中で使われています。
なかなか面白いマーケティング
実は他にも、こうしたメタ的というか、マーケティングで話題を呼んでいる部分もあります。
ニコラス・ケイジが予告で全く登場しない。ロングレッグスの録音が聞こえる謎の電話番号とそれしか書かれていないビルボード。ロングレッグスの過去の被害者たちについて捜査記録が書かれた専用のWEBサイト。
こういうものも興行的な成功に貢献しているのかも。
監督の家族物語がそのまま投影されている
さて、そんなロングレッグスですが、終わり方の荒さは感じていますし、完璧とは思っていません。
しかし美術的な楽しみがありますし、直接的な描写やジャンプスケアに頼らない気味悪さや不安は見事です。そして、監督個人の思い入れを知るとまたおもしろい。
監督のオズグッド・パーキンスはあの「サイコ」のノーマン・ベイツ役アンソニー・パーキンスの息子です。悪役の印象が非常に強い父、また、アンソニーが実は同性愛者であることを知りながら、ずっと秘密を抱えて生きた母。
こうした個人的な背景から、悪を背負うような父親の像、また秘密を抱えた母親という要素はまさに監督個人の物語を恐怖の物語として込めたということです。
「ヘレディタリー/継承」で自分の家族を描いたというアリ・アスター監督のように、自分の恐怖をスクリーンを通して世界中の人に届ける精神ですね。
この歪み好き。
なかなか話題になっている作品ではあるので、ニック目当てでも、マイカ・モンローの魅力に惹かれてでも鑑賞はお勧めできる作品でした。
今回の感想はここまで。ではまた。
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