「ルース・エドガー」(2019)

  • 監督:ジュリアス・オナ
  • 脚本:ジュリアス・オナー、J・C・リー
  • 原作:J・C・リー『Luce』
  • 製作:ジョン・ベイカー、アンドリュー・ヤング、ジュリアス・オナー
  • 製作総指揮:ロブ・フェン、アンバー・ワン、J・C・リー
  • 音楽:ジェフ・バーロウ、ベン・サリスベリー
  • 撮影:ラーキン・サイプル
  • 編集:マドレーヌ・ギャヴィン
  • 出演:ケルヴィン・ハリソン・Jr、ナオミ・ワッツ、オクタヴィア・スペンサー、ティム・ロス、ブライアン・ブラッドリー、アンドレア・バン 他

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「クローバーフィールド・パラドックス」などのジュリアス・オナ監督が、高校の優等生にかかる疑惑や彼の闇、それにより混乱していく家族を描くミステリードラマ。

タイトルにもなっている主人公ルースを演じるのは「イット・カムズ・アット・ナイト」などのケルヴィン・ハリソン・Jr。

また母親役にはナオミ・ワッツ、父はティム・ロスが演じ、ルースに疑念を持ち対抗する教師をオクタヴィア・スペンサーが演じています。

もともとはJ・C・リーの戯曲がベースになっている作品とのこと。

2019のサンダンスプレミア後から批評的に好評を得ていて、日本でも5月に公開予定だったのですが、コロナの影響でずれ込んでしまい、6月初週末の公開に。

平日の夜の回に行ってきたので、社会情勢もあって空いていました。

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ルース・エドガーは高校の誇りだ。

所属する陸上部ではチームを鼓舞し、スピーチを任せれば素晴らしい言葉を残し、学業も優秀で人間関係も良い。

誰しもルースのようになろうと、見本になるような生徒。

しかし世界史の教師ハリエットはルースの提出したあるレポートから、彼の内なる危険性を疑い始める。

そして彼のロッカーを無断で捜索すると、危険な違法花火が見つかった。

事はルースの母エイミー含め友人たちも巻き込み、ルースが本当は何者なのかを解き明かしていく。

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実はあまり前情報もなく、優等生か怪物か?みたいな触れ込みと劇場予告以外ぜんぜんわからずに観てきました。

しかし非常に楽しかったです。スリリングでありエンタメであり、元は舞台劇ゆえにこじんまりとする部分もあるにしても、その緊張や思考の展開が巧かった。

これでもかと観る人を刺激し働きかけてくる、生き物のような作品です。

パワフルかつスリラーとして楽しく、ジェフ・バーロウとベン・サリスベリーのスコアの生み出す奇妙な感じもいいです。ちょっと「サラブレッド」味があって好きです。

何にしてもこの話は複雑です。

事象が複雑だとか、ミステリーとして伏線や落ちが用意されているとかではないです。

ただ捉えようとすれば捉えられますが、しかしそれは捉えさせてくれる、またはそのように勝手に観ているだけで、本質とはいいがたい。そんな感覚。

これは主人公ルースがそのまま体現して見せています。

ルースはとにかく自分を語りません。

彼の言動の機微には確かに意図が込められていますが、しかしルースは観たい人の観るように映る人間です。

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これは本当に、本当に、ケルヴィン・ハリソン・Jrのおかげというか演技力の卓越した力あってこそ成立する人物です。

彼は観客、またはルースを囲む人間がルースをどのように見るかを鏡写しのように反射できるんです。

優等生、気のいい友人、素敵な息子。出会ったと同時に、優等生を演じる怪物にも、仮面をかぶった理想の息子にも見せられる。

たしかに望んだルースが目の前にいながらも、その言動にほんの少しプラスしたりマイナスしたりの塩梅が絶妙で、非人間性や不気味さを出すことがめちゃくちゃうまい。

もちろんその他の役者、ナオミ・ワッツ、オクタヴィア・スペンサーの力も必要です。

彼女たちもまたこの複雑なストーリーを展開し、観客を惹きつけていく上で、そしてルースに対する期待や疑念、リアクションの面で非常に力強い演技を見せてくれます。

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ルースは投げかけられるイメージに抵抗を続けますが、母も父もみんな最後は建前を受け入れて生きることを選んだように思えます。

途中からルースは母を”エイミー”と呼びますが、この呼称は彼の意思表明でありまたエイミーから母を取り上げていく行為です。

そんな中で母がルースに対して隠したことや、またルースを守るためのウソも経て、彼は再び”母さん”と呼ぶのです。

家族の再生劇にも見えますが、それは安直なみんな仲良しでもなく、いかに近しい人間であっても、その人を正確にとらえることはできないという証です。

もちろん今作はアメリカ社会、移民の国における歪んだアイデンティティの物語ですが、真に人を理解することは不可能であるという証明のような作品でもあります。

優等生か、怪物か。この2択のフレームにルースを落とし込んでいるだけでも、こちらの勝手な箱入れ。

最後の最後までルースは彼の本当の名前を口にしないというのも、落ち着かせないラストの仕上げに貢献しています。

そしてそもそも、この映画のキックオフはルースのスピーチです。

スピーチは用意され計算されたものだと考えると、あとから怖くなります。

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つきまとう”黒人”という主語。移民としての出自。アジア系女性、ストリートと黒人への偏見。

ただそのままでアメリカにいることはできない。アメリカに受け入れてもらうに値するとは?

この学校というものと同じく、特殊な社会構造を持つアメリカにおける問題を浮き彫りにしていく今作。

様々な人種と社会クラスの入り混じった中で自分を見つけるとはすなわち、アメリカが自分をどうみるかです。

そしてそれは人間という存在をとらえようとする際に起こる不可思議な信頼関係に似ています。

他者によって定義づけられる自分を自分として抱え込む。ペルソナですね。

求められている役割を見出し、それを受け入れるか抗って破滅するか。

その人が何者なのかのあまりのつかめなさを、複雑な脚本ながら見事な演技のアンサンブルで力強く見せつける非常に楽しめる作品でした。

これはコロナ拡大の中久しぶりに映画館で観れて本当にいい作品です。

今回の感想はこのくらいになります。

最後まで読んでいただき、どうもありがとうございました。

それではまた次の記事で。

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