「サーミの血」(2016)

  • 監督:アマンダ・ケンネル
  • 脚本:アマンダ・ケンネル
  • 製作:ラーシュ・G・リンドストロム
  • 製作総指揮:ヘンリック・セイン、レーナ・ハウゴート
  • 音楽:クリスチャン・エイネス・アンダーセン
  • 撮影:ソフィーア・オルセン、ペトルゥス・シェービーク
  • 編集:アンデシュ・スコウ
  • 出演:レーネ=セシリア・スパルロク、ミーア=エリーカ・スパルロク、ハンナ・アーストロム、ユリウス・フレイシャンデル 他

脚本家であり監督であるアマンダ・ケンネルの初長編作品。

彼女自身のルーツであるサーミ族を主題とした、その差別を描く作品。第29回東京国際映画祭ではコンペティションにて出品された作品となります。

今作もアマンダ監督自らが脚本と監督を両方手がけた作品になっています。主演となるサーミ族の少女には、彼女もサーミ族の血を引くレーネ=セシリア・スパルロク。

TIFFにて鑑賞してきました。入りも良く評価も良い感じだったと思います。見た回はQ&Aのある方ではないので、そこらの内容は残念ながらお伝えできません。

同映画祭では審査員特別賞、そして最優秀女優賞を獲得。

クリスティーナは亡くなった妹の葬儀へと、彼女の息子と孫に連れられてやってくる。故郷に対して嫌悪感を露わにする彼女に対し、郷の人間たちも厳しい目を向けていた。そこで彼女は一人過去を思い出していく。

エル・マリア。サーミ族の14歳の少女は、妹共にスウェーデンの寄宿学校へと行くことになる。そこでは周囲の村の者から侮蔑的な態度を取られ、屈辱的な日々を過ごしていた。

エル・マリアはそんな自分にうんざりし、外の世界を強く求めるようになる。

アマンダ監督の描き出すサーミ。

間違いなくサーミに誇れるものをもっているのは、決してその文化や人を貶さない姿勢によく表れています。全編通して別にカルチャーギャップだとか、田舎っぽさとかは出されません。サーミが完全なる別離世界のようには描かれていないんです。もっと私たちと地続きの世界。

姉妹のおふざけ、新たなものへの関心。なんら違っているとは思えないのに、サーミの衣装を纏う彼女たちに浴びせられる残酷な言葉。

そして今作が直球で投げてきたのは、差別ではないと思っている差別の危うさでした。

村の餓鬼どもはもういいです。救いようのないバカどもですからね。

しかし、学校の教師、訪問してきた連中そしてエル・マリアが二クラスを通して知る彼の友人たち。あの連中こそ気を付けなければ。

訪問者たち、先生、そしてニクラスの友人たちに共通するのは、憎悪がないことだと思います。汚らしいとか嫌悪感をぶつけることはしないのです。ただ、人間だと思っていない。

面白い文化だとか研究対象だとか、人としてよりもなにか面白い動物でも語るかのようです。そして先生は至極危険なもっともらしい科学的根拠を振りかざして、サーミは劣った動物であると話します。

訪問者たちはまさしく珍獣の資料でも取るかのようにエル・マリアに恥辱を与える。こういった人間こそが危険ですよね。

文化研究などに潜む、密かな優劣の序列のようで恐ろしかったです。

14歳にして成人男性を前に裸にされる恥辱。しかも助けを求めるように目を向けた先生は、故郷話してやがる!こんなのってないよ・・・

で、そういった目を伏せ耳をふさぎたくなる光景よりもっと心が痛んだことが、このエル・マリアと妹の関係変化です。

初めから見ているところが違うのは、泣いて故郷にすがる妹と外の世界に向き合う姉とで示されてはいました。しかし残るものと出ていくものはさっぱりとは割り切りません。

学校での生活を通し、姉妹の関係は壊れていきます。

自分が大嫌いだった、サーミを侮蔑するスウェーデン人。エル・マリアはそれに自分からなろうとしているのです。

パーティの場面で妹に言ってしまう言葉は、悪ではないのですが非常に苦しいものです。とりまく世界のせいで、この姉妹は互いを嫌いあい傷付けあうようになってしまうんですね。

スパルロク姉妹。さすがに実姉妹というのもあってじゃれ合いも自然だしだからこそ互いを想う気持ちと裏切られたような気持と、素敵な演技で伝わってきます。呼びかけが多いのも幼さがでて好きでした。

老女になった、クリスティーナ=エル・マリア。今作は彼女の決別、人生においておそらく一番重要な瞬間を描いており、その後どのような人生を送ってきたのかは分かりません。

集中して描いているのは、帰る場所を捨てなければ、新たな一歩を踏み出すことさえ難しいその世界。

故郷を捨て、家族とは訣別しなければならない。姉妹は互いのベッドに入り寄り添いますが、呼びかけに答えることなく別れました。最後には赦しを再び乞うのですが、もはや妹は答えることもできません。

サーミ族の受ける差別、そこで自分の望む生き方を目指す少女を描く本作ですが、その悲惨さはこの舞台に限定されるものではありません。

今でも全く同じ状況が、私たちの世界にあるという事。平等な目線と思いつつ、知らずに好奇の目で見ていないか。私たちの姿勢も自然に正されるような感覚です。

世界に翻弄され、家や家族を捨てるなんて選択をさせてはいけない。

好きなように生き方を選び、何者もそれを妨げるようなことがない世界を、私たちはいつ築けるのでしょうか。

差別とそれが人の人生や人とのつながりを破壊する残酷さを、観客を遠くに置かないことで真実味をもって伝える作品でした。

それでは感想を終わります。また。

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